1399.決まらない詞
メドヴェージとモーフが、荷台からもう一台、長机を下ろした。
続いて降りたレノとピナティフィダが、アカーント市でもらったパイプ椅子を置く。エランティスが、パンとメモ用紙を手際よく並べた。
「俺たちは、みなさんの困り事をあんまり解決できません。でも、他所に伝えることはできます」
レノが「店長」の顔で言ったが、村人たちは首を傾げた。
「巡り巡って、予想外のところから助けてもらえるかもしれません」
「私たちが直接お力になれることは限られております。支援に繋げられると確約できず、心苦しくはありますが、それでもよろしければ、お聞かせ下さい」
国営放送アナウンサーのジョールチが、パイプ椅子のひとつに腰を下ろす。
左右に呪医セプテントリオーとクルィーロたちの父パドールリクが座った。
村の広場に集まった人々が、物販の机から離れ、相談の机に列を作る。
「じゃ、行こっか」
DJレーフに肩を叩かれ、クルィーロは面食らった。
レノたちパン屋の三兄姉妹と、薬師アウェッラーナ、老漁師アビエースは物販の机に戻り、アマナもそちらの手伝いに入った。
星の道義勇軍の三人と葬儀屋アゴーニが、村の子供たちの遊び相手になる。
仲間たちの姿を視界の端で捉え、クルィーロは振り返った。DJレーフは手提げ袋をふたつ持ち、【軽量】の呪印がある方を差し出す。
クルィーロは受取って聞いた。
「行くって、どこへ?」
「アミトスチグマ。楽譜のコピー頼んで、ついでに買出しもちょっと」
父がこちらを向き、無言で頷いて、すぐ相談者に向き直った。アマナは、古着などを持ち寄った客の相手で忙しそうだ。
レーフと連れ立って村の門を出て【跳躍】する。
アミトスチグマ王国の夏の都は、真冬の今日も大勢の人で活気があった。【跳躍】許可地点を幾つも経由して、支援者マリャーナの邸宅へ急ぐ。
女主人は留守だったが、二人の顔を覚えた使用人は、快くパソコンの部屋に通してくれた。
「ファーキル君、久し振りー。ちょっと楽譜コピーして欲しいんだけど」
「レーフさん、クルィーロさん、お久し振りです【癒しの風】でしたよね? 取敢えず十枚印刷しときましたよ」
クルィーロが夏の都の門前から送ったメールに返信はなかったが、ファーキルはちゃんと用意してくれた。
レーフは、まだインクが生乾きでしんなりする紙束と、膨らんだ大判封筒を受け取って、満足げに笑みを広げる。
「ありがとう。で、この封筒、何?」
「新しい歌詞が決まったんで、『すべて ひとしい ひとつの花』の差替え分、百枚です」
手提げに呪歌の楽譜を仕舞って、封筒の中身を引き出す。
一枚受取ったクルィーロは、追加部分を見てハッとした。
……こっちも挽歌みたいにすんのか?
