1413.街道の休憩所
「思ってたより小さい町なんだな」
クルィーロが、催し物用簡易テントの設営を終え、改めてムスカヴィート市を見下ろす。薬草を探す薬師アウェッラーナも、腰を伸ばして丘の下を見た。
白い街並は、アミトスチグマ王国の街を連想させるが、建物の形が異なる。積雪量の違いなのか、あちらは平屋根で、こちらはやや傾斜のある屋根だ。
遠目に見ても、神殿と学校らしきもの以外に大きな建物はない。
道もあまり広くなく、四トントラックを止められる駐車場があるか、それ以前に市内でカーブを曲がれるか微妙なところだ。
荷台から突然、焼魚の香ばしい匂いが流れ出た。
張り切ってパイプ椅子を並べた少年兵モーフが、頻りに荷台を窺う。
レノ店長たちが【炉】からホイル焼きを出したのだ。ステンレスのバットに記した術の効果範囲から出た途端、食欲をそそる香りが辺りに広がる。
治療の報酬としてもらった簡易テントなどは、使用頻度が高いので【無尽袋】に入れるのをやめた。
その代わり、古い報告書や私物の季節外れの服、報酬としてもらった小麦粉などを【無尽袋】に片付けて、荷台の場所を開けた。簡易テントなどは、畳めばそれ程場所を取らない。
移動放送局プラエテルミッサは今、十五人の大所帯だ。
ファーキルとアミエーラとは王都ラクリマリスで、ロークとは首都クレーヴェルで別れたが、新たに六人も加わった。
その一人、呪医セプテントリオーは、リャビーナ市まで同行した後、またアミトスチグマの難民キャンプでの医療支援に戻る。
……お薬、今の内にたくさん作っといた方がいいのは、変わんないか。
掘り出したばかりのパエデリアの根を【操水】で洗って荷台に上がる。
「薬師のねーちゃんも蔓草細工すんのか?」
「根っこをお薬にするの。蔓は臭いからやめた方が……」
「ん? あぁ、これ、警備員の兄貴たちが言ってた奴か」
少年兵モーフに言われ、アウェッラーナは、ランテルナ島の拠点に居た頃、レサルーブの森へ訓練に行ったゲリラが、大量に持って来たのを思い出した。
アクイロー基地襲撃作戦での戦死、警備員オリョールの粛清によって、当時あの拠点に居たゲリラの大半が死亡した。
その後も、老婦人シルヴァが勧誘を続け、再び勢力を拡大して「ネモラリス憂撃隊」を名乗るようになったが、オリョールたち穏健派と復讐派に分裂した。
復讐派は、ルフス神学校の礼拝堂を爆破した後、ネモラリス政府軍に北ザカート市の拠点を急襲され、全滅した。
警備員ジャーニトルら少数は、ネモラリス憂撃隊の分裂時にゲリラを辞めた。アミトスチグマの難民キャンプや、ネモラリス共和国内の仮設住宅に身を寄せる。
呼称さえ知らない武器職人もゲリラを抜け、帰る場所を取り戻す為、トポリ市の復興作業に従事する。
復職したジャーニトルや、再就職を果たしたガローフのように生活を再建させられた者など、ほんの一握りだ。困窮すれば、自棄になって再びゲリラ活動に身を投じる危険を孕む。
薬師アウェッラーナは、何を食べたかわからないまま、イヤな記憶に塗りつぶされた昼食を終えた。
……シルヴァさんがゲリラに誘わなくても、個人で復讐する人も居るのよね。
生活基盤を再建できれば、自暴自棄になって捨て身で復讐する者を少しは減らせるだろう。
だが、ネーニア島では、復旧工事以外の仕事はなかなかみつからず、防壁がない現在、力なき民は、そこに居るだけで生命が危険に晒される。
誰でも建築や土木など、インフラ復旧の仕事に携われるワケではない。
自力で魔物などから身を守る力か、魔法の道具を持つのが前提で、専門的な魔法や重機などの免許、或いは体力がなければ、雇ってもらえないのだ。
ネモラリス島では、空襲で焼け出された人々や、クーデターで首都クレーヴェルを脱出した都民が溢れる。
行く先々の仮設住宅で、職にあぶれた避難民が、呪符や手芸品などを作るのを目にした。それと知らず、星の標が巣食う工場で雇われる者も居る。
祖国でも、難民キャンプでも、避難民にできることは大差なかった。
「街へ降りる前に道を確めときてぇんだけどよ」
「あー、細そうですよね」
運転手のメドヴェージが言うと、パドールリクが街の方角を見遣った。他の者たちも、食後のお茶を啜りながら頷く。
「小さい村なら、国道からでも全体に届くでしょうが、この規模の街は……」
国営放送アナウンサーのジョールチが、ネモラリス島の道路地図を広げて渋面を作る。
移動放送局プラエテルミッサの放送機材の大半は、FMクレーヴェルの移動放送車から積み替えたものだ。
国営放送のイベントトラックは、係員室の棚に固定されて外せなかった物以外、積み荷や放送機材を国営放送ゼルノー支局の廃墟に置いて来た。
