1409.テロに屈さず
ロークは、実際に見た爆発跡と献花台の様子、そして、今聞いた神学生ファーキル・ラティ・フォリウスの話から、ルフス神学校の状況を想像した。
白い花と共に捧げられたメッセージカードの内容は、祈りと悲しみだけでなく、怒りと憎しみ、復讐の決意もあった。
全てを読んだワケではないが、当時、ポデレス大統領が演説でネモラリス人への報復を呼掛け、憎悪を煽ったことも合わせると、敵意を実際の行動に移す者が出ても不思議はない。
礼拝堂爆破の犠牲者は、主に高等部の聖職者クラス在籍者だ。
無事だった他クラスや他学年は、平常授業に戻っても、破壊された礼拝堂はそのままで、イヤでも爆破跡が目につく。
献花台とメッセージカードの群を見て、復讐心を煽られる者も居るだろう。
聖職者クラス以外は、貧しい家庭の子も居る。
実家の生活費を減らす為、喩え初等部の子供たちがテロに怯え、心の傷に苦しんでも、家族が帰省を拒む可能性が高い。いや、帰省の旅費を捻出できない家庭もあるのだ。
聖職者クラスには富裕層の子しか居ないようだが、アーテル共和国随一の難関を実力で突破した者も、カネを積んで裏から入った者も、そう易々と将来の安泰を手放しはしないだろう。
寧ろ、テロの被害と言う逆境に挫けず聖職者となれば、その存在がアーテル人の信仰心を高める旗印となる。
心の不調だけを理由に離脱するなど、許されない空気があるかもしれない。周囲の圧力が強ければ、本人は怖くて一刻も早く辞めたくても、その恐怖心すら口に出せないだろう。
若手の司祭はテロ以前から、ネモラリス領への空襲を称賛した。
元々、ネモラリス共和国への敵意を培養する素地はあったのだ。
魔哮砲戦争の開戦から間もなく二年。この戦争がいつまで続くか、誰にもわからない。
ルフス神学校で純粋培養された敬虔な信徒が卒業後、地域社会へ放たれて何を行うか。
……もう一人のファーキル君には釘を刺せたけど。
神学生ファーキル・パークシルスは重傷だった。
生命が助かっても、復学できない可能性が高い。
多くの者は、この神学生ファーキル・ラティ・フォリウスのように自分を「完全な被害者」と認識する。
アーテル政府と世論は、神学生を「理不尽なテロに屈さない信仰の象徴」として祭り上げ、ポデレス大統領は既に戦意昂揚のわかりやすい記号として利用した。
大統領決定選の結果は、蓋を開けてみなければわからないが、ヒュムヌス候補以外が当選すれば、戦争は継続される。
だが、ヒュムヌス候補の安らぎの光党は、泡沫政党だ。仮に彼が当選して単独与党になった場合、議会の過半数を占めるアーテル党に反対されれば、議案は悉く潰されてしまう。
だからと言って、国会が捻じれて空中分解するのを防ぐ為、アーテル党と連立すれば、泡沫政党は数の論理に呑まれる。
政策方針も全く噛み合わず、捻じれ解消以外の意味はない。それどころか、呑まれてしまえば、ヒュムヌス氏が孤立しかねなかった。
……どっちに転んでもダメか。やっぱり、戦争を煽ってる大元を絶たないと。
ロークの質問が重い沈黙を破った。
「過去のどんなコトが過ちだったと思いますか?」
「ご近所さんと戦ったコト?」
隣でクラウストラが、可愛く小首を傾げてみせる。
神学生ファーキルは、首をゆっくりと横に振った。
「えっ? じゃあ、何がダメだったんですか?」
少女が意外そうに身を乗り出し、肩に掛かった黒髪がはらりと卓に落ちる。
「断絶です」
簡潔で力強い一言が、ロークの胸を打った。
過去の新聞に欠番が多いのは、アーテル政府にとって不都合な報道を「なかったことにする」意図的な破棄の可能性が高い。
インターネットに検閲があり、通信途絶以前から、アーテル領内ではユアキャストなどへのアクセスを遮断された。
アーテル軍と政府にとって都合の悪い書き込みは、SNSや掲示板から瞬く間に削除される。
新聞、雑誌、テレビ、ラジオ……インターネットに限らず、あらゆるメディアが権力の監視どころか、ポデレス政権の顔色を窺い、彼らの恣を看過する。
