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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十八章 真否

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1440/3511

1402.大都市の様子

 レノは久し振りにレーチカ市を訪れた。

 臨時政府が置かれたここは、今やネモラリス共和国の中心地だ。


 人通りは多いが、一見すると落ち着いて見える。

 薬師(くすし)アウェッラーナや、ソルニャーク隊長たちから聞いたクーデター直後の混乱期の焦燥は、とっくに消えた。

 だが、商店街に足を踏み入れると、様相が一変する。


 ……ギスギスしてるなぁ。


 陸の民も湖の民も、商店街の店先を見る目が血走り、食料品店の前の人集(ひとだか)りで怒号が飛び交う。警察官の姿がそこかしこに見え、単なる警邏(けいら)以上の物々しさを感じさせた。

 レノは、食品価格と品質の調査役として連れて来られたが、これでは店に近付くどころではない。


 ……ピナたちを連れてこなくて正解だったな。


 ロークの情報によると、レーチカ市にも星の(しるべ)の拠点がある。

 秦皮(トネリコ)の枝党の幹部パドスニェージニク議員宅も、そのひとつだ。ロークはクーデター発生直後、彼の父と共に首都クレーヴェルを脱出し、一時はその国会議員宅に身を寄せたと言う。


 商店街の人集(ひとだか)りで爆弾テロを起こされては、大変な惨事を招く。

 パドスニェージニク議員が、部下の隠れキルクルス教徒に命令しない保証はどこにもなかった。


 国営放送アナウンサーのジョールチが、小さく首を振って三人を促す。レノは、ソルニャーク隊長、葬儀屋アゴーニと一緒にジョールチの後について行った。



 魚屋は客が少なく、ゆっくり見られた。

 干物も生魚も、開戦前のゼルノー市より三倍から五倍くらいの上げ幅だが、全く買えない程ではない。生魚の鮮度がいいのが救いに思えた。

 レノがじっくり見る間にも、三人の客が数匹ずつ買ってゆく。


 店から離れた所でメモを取り、次の調査へ向かった。


 書店や文房具屋、衣料品店や金物屋など食品以外を扱う店は閑古鳥が鳴く。

 怒号が飛び交うのは、肉屋、八百屋、乾物屋だ。


 「小麦十キロは満タンの【水晶】十個! これ以上は負けらんないよ!」

 「無茶言うな!」

 「前は小麦二十キロで一個だったじゃないか!」

 「仕入れ値が高ぇんだ! ウチだって儲けなんざねぇよ!」

 「前はマグカップ用の【保温の鍋敷】で売ってくれたじゃない!」

 「今は昔と違うんだ! 戦争から何年経ったと思ってんだ!」

 「しかもこれっぽっちって、隠してんじゃないのかッ?」

 「仕入れがねぇんだからしょうがねぇだろ! ないモンはないんだ!」

 「こっちだって食わなきゃ生きてけないんだよ! 半額に負けろよ!」

 「ネーニア島の産地がやられたんだからしょうがねぇだろ!」

 「払えないくらい値段吊り上げて、売れなきゃあんただって商売あがったりじゃないの」

 「文句あんならアーテル軍に言えよ!」

 「次はいつ入荷するの?」

 「知るかッ!」


 昨年、ネミュス解放軍が首都クレーヴェルでクーデターを起こした。

 その少し後、アーテル軍がネーニア島西部に大規模な空襲を行い、農村地帯と点在する漁村、復興を始めたガルデーニヤ市を焼き払った。


 防壁が破壊され、地元に留まったのでは魔物や魔獣の餌食になる。

 辛うじて生き残った者は、ネーニア島北岸の街や、ザカート隧道(トンネル)を抜けてラクリマリス領へ逃れた。

 安全な場所へ【跳躍】できた者などほんの一握りに過ぎない。


 穀倉地帯のひとつが失われ、ネモラリス共和国内では更に小麦価格が高騰した。

 輸入しようにも、ネーニア島内の複数の都市が焼失し、復旧・復興の国内需要が増して輸出できるモノが激減した。

 戦争難民として、数十万、もしかすると百万人以上の人々が国外流出し、人手不足も深刻だ。



 ……でも、国内に居ても食べ物が手に入らないんじゃなぁ。



 ネモラリス島北東部の農村地帯が、麻疹(はしか)の流行で壊滅的な打撃を(こうむ)った。