……あの時は、まさかホントに放送車として使うなんて思わなかったもの。
FM放送の可搬型送信機の電波伝搬範囲は、どう頑張っても十キロメートル前後だ。地形や大きな建物など、遮蔽物があれば数キロ程度にまで落ちる。
「情報収集がてら、ちょっとワゴンで見に行きましょうか」
「そうだな」
DJレーフが、ポケットから車の鍵を出して立ち上がると、メドヴェージも続いた。緑髪のアゴーニが、お茶を一息に飲み干して、陸の民二人を追う。
「俺も行こう」
「お願いします」
ジョールチが地図を渡してワゴン車を見送る。
レノ店長が、簡易テントの支柱に貼った【耐寒符】に目を遣って、誰にともなく聞いた。
「今夜は、ここに泊まるんですよね?」
「呪符、勿体ないもんね」
エランティスが兄の隣で大人たちを見回す。
ソルニャーク隊長が苦笑して同意すると、少年兵モーフも頷いた。
ムスカヴィート市の南隣は、ネモラリス島東岸部で最大の都市リャビーナだ。
陸の民と湖の民が混在する。貿易港がある為、人の出入りが盛んで、職と安全を求めた避難民も多い。
ロークの報告書では、星の標の拠点があり、そこで力なき民の避難民を大量に雇用すると言う。
ネミュス解放軍の拠点もあるが、地元民のスニェーグとオラトリックスは、市街戦があるとは言わなかった。
「ここで情報収集して、道が通れそうなら市内に降りて放送します。ただ……」
珍しく、ジョールチが言い澱んだ。
☆治療の報酬としてもらった簡易テントなど……アカーント市でもらった「1350.真実を探す目」参照
☆呪医セプテントリオーは、リャビーナ市まで同行……「1058.ワクチン不足」参照
☆パエデリアの根/レサルーブの森へ訓練に行ったゲリラが、大量に持って来た……「391.孤独な物思い」参照
☆警備員の兄貴たちが言ってた奴……「390.部隊の再編成」参照
☆アクイロー基地襲撃作戦……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆警備員オリョールの粛清……「359.歴史の教科書」「464.仲間を守る為」「468.呪医と葬儀屋」「470.食堂での争い」「471.信用できぬ者」「512.後悔と罪悪感」参照
☆老婦人シルヴァが勧誘を続け、再び勢力を拡大……「575.二カ国の新聞」「737.キャンプの噂」参照
☆「ネモラリス憂撃隊」を名乗る……「618.捕獲任務失敗」参照
☆穏健派と復讐派に分裂……「837.憂撃隊と交渉」「838.ゲリラの離反」参照
☆ルフス神学校の礼拝堂を爆破……「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」参照
☆北ザカート市の拠点を急襲され、全滅……「911.復讐派を殲滅」「912.運び屋の仕事」参照
☆少数は、ネモラリス憂撃隊の分裂時にゲリラを辞めた……「837.憂撃隊と交渉」「838.ゲリラの離反」
☆アミトスチグマの難民キャンプ……「863.武器を手放す」「929.慕われた人物」参照
☆呼称さえ知らない武器職人……「526.この程度の絆」「1120.武器職人の今」参照
☆復職したジャーニトル……「876.警備員の道程」「877.本社との交渉」「0931.毒を食らわば」~「0936.報酬の穴埋め」参照
☆ネモラリス共和国内の仮設住宅に身を寄せる/再就職を果たしたガローフ……「853.戻ったゲリラ」「0946.新しい生活へ」「0947.呪符泥棒再び」「0951.魔法の必要性」参照
☆職にあぶれた避難民が、呪符や手芸品などを作る……「278.支援者の家へ」「575.二カ国の新聞」「771.平和の旗印を」「852.仮設の自治会」「853.戻ったゲリラ」参照
☆星の標が巣食う工場で雇われる者……「1042.工場がアジト」参照
☆難民キャンプでも、避難民にできることは大差なかった……「403.いつ明かすか」「415.非公式の視察」「775.雪が降る前に」「1092.バザーの準備」「1114.バザーの出店」~「1116.買い手の視点」「1140.自活力の回復」「1141.帰らない日々」参照
☆放送機材の大半は、FMクレーヴェルの移動放送車から積み替えたもの……「662.首都の被害は」「663.ない智恵絞る」「673.機材の積替え」参照
☆国営放送ゼルノー支局の廃墟に置いて来た……「0158.トラック内部」「0159.荷物の搬入出」参照
☆FM放送の可搬型送信機の電波伝搬範囲……「781.電波伝搬範囲」参照
☆星の標の拠点/力なき民の避難民を大量に雇用する……「721.リャビーナ市」~「724.利用するもの」「873.防げない情報」参照