「詩人のルチー・ルヌィさんと、音楽家の人たちが話し合ってそうなりました。もう一行増えたんですけど、その部分は保留になったんで、今回印刷した分には入れてません」
「保留って、その行どんな?」
DJレーフが聞くと、ファーキルはすぐパソコンの画面に表示させた。
君の微笑みが この胸に今でも
「これ入れると、完全に挽歌だよな」
DJレーフが、苦笑交じりにクルィーロと同じ感想を口に出す。
「この部分書いたルチー・ルヌィさん自身は、ナシにしたいみたいなんです」
「えっ? 何で?」
クルィーロとレーフが同時に首を傾げる。
「あんまりにも遺書っぽくなっちゃって、歌い難いんじゃないかって」
「ルチー・ルヌィさん以外は何て?」
「他の人たちは、この戦争で大勢亡くなったんだし、死んだらハイおしまいじゃなくて、忘れないように伝えた方がいいから残そうって言ってます」
「あー……」
二人は何とも言えない顔で頷いた。
「何回か話し合ったんですけど、平行線で、まとまんないんですよね」
ファーキル少年は早く決めて欲しいようだが、どちらの言い分にも一理あり、クルィーロにも即断はできなかった。
「元の『女神の涙』は題名からして挽歌だけど、これも戦争の悲惨さとか伝えて平和を呼掛ける歌なんだし、なかなかパンチが効いててイイと思うけどなぁ」
レーフは、小声で口遊んでみせた。
「穏やかな湖の風
一条の光 闇を拓き 島は新しい夜明けを迎える
涙の湖に浮かぶ小さな島 花が朝日に揺れる
この願い 叶うなら……」
歌詞が未定の部分はハミングでやり過ごす。
「君の微笑みが この胸に今でも
悲しい誓いと涸れ果てた涙
武器を手放し 歩む
二度とは戻らない 悲しみの日々 街を包んだ炎
安らかに眠るがいい 共に手を取り合って
同じ朝を目指した同志よ ここに」
DJレーフは、歌も上手かった。
「この“君”が誰だかわかんないけど、確実に死んでそうだよな」
クルィーロは苦い思いで呟いた。
後半の“安らかに眠る”人物が“君”なら、“この願い 叶うなら”「死んでも構わない」や「命を捨ててもいい」などが続きそうだ。そして、後半では本当に命を失った代わりに平和になる。
「あ、そっか。ネモラリス憂撃隊に参加するの煽るから、ダメなんだ」
「えっ? どう言うコトですか?」
ファーキルがクルィーロを見上げる。
DJレーフが封筒を袋に片付け、手近の椅子を引き寄せた。クルィーロも座って二人に説明する。
「ネモラリス軍は、アーテル軍の爆撃機は迎撃するけど、アーテル本土を叩きに行かないだろ?」
「でも、湖底ケーブルは……」
クルィーロは、情報を取りまとめる少年に片手をひらひら振った。
「俺たちは、ネモラリスの国外から、色んな国や立場の人たちの視点で手に入れた情報をまとめて見るから、多分、ネモラリス政府軍の仕業なんだろうなって見当がつくけど、ずっと国内に居る人たちは知らないんだよ」
「臨時政府も、政府軍も、何も言わないもんな」
DJレーフが頷く。
「ネミュス解放軍の活動範囲は国内だけで、魔哮砲を使う今の政府を倒すのが目的だ」
「あ、そっか。アーテル本土で活動って言うか、はっきり攻撃するって宣言して実行してるのって、ネモラリス憂撃隊だけだから」
ファーキルが青褪める。
「うん。死んだ“君”が“この願い 叶うなら”って遺言して、その願いって、アーテル人への復讐とか、政府軍の代わりにアーテル本土を叩くコトっぽいよな」
「報告書で見たカンジ、憂撃隊の連中は、死んでも安らかに眠らないで【涙】になっても戦い続けてるけどな」
DJレーフは知らないが、ロークたちの話によると、アクイロー基地襲撃作戦では、魔獣の召喚と受肉に死亡したゲリラの【魔道士の涙】を使ったと言う。
「平和を願う歌で、ゲリラの勧誘みたいになンの、マズいよな」
クルィーロが言うと、二人は暗い顔で頷いた。
☆アカーント市でもらったパイプ椅子……「1350.真実を探す目」参照
☆君の微笑みが この胸に今でも……「1396.無名の者の詞」参照
☆でも、湖底ケーブルは……「1233.安全保障の穴」「1302.危険領域の品」参照
☆魔哮砲を使う今の政府を倒すのが目的……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照
☆はっきり攻撃するって宣言して実行……「618.捕獲任務失敗」参照
☆憂撃隊の連中は死んでも安らかに眠らないで【涙】になって戦い続けてる……「1075.犠牲者と戦う」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆アクイロー基地襲撃作戦……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆魔獣の召喚と受肉に死亡したゲリラの【魔道士の涙】を使った……「460.魔獣と陽動隊」参照
※ 元の『女神の涙』は題名からして挽歌
女神の涙=パニセア・ユニ・フローラの【魔道士の涙】=大神殿に安置された青琩




