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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第八章 北へ

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145/3501

0145.官庁街の道路

 冬空は晴れ渡り、一昨日の嵐が嘘のようだ。

 ロークは護符を握りしめ、よく知っていた(はず)の道を歩く。


 空襲を受け、見る影もない。

 完全に崩壊したビルもあれば、放送局同様、原形を留めたビルもあった。陽の当らない場所には無数の雑妖が(ひし)めく。

 道路は瓦礫に埋もれ、アスファルトが見える部分は少なかった。


 放送局の北西、ゼルノー市の中心街へ向かう。

 市役所の状態を見て、役所や軍の関係者が居れば保護を求める。無人なら、渡れそうな橋を探す計画だ。


 ロークは一人ではない。

 湖の民の薬師(くすし)アウェッラーナと、星の道義勇軍のソルニャーク隊長も同行する。

 魔力と武力。

 ロークには、そのどちらもなかった。


 今、ロークがここに居るのは、土地勘があるからだ。

 ゼルノー市民のアウェッラーナが、市役所に行ったことがないと言うのには驚いたが、区役所で事足りるなら、そんなものかも知れないと思い直した。


 この道をまっすぐ行けば、ニェフリート河に行き当たる。

 その手前にはゼルノー市役所と、セリェブロー区役所、区民図書館、警察署、消防署などがある。


 このまま直進して、市役所前の橋が渡れなければ、河沿いに無事な橋を探すだけだ。道案内は要らない気がしたが、ソルニャーク隊長に名指しされ、思わず同意してしまった。



 三人で廃墟と化した街を道なりに行く。

 隊長と薬師(くすし)は、ロークの少し後ろを歩いた。

 三人とも買物袋を肩に掛ける。

 力なき民の男二人は護身用に銅管を持つが、魔女のアウェッラーナは手ぶらだ。

 ロークの袋にはみんなの水筒を入れた。せめて、荷物持ちとしてくらい役に立ちたかった。


 道なりに歩くだけとは言え、瓦礫を乗り越えるのは思ったより時間が掛かる。

 先日、通った住宅街には木造が多く、焼け残った瓦礫は少なかった。

 オフィス街には、石造りや鉄筋コンクリートのビルが多い。倒壊したビルに塞がれた場所が幾つもあった。

 このままではトラックが通れない。


 ……重機なしだと、二人の魔法だけが頼りか。


 ジェリェーゾ区からセリェブロー区に渡る時は、アウェッラーナとクルィーロが協力して、ニェフリート運河に水の橋を架けてくれた。

 みんなが渡る僅かな時間、水を支えるだけでも、二人は疲れ切ってしまった。


 二人の魔法だけでは、大きな瓦礫を全て動かすのは無理だろう。

 力なき民たちも、手作業で頑張らなければならない。


 食糧が尽きる前に何とかなるだろうか。

 その間、再び空襲に遭わないとも限らない。魔物に襲われるかもしれない。


 苦労して道を通しても、渡れる橋がひとつもなければ、トラックを置いて行かざるを得ない。

 どちらを向いても、気持ちが沈む。



 「図書館って、【耐火】の術を掛けてあると思うんです」

 アウェッラーナが言った。

 「あぁ、じゃあ、空襲の時に誰か避難して、まだ居るかもしれませんね」

 「そうですね。誰も居なくても、図書館が無事なら、ちょっと入ってみてもいいですか?」

 ロークが応じると、アウェッラーナは二人に聞いた。


 ……生存者を捜すワケじゃないんだ?


 ロークは気になって聞いてみた。

 緑髪の魔女が簡潔に答える。

 「魔法の本が無事なら、呪文をメモして行きたいんです」

 「図書館に、魔法の本があるんですか?」

 「えぇ。大学には専門分野の魔道書がありますけど、地域の図書館にも【霊性の鳩】の魔道書はありましたよ」


 キルクルス教徒のソルニャーク隊長は、二人の遣り取りに口を挟まない。

 ロークはこれまで、魔術には全く関心がなかった。

 力なき民の自分が読んでも、どうしようもない。

 それに、そんな本を読んだことが家族に知られたら、どんな目に遭わされるかわからない。魔術に関心を持つことさえ怖かった。


 「重力制御系の術が使えるようになれば、瓦礫の片付けが(はかど)ると思って……」

 「重力制御?」

 「重い物を軽くすれば、女の子たちでも、楽に動かせるようになりますよ」

 「そんな便利な魔法があるんですか」

 ロークは驚いた。


 魔法が使えるのと使えないのでは、天地程も差がある。

 今の生活も、アウェッラーナとクルィーロが居なければ、もっと(みじ)めだっただろう。いや、そもそも、生き残れなかった。


 改めて、魔力の有無の差を思い知らされ、言葉を失う。


 ロークは、ソルニャーク隊長を(うかが)った。

 相変わらず、特に反応はない。賛成はしないが、反対もしなかった。


 アウェッラーナが、ロークを促して歩き始めた。

 「図書館が無事かどうか、行ってみなくちゃわかりませんから」

 「そうですね。急ぎましょう」



 官庁街に着いた三人は驚いた。声も出ない。


 ……道が、片付いてる。


 無事な建物がオフィス街より多い。

 窓や扉などは爆風で吹き飛んだが、建物本体の【補強】や【魔除け】はまだ有効らしい。中に雑妖などは視えなかった。


 完全に崩壊したビルもあるが、道路の瓦礫は明らかに人の手で撤去された後だ。

 空襲で穿(うが)たれたアスファルトの穴は、瓦礫を再利用して埋めてある。

 脇道を覗くと手付かずの瓦礫が見えた。官庁街を貫く主要道だけ応急処置したのだ。


 道路は、警察署前より北西方向にくっきりキレイで、それより南東の部分は瓦礫に埋もれたままだ。

 見える範囲に人の姿はなく、静まり返った街に靴音がやけに響く。

 三人は用心して慎重に足を進めた。


 挿絵(By みてみん)

☆先日、通った住宅街……「0095.仮橋をかける」「0096.実家の地下室」参照

☆ニェフリート運河に水の橋を架けてくれた……「0095.仮橋をかける」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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