0145.官庁街の道路
冬空は晴れ渡り、一昨日の嵐が嘘のようだ。
ロークは護符を握りしめ、よく知っていた筈の道を歩く。
空襲を受け、見る影もない。
完全に崩壊したビルもあれば、放送局同様、原形を留めたビルもあった。陽の当らない場所には無数の雑妖が犇めく。
道路は瓦礫に埋もれ、アスファルトが見える部分は少なかった。
放送局の北西、ゼルノー市の中心街へ向かう。
市役所の状態を見て、役所や軍の関係者が居れば保護を求める。無人なら、渡れそうな橋を探す計画だ。
ロークは一人ではない。
湖の民の薬師アウェッラーナと、星の道義勇軍のソルニャーク隊長も同行する。
魔力と武力。
ロークには、そのどちらもなかった。
今、ロークがここに居るのは、土地勘があるからだ。
ゼルノー市民のアウェッラーナが、市役所に行ったことがないと言うのには驚いたが、区役所で事足りるなら、そんなものかも知れないと思い直した。
この道をまっすぐ行けば、ニェフリート河に行き当たる。
その手前にはゼルノー市役所と、セリェブロー区役所、区民図書館、警察署、消防署などがある。
このまま直進して、市役所前の橋が渡れなければ、河沿いに無事な橋を探すだけだ。道案内は要らない気がしたが、ソルニャーク隊長に名指しされ、思わず同意してしまった。
三人で廃墟と化した街を道なりに行く。
隊長と薬師は、ロークの少し後ろを歩いた。
三人とも買物袋を肩に掛ける。
力なき民の男二人は護身用に銅管を持つが、魔女のアウェッラーナは手ぶらだ。
ロークの袋にはみんなの水筒を入れた。せめて、荷物持ちとしてくらい役に立ちたかった。
道なりに歩くだけとは言え、瓦礫を乗り越えるのは思ったより時間が掛かる。
先日、通った住宅街には木造が多く、焼け残った瓦礫は少なかった。
オフィス街には、石造りや鉄筋コンクリートのビルが多い。倒壊したビルに塞がれた場所が幾つもあった。
このままではトラックが通れない。
……重機なしだと、二人の魔法だけが頼りか。
ジェリェーゾ区からセリェブロー区に渡る時は、アウェッラーナとクルィーロが協力して、ニェフリート運河に水の橋を架けてくれた。
みんなが渡る僅かな時間、水を支えるだけでも、二人は疲れ切ってしまった。
二人の魔法だけでは、大きな瓦礫を全て動かすのは無理だろう。
力なき民たちも、手作業で頑張らなければならない。
食糧が尽きる前に何とかなるだろうか。
その間、再び空襲に遭わないとも限らない。魔物に襲われるかもしれない。
苦労して道を通しても、渡れる橋がひとつもなければ、トラックを置いて行かざるを得ない。
どちらを向いても、気持ちが沈む。
「図書館って、【耐火】の術を掛けてあると思うんです」
アウェッラーナが言った。
「あぁ、じゃあ、空襲の時に誰か避難して、まだ居るかもしれませんね」
「そうですね。誰も居なくても、図書館が無事なら、ちょっと入ってみてもいいですか?」
ロークが応じると、アウェッラーナは二人に聞いた。
……生存者を捜すワケじゃないんだ?
ロークは気になって聞いてみた。
緑髪の魔女が簡潔に答える。
「魔法の本が無事なら、呪文をメモして行きたいんです」
「図書館に、魔法の本があるんですか?」
「えぇ。大学には専門分野の魔道書がありますけど、地域の図書館にも【霊性の鳩】の魔道書はありましたよ」
キルクルス教徒のソルニャーク隊長は、二人の遣り取りに口を挟まない。
ロークはこれまで、魔術には全く関心がなかった。
力なき民の自分が読んでも、どうしようもない。
それに、そんな本を読んだことが家族に知られたら、どんな目に遭わされるかわからない。魔術に関心を持つことさえ怖かった。
「重力制御系の術が使えるようになれば、瓦礫の片付けが捗ると思って……」
「重力制御?」
「重い物を軽くすれば、女の子たちでも、楽に動かせるようになりますよ」
「そんな便利な魔法があるんですか」
ロークは驚いた。
魔法が使えるのと使えないのでは、天地程も差がある。
今の生活も、アウェッラーナとクルィーロが居なければ、もっと惨めだっただろう。いや、そもそも、生き残れなかった。
改めて、魔力の有無の差を思い知らされ、言葉を失う。
ロークは、ソルニャーク隊長を窺った。
相変わらず、特に反応はない。賛成はしないが、反対もしなかった。
アウェッラーナが、ロークを促して歩き始めた。
「図書館が無事かどうか、行ってみなくちゃわかりませんから」
「そうですね。急ぎましょう」
官庁街に着いた三人は驚いた。声も出ない。
……道が、片付いてる。
無事な建物がオフィス街より多い。
窓や扉などは爆風で吹き飛んだが、建物本体の【補強】や【魔除け】はまだ有効らしい。中に雑妖などは視えなかった。
完全に崩壊したビルもあるが、道路の瓦礫は明らかに人の手で撤去された後だ。
空襲で穿たれたアスファルトの穴は、瓦礫を再利用して埋めてある。
脇道を覗くと手付かずの瓦礫が見えた。官庁街を貫く主要道だけ応急処置したのだ。
道路は、警察署前より北西方向にくっきりキレイで、それより南東の部分は瓦礫に埋もれたままだ。
見える範囲に人の姿はなく、静まり返った街に靴音がやけに響く。
三人は用心して慎重に足を進めた。
☆先日、通った住宅街……「0095.仮橋をかける」「0096.実家の地下室」参照
☆ニェフリート運河に水の橋を架けてくれた……「0095.仮橋をかける」参照




