1403.警備員と再会
「ほら、そこだ」
葬儀屋アゴーニが指差す先に雑居ビルがある。
窓ガラスには、社名を一文字ずつ書いた紙が貼ってあった。他に看板らしきものはない。
……そう言えば、クーデターで首都から移転したって聞いたな。
「今更なんですけど、警備の依頼じゃないのに行くのって、お仕事の邪魔になりませんか?」
「なぁに。鱗蜘蛛退治のお礼に来ましたっつっときゃ大丈夫だ」
アゴーニはレノの肩をポンと叩いて、遠慮なくビルに入った。幾つも戸が並ぶ廊下を勝手知ったる我が家のように奥へ進む。ノックはしたが、返事を待たずに戸を開け、レノは面食らった。
「よぉ、忙しいとこすまねぇな。ヤーブラカの鱗蜘蛛退治の件で世話ンなったモンだ」
事務の職員全員が、一斉にこちらを向いたが、アゴーニは全く動じない。レノは葬儀屋の背に半分隠れて様子を窺った。
「ジャーニトルさんが居たら、ちっとお礼言いてぇんだけどよ」
「……少々お待ち下さい」
一番手前の職員が、二人から視線を外さず、内線を掛けた。
「すぐ参りますので、このままお待ち下さい」
廊下の奥で、反響する足音が降りてくる。レノが廊下に顔を出すと、警備員ジャーニトルは更に歩調を早めて手を振った。
「店長さん、久し振り。アゴーニさんも」
「お久し振りです」
「よぉ、前より元気そうだな」
レノは本当に久し振りだ。ヤーブラカ市では顔を合わさなかったので、ランテルナ島の拠点以来になる。
警備員ジャーニトルは、複雑な微笑を返すだけで、何も言わなかった。
「ヤーブラカで戦ってくれて、ありがとよ」
「……仕事ですから」
「まぁ、そう言うなよ。今、時間いいか?」
「少しだけなら」
「一杯奢るから、ちょっと来てくれ」
葬儀屋アゴーニは制服の背をポンと叩き、さっさと行ってしまう。ジャーニトルは事務室に視線を投げた。数人が小さく頷き、緑髪の警備員も歩きだす。
レノは事務員たちに会釈して続いた。
改めてよく見ると、緑髪の下に続く身体は、制服の上から見ても逞しい。
……魔法だけじゃなくて、普通の格闘とかも強いんだろうな。
力なき民の暴漢や、武闘派ゲリラと素手で格闘した時を思い出し、レノは自分が情けなくなった。
アクイロー基地襲撃作戦の前、レノも作戦部隊に加えられた。だが、「職人だから」と戦闘訓練から外され、後方支援に回された。教わったのは拳銃の手入れだけで、どう撃てばちゃんと当てられるかわからない。
……今の俺って、モーフ君やローク君にも勝てないんだろうな。
アゴーニがカフェの前で手招きする。
あんなに食品価格が高騰する中、まだ営業できるのが不思議だ。
扉を開けると、客は奥のカウンター席に一人しか居なかった。
「これで何か飲めるか? 三人前」
葬儀屋アゴーニは、クラフト紙の小袋をカウンターに置いた。交換品用に一袋一キロずつ、ピナとティスが小麦粉を量って小分けにしたものだ。
カフェの店主が怪訝な顔を湖の民の葬儀屋に向ける。
「これは……?」
「小麦粉。一キロぴったりある」
先客がこちらを向いた。
「拝見しても?」
「どうぞどうぞ。気の済むまで見てくれ」
店主は折り畳まれた紙袋の口を丁寧に開き、マチの広い袋を覗いた。慎重な手つきで紙袋を傾け、掌に少量乗せる。匂いを嗅ぎ、味を確かめると、袋の口を閉じてカウンターの下に引っ込めた。
「代用珈琲三杯、角砂糖もお付けできます」
「ありがとよ」
アゴーニは先客から一番遠いテーブル席に腰を下ろした。レノは葬儀屋の隣に座り、ジャーニトルは同族の正面に落ち着く。
「最近、景気はどうよ?」
アゴーニが、手提げ袋から乾電池二個パックをひとつ出し、卓に置いてジャーニトルの前に押しやった。
警備員は電池を掌で弄ぶ。
店主が手洗い用の小さな水容れを卓に置き、カウンターに戻った。
代用珈琲がフィルタからガラス器に滴り、本物とは少し違う香ばしい匂いが店内に満ちる。
アゴーニが【操水】でレノの手を洗い、水を宙で沸かす。
ジャーニトルは制服のポケットに電池を仕舞って言った。
「今日は、月例報告で帰社したんです」
「忙しいのにすまねぇな」
「いえ、報告書は大体できたので」
アゴーニは、宙で沸き立つ熱湯を冷まして大人しくさせ、自分の手を洗って水容れに戻した。
「今、どの辺で仕事してんだ?」
「クルブニーカです」
「立入制限が解除されたのか?」
「いえ、解除に向けて軍が魔物とかの掃討作戦を展開して、その手伝いです」
「ゼルノー市の様子、知りませんか?」
レノが卓に身を乗り出したところへ代用珈琲が来た。
ジャーニトルは首を横に振る。
「立入制限区域は、許可証がないと入れないし、書いてあるとこしか行けないんだ。俺は、元々クルブニーカの製薬会社担当で、土地勘があるから派遣された」
レノは肩を落としかけたが、顔を上げて聞いた。
「同僚でトポリ市に派遣された人って居ませんか?」
「他所が受注したから居ないよ」
「一人もですか?」
「軍とか役所関係の仕事は入札があって、一現場につき一社が受注するんだ。下請けを隊に入れるコトもあるし、ウチは元請けだけど、魔獣駆除業者は建設関係みたいに共同企業体を作らないんだ」
「そうなんですか……」
レノは珈琲カップを両手で包んだ。
見た目はしっかり珈琲だが、味も香りも少し違う。
「クルブニーカの復旧、今どんくらい進んでンだ?」
「来月末頃には、防壁が完成予定だそうです」
「電気ガス水道は手つかずか?」
「道路は軍が少し修理しましたけど……まぁ、インフラの復旧はそれから業者さん入れるんじゃないんですか? 予算があるかわかりませんけど」
「あっちもこっちも、カネがなきゃムリかー」
アゴーニは渋い顔で代用珈琲を啜った。




