表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十八章 真否

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1441/3512

1403.警備員と再会

 「ほら、そこだ」

 葬儀屋アゴーニが指差す先に雑居ビルがある。

 窓ガラスには、社名を一文字ずつ書いた紙が貼ってあった。他に看板らしきものはない。


 ……そう言えば、クーデターで首都から移転したって聞いたな。


 「今更なんですけど、警備の依頼じゃないのに行くのって、お仕事の邪魔になりませんか?」

 「なぁに。鱗蜘蛛(ウロコグモ)退治のお礼に来ましたっつっときゃ大丈夫だ」

 アゴーニはレノの肩をポンと叩いて、遠慮なくビルに入った。幾つも戸が並ぶ廊下を勝手知ったる我が家のように奥へ進む。ノックはしたが、返事を待たずに戸を開け、レノは面食らった。


 「よぉ、忙しいとこすまねぇな。ヤーブラカの鱗蜘蛛退治の件で世話ンなったモンだ」

 事務の職員全員が、一斉にこちらを向いたが、アゴーニは全く動じない。レノは葬儀屋の背に半分隠れて様子を窺った。

 「ジャーニトルさんが居たら、ちっとお礼言いてぇんだけどよ」

 「……少々お待ち下さい」

 一番手前の職員が、二人から視線を外さず、内線を掛けた。


 「すぐ参りますので、このままお待ち下さい」

 廊下の奥で、反響する足音が降りてくる。レノが廊下に顔を出すと、警備員ジャーニトルは更に歩調を早めて手を振った。

 「店長さん、久し振り。アゴーニさんも」

 「お久し振りです」

 「よぉ、前より元気そうだな」

 レノは本当に久し振りだ。ヤーブラカ市では顔を合わさなかったので、ランテルナ島の拠点以来になる。

 警備員ジャーニトルは、複雑な微笑を返すだけで、何も言わなかった。


 「ヤーブラカで戦ってくれて、ありがとよ」

 「……仕事ですから」

 「まぁ、そう言うなよ。今、時間いいか?」

 「少しだけなら」

 「一杯奢るから、ちょっと来てくれ」

 葬儀屋アゴーニは制服の背をポンと叩き、さっさと行ってしまう。ジャーニトルは事務室に視線を投げた。数人が小さく頷き、緑髪の警備員も歩きだす。

 レノは事務員たちに会釈して続いた。


 改めてよく見ると、緑髪の下に続く身体は、制服の上から見ても逞しい。


 ……魔法だけじゃなくて、普通の格闘とかも強いんだろうな。


 力なき民の暴漢や、武闘派ゲリラと素手で格闘した時を思い出し、レノは自分が情けなくなった。

 アクイロー基地襲撃作戦の前、レノも作戦部隊に加えられた。だが、「職人だから」と戦闘訓練から外され、後方支援に回された。教わったのは拳銃の手入れだけで、どう撃てばちゃんと当てられるかわからない。


 ……今の俺って、モーフ君やローク君にも勝てないんだろうな。



 アゴーニがカフェの前で手招きする。

 あんなに食品価格が高騰する中、まだ営業できるのが不思議だ。


 扉を開けると、客は奥のカウンター席に一人しか居なかった。

 「これで何か飲めるか? 三人前」

 葬儀屋アゴーニは、クラフト紙の小袋をカウンターに置いた。交換品用に一袋一キロずつ、ピナとティスが小麦粉を量って小分けにしたものだ。

 カフェの店主が怪訝な顔を湖の民の葬儀屋に向ける。

 「これは……?」

 「小麦粉。一キロぴったりある」

 先客がこちらを向いた。

 「拝見しても?」

 「どうぞどうぞ。気の済むまで見てくれ」

 店主は折り畳まれた紙袋の口を丁寧に開き、マチの広い袋を覗いた。慎重な手つきで紙袋を傾け、(てのひら)に少量乗せる。匂いを嗅ぎ、味を確かめると、袋の口を閉じてカウンターの下に引っ込めた。

 「代用珈琲三杯、角砂糖もお付けできます」

 「ありがとよ」


 アゴーニは先客から一番遠いテーブル席に腰を下ろした。レノは葬儀屋の隣に座り、ジャーニトルは同族の正面に落ち着く。

 「最近、景気はどうよ?」

 アゴーニが、手提げ袋から乾電池二個パックをひとつ出し、卓に置いてジャーニトルの前に押しやった。

 警備員は電池を(たなごころ)で弄ぶ。


 店主が手洗い用の小さな水容(みずい)れを卓に置き、カウンターに戻った。

 代用珈琲がフィルタからガラス器に滴り、本物とは少し違う香ばしい匂いが店内に満ちる。


 アゴーニが【操水】でレノの手を洗い、水を宙で沸かす。

 ジャーニトルは制服のポケットに電池を仕舞って言った。

 「今日は、月例報告で帰社したんです」

 「忙しいのにすまねぇな」

 「いえ、報告書は大体できたので」


 アゴーニは、宙で沸き立つ熱湯を冷まして大人しくさせ、自分の手を洗って水容れに戻した。


 「今、どの辺で仕事してんだ?」

 「クルブニーカです」

 「立入制限が解除されたのか?」

 「いえ、解除に向けて軍が魔物とかの掃討作戦を展開して、その手伝いです」

 「ゼルノー市の様子、知りませんか?」

 レノが卓に身を乗り出したところへ代用珈琲が来た。

 ジャーニトルは首を横に振る。

 「立入制限区域は、許可証がないと入れないし、書いてあるとこしか行けないんだ。俺は、元々クルブニーカの製薬会社担当で、土地勘があるから派遣された」

 レノは肩を落としかけたが、顔を上げて聞いた。

 「同僚でトポリ市に派遣された人って居ませんか?」

 「他所が受注したから居ないよ」

 「一人もですか?」

 「軍とか役所関係の仕事は入札があって、一現場につき一社が受注するんだ。下請けを隊に入れるコトもあるし、ウチは元請けだけど、魔獣駆除業者は建設関係みたいに共同企業体を作らないんだ」

 「そうなんですか……」

 レノは珈琲カップを両手で包んだ。

 見た目はしっかり珈琲だが、味も香りも少し違う。


 「クルブニーカの復旧、今どんくらい進んでンだ?」

 「来月末頃には、防壁が完成予定だそうです」

 「電気ガス水道は手つかずか?」

 「道路は軍が少し修理しましたけど……まぁ、インフラの復旧はそれから業者さん入れるんじゃないんですか? 予算があるかわかりませんけど」

 「あっちもこっちも、カネがなきゃムリかー」

 アゴーニは渋い顔で代用珈琲を啜った。

☆クーデターで首都から移転……「876.警備員の道程」参照

☆ヤーブラカの鱗蜘蛛退治の件……「876.警備員の道程」「877.本社との交渉」「0930.戦い用の薬を」~「0936.報酬の穴埋め」参照

☆力なき民の暴漢や、武闘派ゲリラと素手で格闘した時……暴漢「0083.敵となるもの」~「0086.名前も知らぬ」武闘派ゲリラ「470.食堂での争い」参照

☆後方支援に回された……「388.銃火器の講習」参照

☆軍が魔物や魔獣の掃討作戦を展開してて、その手伝い……「1257.不備と不手際」「1343.低調な投票率」「1368.素材等の需要」参照


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