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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十八章 真否

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1411.データの宝箱

 「でも、今は逆にアクセスできなくてよかったと思っています」

 「えっ? どうしてです?」

 ロークは本当にわからず、疑問が口をついて出た。


 「普通にアクセスできたなら、自分でスクリーンショットを撮らなくて、ネットが繋がらない今、何もわからなくなったと思います」

 「あぁー……」

 二人が納得し、感心したのは、真実を探す旅人ファーキルの情報開示手腕だ。

 運び屋フィアールカやラゾールニク、もしかしたら、商社役員のマリャーナや亡命議員たちの助言があったかもしれないが、実行者はデジタルネイティブの彼だ。


 「ネットが繋がらなくなったからこそ、この大量のスクリーンショットをじっくり読んで、この記述が事実かどうか、確認する時間ができたのです」

 「いつもは放課後、何してたんです?」

 クラウストラが聞くと、神学生ファーキルは僅かに頬を染めた。

 「平日は、課題や当番をこなした後は小説を読んだり、ファンフォーラムで議論したり、色々ですね」

 「お休みの日は?」

 「休日も、課題や当番を終わらせてから、本屋さんへ行ったり、ファンフォーラムで知り合った人たちと、ここで議論したりですね」

 「神学校のお勉強とカクタケアが人生の中心なのね。今、淋しくないですか?」

 クラウストラが、カフェの卓に身を乗り出して、上目遣いで神学生ファーキルを窺う。彼の伏せた眼が少女の視線とぶつかり、更に赤くなってあらぬ方を見た。

 「い、いえ、あの、ほら、待合わせはできませんけど、時々はこうしてどなたかとお会いできますから」

 「外出の自粛が解除されて、学校も始まりましたし、これからはその機会が増えるでしょうね」

 ロークがにっこり微笑んでみせると、神学生は真顔で頷いた。


 「えぇ……ただ、秋から始まった爆発などの被害も、まだ全体像がはっきりしませんから、ルフスだけ解除されても……」

 「あっ……」

 首都ルフスの様子をざっと見ただけでも、爆破の痕跡が到る所にあった。

 報道されないことが、「実際の状況は政府にとって“不都合な事実”である」との認識を深め、被害の大きさ、深刻さを想像させるのだろう。


 投票所付近での捕食事件は、全く報道されなかった。

 だが、インターネットは繋がらなくても、目撃者や周辺住民、辛うじて難を逃れた有権者たちの口から口へ伝わり、削除できない波紋が静かに広がってゆくのは止められない。



 神学生ファーキルは、重くなった空気を作り笑いで繕った。

 「でも、この画像倉庫のお陰で、教科書には載らなかった昔のコトが色々わかりました」

 「例えば……どんな?」

 クラウストラは、冷めて風味の飛んだ鎮花茶を啜り、茶器越しに神学生を見た。

 神学生ファーキルが、居住いを正して表情を引き締める。浮ついたものの消えた目で二人を見て、口を開いた。

 「危険な情報なので、決して他所では話さないで下さい」

 「危険……? どうして?」

 「アーテル共和国の歴史……教育……国の根幹をひっくり返す情報だからです」

 「俺たちに教えても大丈夫なんですか?」

 「私たちがケーサツにチクるかもって思わないの?」

 「ファクスさんとガレチャーフキさんは……こちら側の人だと確信しています」


 ロークはギョッとして、クラウストラを見たが、彼女は女子高生ファクスの仮面を外さず、茶器を置いて神学生の瞳を見詰めた。


 「どうしてそう思うの?」

 「アルキオーネたちの新曲『(まこと)の教えを』……いかがでしたか?」

 「びっくりしたけど、大聖堂の公式サイトで聖者様とかの彫刻の画像、確めてみたらホントだったから、あ、ウソじゃないんだって」

 「そして、星の(しるべ)が異端だと?」

 ロークとクラウストラは、彼の目を見て深く頷いた。

 神学生は端末をつつき、「旅の記録」のスクリーンショットを拡大表示させた。

 「この画像倉庫は、データの宝箱でした」

 「データの宝箱?」

 「はい。カクタケアが湖西地方の遺跡で、古代の遺物を発見した時と同じ感動がありました」


 スクリーンショットは、半世紀の内乱を湖南地方と湖東地方の周辺諸国の視点から見た歴史コーナーの目次だ。


 内乱後生まれの若い世代は、歴史の教科書や新聞などの報道、映画などの娯楽を通じて、アーテル政府が作った歴史観の中で育つ。

 庶民はインターネットの検閲や報道規制で、客観的な事実を知る(すべ)を奪われた。

 バルバツム連邦など、インターネットを自由に使える外国へ行けば、湖南地方や湖東地方の第三国視点で綴られた歴史を調べられるが、普通のアーテル人は、そんな発想すら浮かばない。


 老人は、自分たちを半世紀の内乱中、魔法使いから人権を蹂躙された「弱者」として、子や孫に戦いの悲惨さを語り聞かせる。


 穢れた力を持つフラクシヌス教徒の暴虐から国連の手で救われた弱者。

 力なき民……無原罪の清き民だけで、キルクルス教国として独立した。


 これが、若いアーテル人の自己像だ。


 実際には、キルクルス教国から支援を受け、科学の武器で魔法使いと対等に殺し合った「加害者」の側面も持つ。

 だが、アーテル政府は、キルクルス教系武装勢力が行った航空戦力による無差別爆撃や、化学兵器や対人地雷などを用いた非人道的な殺戮をなかったことにした。


 「アミトスチグマ王国や、ジゴペタルム共和国などの視点……客観的な視点で語られたキルクルス教徒の姿は……魔法使いを魔獣扱いする加害者でした」

 「個人サイトの内容を信じるんですか?」

 「当時の新聞の断片的な報道からでも、確認できましたから」


 神学校の門限ギリギリまで話し、次に会う約束をして解散した。

☆ネットが繋がらなくなった……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照

☆首都ルフスの様子をざっと見た……「1290.工場街の調査」~「1296.虚実織り交ぜ」参照

☆投票所付近での捕食事件……「1344.投票所周辺で」参照

☆新曲『(まこと)の教えを』……「860.記された呪文」「0982.番組の準備中」→「0987.作詞作曲の日」「1018.星道記を歌う」参照

☆カクタケアが湖西地方の遺跡……「794.異端の冒険者」参照

☆半世紀の内乱を湖南地方と湖東地方の周辺諸国の視点から見た歴史コーナー……「545.確認と信用と」「570.獅子身中の虫」「586.気になる噂話」「603.今すべきこと」参照

☆アーテル政府が作った歴史観/インターネットの検閲や報道規制……「0183.ただ真実の為」「265.伝えない政策」「369.歴史の教え方」参照

☆バルバツム連邦など、インターネットを自由に使える外国へ……「531.その歌を心に」「1238.異なる価値観」参照

☆無原罪の清き民……「0182.ザカート隧道」「543.縁を願う祈り」「766.熱狂する民衆」「794.異端の冒険者」「803.行方不明事件」「860.記された呪文」「0991.古く新しい道」「0997.居場所なき者」参照

☆国連の手で救われた弱者……「370.時代の空気が」参照

☆キルクルス教国から支援を受け、科学の武器で魔法使いと対等に殺し合った……「0001.内戦の終わり」「0183.ただ真実の為」「377.知っている歌」「359.歴史の教科書」「585.峠道の訪問者」「629.自治区の号外」「685.分家の端くれ」「1077.涸れ果てた涙」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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