 薬師(くすし)アウェッラーナが倒れるまで頑張って魔法薬を作り続け、三つの村はどうにか助けられたが、それ以外の村は酷い有様だ。

 今年の収穫は絶望的で、また食糧価格が上がるだろう。


 アーテル軍の空襲で、ネーニア島の東岸・西岸の港が破壊された。

 アウェッラーナの家族のように沖出しして助かった漁船もあるが、港湾設備や水産加工場が破壊されては、水揚げ作業が難しい。

 それでも、無事だった港の稼働率を上げ、魚介類はどうにか供給を途絶えさせずに持ち(こた)える。


 アカーント市では、農村がやられると、農業、畜産業だけでなく、繊維産業も打撃を受けると思い知らされた。



 ……俺たち、ホント運がいいだけなんだよな。


 魔獣に追われてアーテル領ランテルナ島へ逃げ込み、地下街チェルノクニージニクに土地勘と人脈を得た。

 運び屋フィアールカのお陰で、王都ラクリマリスでも同様の伝手ができた。アミトスチグマ王国でもそうだ。

 仲間が平和で物資が豊かな場所へ【跳躍】できるから、色々な物を調達できる。様々な偶然が重なって生き延びられたのだ。


 ……千年茸(センネンタケ)がなかったら、それもムリだったんだよな。



 鬱々と考え事をする間に着いたのは官庁街だ。

 平日の昼間、人通りは思った程、多くはない。

 オフィスビルの前には、掲示板が幾つも並ぶ。

 ジョールチが熱心に告示等を撮る。クルィーロから借りたタブレット端末を易々と使いこなす姿に感心した。


 ……俺たちって、なんか場違いだよな。


 庁舎の入口には警備員が立つが、商店街のようなピリピリした空気はなく、警官の姿もない。

 「あ」

 「どうした?」

 ソルニャーク隊長に鋭く聞かれ、レノは警備員から目を逸らさずに答えた。

 「あの警備員さん、ジャーニトルさんと同じ制服だなって思って」

 「あぁ、そう言や、会社この辺だったな」

 「モーシ綜合警備……だったか?」

 「そうそう。隊長さん、よく覚えてンなぁ」

 アゴーニは撮影に夢中なジョールチの肩を叩いた。ラジオのアナウンサーは、無言でタブレット端末をつついて向ける。


 〈二手に分かれましょう〉


 落ち合う場所を決め、レノはアゴーニと二人で警備会社へ顔を出すことになった。

☆クーデター直後の混乱……「603.今すべきこと」「606.人影のない港」「640.脱出する車列」~「648.地図の読み方」「653.難民から聞く」「698.手掛かりの人」「708.臨時ニュース」参照

☆レーチカ市にも星の標の拠点……「654.父からの情報」「655.仲間との別れ」「691.議員のお屋敷」「694.質問を考える」~「696.情報を集める」参照

☆昨年、ネミュス解放軍が首都クレーヴェルでクーデター……「599.政権奪取勃発」~「602.国外に届く声」参照

☆その少し後、アーテル軍がネーニア島西部に大規模な空襲……「756.軍内の不協和」~「759.外からの報道」参照

薬師(くすし)アウェッラーナが倒れるまで頑張って……「1281.寝込めるヒマ」「1284.過労で寝込む」参照

☆それ以外の村は酷い有様……「1324.荒廃した集落」「1325.消滅した集落」「1349.多面的な情報」参照

☆アウェッラーナの家族のように沖出しして助かった漁船……「826.あれからの道」「827.分かたれた道」参照

☆農村がやられると(中略)繊維産業も打撃を受ける……「1348.魔法の糸相場」「1349.多面的な情報」「1353.染料の原材料」「1367.新たな取引網」参照

☆魔獣に追われてアーテル領ランテルナ島へ……「299.道を塞ぐ魔獣」~「303.ネットの圏外」「307.聖なる星の旗」「308.祈りの言葉を」「312.アーテルの門」~「325.情報を集める」参照

☆運び屋フィアールカのお陰……「534.女神のご加護」参照

☆王都ラクリマリスでも同様の伝手……「533.身を守る手段」「535.元神官の事情」参照

☆千年茸……「477.キノコの群落」~「479.千年茸の価値」参照

☆モーシ綜合警備……「876.警備員の道程」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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