ロークは、情報源が限られる中で、この解に辿りついた神学生を改めて見た。
「分断がテロを呼んで、たくさんのテロが重なって、昔のラキュス・ラクリマリス共和国全体に広がったものが、半世紀の内乱だと気付いたからです」
「今も、昔と同じ過ちを繰り返しつつあるってコトですか?」
ロークが重ねて問うと、神学生は深く顎を引いた。
「星の標は、魔哮砲戦争の開戦前から、ランテルナ島の異教徒や魔法使いに爆弾テロを繰り返し行いました」
「あぁ、夕方のニュースでよくありましたね」
クラウストラが相槌を打つと、神学生ファーキルは満足げに頷いて続けた。
「でも、政府は見て見ぬフリで取り締まりません。本土の住民で、穢れた力を持つのが明るみに出た人は、星の標が捕えて火炙りにしました」
「そう言われてみれば、星の標の人が殺人罪とかで逮捕されたってニュース、見たコトないです」
黒髪の少女が、さも、たった今気付いたように感心してみせる。
聖職者を目指す少年は、ルフス神学校の内部では、決して言えない言葉を易々と口にした。
カフェの個室には、三人の他には誰も聞く者がない。
素性も知らない「ガレチャーフキ」と「ファクス」をここまで信用するのは、平和の花束のCD購入の件によるものだろうか。
それとも、別の何かを感じ取ったからだろうか。
「星の標は公式サイトで戦果を誇示しますが、島民はそんなテロに屈することなく、星の標や本土の住民に報復を行いません」
「魔法じゃ今の兵器に勝てないから、とか?」
クラウストラが無邪気を装って、神学生の少年を試した。
☆実際に見た爆発跡と献花台の様子……「0954.献花台の言葉」参照
☆ポデレス大統領が演説でネモラリス人への報復を呼掛け……「869.復讐派のテロ」→ネモラリス軍の動き「911.復讐派を殲滅」「912.運び屋の仕事」参照
☆礼拝堂爆破の犠牲者……「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」「907.同級生の被害」~「910.身を以て知る」参照
☆高等部の聖職者クラス……「743.真面目な学友」「762.転校生の評判」~「764.ルフスの街並」参照
☆他クラス……「744.露骨な階層化」参照
☆若手の司祭は(中略)ネモラリス領への空襲を称賛……「763.出掛ける前に」、一般人の反応「766.熱狂する民衆」参照
☆もう一人のファーキル君には釘を刺せた/重傷……「910.身を以て知る」参照
☆安らぎの光党
基本情報……「868.廃屋で留守番」参照
第一回大統領予備選と国政選挙……「1139.安らぎの光党」「1157.国会に届く歌」「1160.難しい線引き」「1162.足りない信任」「1164.信任者の実数」「1198.拡散効果検証」「1209.二カ所の情報」「1213.確認に費やす」参照
第二回大統領予備選……「1343.低調な投票率」~「1346.安定には遠く」「1356.戦時下の民意」「1362.情報を与える」「1363.反応を調べる」「1390.相手国の状況」参照
☆アクセスを遮断……「0162.アーテルの子」「770.惜しくない命」「0993.会話を組込む」「1001.蠍のブローチ」「1002.ポスター設置」「1026.関心が異なる」「1149.一時間の番組」参照
☆SNSや掲示板から瞬く間に削除……「0188.真実を伝える」「229.待つ身の辛さ」「862.今冬の出来事」「864.隠された勝利」「0994.共通の知合い」「1024.ロークの情報」参照
☆爆弾テロを繰り返し……「386.テロに慣れる」参照
☆平和の花束のCD購入の件……「1105.窓を開ける鍵」参照
☆本土の住民で、穢れた力を持つのが明るみに出た人は、星の標が捉えて火炙り……「809.変質した信仰」「810.魔女を焼く炎」参照
▼星の標のシンボルマーク




