1405.空っぽの雑言
ファーキルは、深い溜め息を吐いて、ニュースのタブを閉じた。
……星界の使者の代表者とは大違いだな。
ラクエウス議員たちの話と、フェレトルム司祭の証言によると、星界の使者代表のリゴル氏は、現場には一度も足を運ばず、独自に収集したデータを基に決断を下すと言う。
……まぁ、それは俺も似たようなモンだけど。
だが、そのデータの大半は、武力に依らず平和を目指す名もなき集まりの仲間たちが、現地で集めたものだ。ファーキルが担当するのは、インターネットに開示された情報の収集と分析で、仲間たちはそれらの情報に基づいて、現実の世界で次に起きる動きを予測する。
ラクエウス議員がイーニー大使から聞き出した情報と、ファーキル自身が調べたインターネットの情報から、ネモラリス共和国からあちこちの国に派遣された駐在武官らが、サクラを雇ってニュースサイトのコメント欄やSNSにアーテル共和国を批難する投稿をさせるのがわかった。
それを大使ら文官にまで伏せる理由はわからない。
本国にインターネットの設備がないネモラリス共和国の在外公館でさえ、ネットで情報工作するのだ。
アーテル共和国は、ずっと以前から現在に到るまで、ネモラリス共和国の国際世論の評価が下がるよう周到に印象操作を行って来た可能性が高い。
先程見た記事のコメントも、ほぼ全てがそうだろう。
記事の見出しやコメントの一部でSNS内を検索すると、案の定、コメント欄の投稿と全く同じ文や、絵文字を付け足しただけの似通った投稿が多数ヒットした。
……それにしても、雑な工作だなぁ。
ファーキルは呆れたが、唯一接したネモラリス共和国に関する情報がこれなら、こんなお粗末な代物でも信じてしまう層が一定数居るから怖ろしい。
普段、新聞を読まず、ニュースも見ず、情報源は専らSNSとテレビのワイドショーだけの人は、アーテル共和国にも居た。
ファーキルの近所の人たちがそうで、母がそんな人たちとスーパーマーケットなどで立ち話するのが、堪らなくイヤだった。
幼い頃は、何がイヤなのかわからなかったが、今ならわかる。
あの人たちの話題がいつも、中身のない悪口ばかりだからだ。
このニュースのコメントや、SNSの投稿と何も変わらない。
しかも「みんながそう言ってる」と口癖のように言い、本人の意思や考えですらなかった。
その「みんな」とやらが、どこの何者なのか定かではない。
本人も薄々「自分の発言には価値がなく、聞く者が信じない」と気付いているのか、顔の見えない「みんな」を前面に押し出して語る。
「みんながそう言ってる」
そう言いさえすれば、誰もがその発言に納得すると本気で思っているようだ。
その「みんな」の中には、人数が少なくて難しい話しかしない専門家や、何かにつけて「みんな」が批判する政治家や公務員は含まれない。
彼らにとって話の内容など眼中になく、誰が発言者であるか、その発言が自分の気分に合うかが全てなのだ。
ワイドショーの誤報も、SNSのデマも、その時の「気分」に合うものなら何でも鵜呑みにして脊髄反射的に拡散する。
テレビで健康にいいと話題になった食べ物には何でも飛びついて大量に買うが、次にテレビで新しい物が紹介されれば、また無批判に飛びついて、以前あんなに熱く「良さ」を語った物には見向きもしなくなる。
「奥さん、ご存知? テレビで言ってたんですけど、ニンジンはビタミンAが豊富で免疫力を高めてくれるから、ありとあらゆる病気を防いでくれるんですって。番組で紹介されたレシピ、朝はニンジンジュースとニンジンサラダ、パン生地にはすりおろしたニンジンを混ぜて、お昼とお夕飯はニンジンたっぷりのスープとニンジンソテー、みんな採り入れてるんですの。詳しいレシピを調べてたら、みんながSNSで目にもいいって言ってましたの。たくさん食べると視力が上がるんですってよ。最近、子供の視力低下がどうのってみんなが心配してますでしょ? ファーキルちゃんの為にも、ねっ、ニンジンたくさん買ってあげなさい」
「ありがとうございます。でも、ビタミンAは、過剰摂取すると却ってよろしくありませんよ。家庭科の教科書や栄養師監修の料理の本に」
一度、母が反論したが、そのおばさんは最後まで聞かずに何だかよくわからないことを喚き散らして、ぷりぷり怒りながら行ってしまった。
ビタミンAが不足すると、後天性の夜盲症になることがある。
鳥目の防止にはある程度有効だが、遠くが見えるようになるワケではない。
ファーキルは帰宅後、母からビタミンAには摂取上限があるから、身体にいいモノでも食べ過ぎはよくないと懇々と諭された。
あのおばさんは、その日から母の悪口をあることないコト言い触らしまくった。
発言者がそんな人物だと心得るご近所さんは、テキトーに流すか、そもそも相手にしなかったが、あのおばさんの同類は信じた。
しばらくはファーキルの一家が礼拝に行くと、露骨に避けて、聞えよがしに陰口を叩いた。
それも標的が次の人に移ると、何事もなかったかのようにケロリとしてすり寄って来た。それでも母は、ファーキルの同級生の親だからと関係を切らなかった。
……あのレベルの人たちって、ムダに声が大きくて行動力あるんだよな。
世の中には、聖者が点した知の灯の下でも、賢くない人が居る。
話の内容ではなく、話し手が誰であるかしか、見ない人が居る。
信じる基準が物事の真否ではなく、気分に合うことの人が居る。
危険から守ろうと正しい情報を与えても耳を貸さない人が居る。
幼い日のファーキルは、教会に毎週欠かさず通っても、知の灯で照らせない人が居ると知り、信仰に疑いを抱いた。
SNSの「真実を探す旅人」の投稿へのコメントにも、そんな輩は出没する。大抵はどこかで見た悪口の短文コピペだ。
ファーキルが対応するまでもなく、まともなフォロワーにやり籠められ、すぐにコメントを消して寄りつかなくなる。
フォロワーに恵まれたのはいいコトだが、それではあのおばさんのような層には伝わらない。
……どうすれば、あれ系の人にも伝わ……あ!
ファーキルは、閃いたことを忘れない内にメールでラゾールニクに相談した。
☆星界の使者……「1365.火のない所に」「1374.厄介な寄付品」参照
☆ラクエウス議員たちの話……「1321.前後での変化」「1322.若者への浸透」参照
☆フェレトルム司祭の証言……「1357.変化した団体」~「1360.多くの離反者」参照
☆駐在武官らが、サクラを雇って……「1375.工作員の素性」~「1377.電脳界の傭兵」参照




