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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十八章 真否

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1436/3511

1398.長引く悪影響

 ネモラリス島北東部の国道沿い、アカーント市とムスカヴィート市の間にも小村が点在する。

 アカーント市より東の村々は、同市以外との交流が少ないらしく、麻疹(はしか)の被害を免れた。


 クルィーロたち移動放送局プラエテルミッサの一行は、アカーント市で共に公開生放送をしたピアノ奏者スニェーグと別れ、放送と行商をしながら東へと進む。


 「あら、この電池、随分と安いのね」

 「アミトスチグマで仕入れて来たんで、国内で買うより安いんですよ」

 「あらぁ、わざわざ外国まで行ってくれたの」

 「俺たちゃ外国なんざ行ったコトねぇのにな」

 クルィーロたちの説明に村人が感心する。

 今日は村の広場で行商、明日は同じ場所で公開生放送の予定だ。


 「近頃、仕事が凄く増えてやたら忙しくなってな」

 「そいつぁ儲かって結構なこったな」

 葬儀屋アゴーニが笑顔を返したが、緑髪の村人は表情を崩さなかった。

 「西の村が疫病で残念なコトになったらしくてね」

 「あっちがしてた仕事がこっちに回って来たんだ」

 「それに、いいことばっかりじゃないのよ」

 「何かお困り事が?」

 ソルニャーク隊長が(いぶか)る。


 「おじちゃんたち、どうして髪の毛、みんなと違うのー」

 「これッ! 後で教えたげるから、こっち来なさい」

 母親らしき女性が指差した幼子の手を引き、申し訳なさそうに会釈する。隊長は苦笑して会釈を返した。

 村の子供たちは、移動放送局プラエテルミッサの一行を物珍しげに囲む。

 陸の民と顔を合わせるのは、生まれて初めてなのだろう。親の背中から怖々覗く子も居る。アマナが小さく手を振ると、半分隠れて小さく振り返した。


 「どうもこうも……仕事が増え過ぎて忙しいのなんのって」

 「今日はジョールチさんが来て下さったから特別にお休み」

 「私なんて糸紡ぎし過ぎて、指がホラ、こんなんなったし」

 向けられた手は、親指と人差し指の皮がボロボロだ。

 「え? ひどーい。村の人みんななんですか? お薬は?」

 「糸紡ぎする人は最近みんなこうよ」

 「お薬塗っても治るヒマもなくてね」


 「青い翼 命の蛇呼んで 無限の力 今 ここに来て……」

 アマナが上着のポケットに手を入れ、【癒しの風】を歌いだした。緑髪ばかりの村人が、何事かと注目する。


 ……あー……まぁ、今更止めらんないし、後でコレしか使えませんって言えば、引き留められないかな?


 アウェッラーナは、薬師(くすし)の証【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)を服の中に仕舞い、セプテントリオーも、呪医の証【青き片翼】学派の徽章を隠し、いつもの白衣を脱いだ平服だ。

 思いがけず長期滞在した村では、音楽教諭に楽譜を渡し、授業で村の子全員に教えたから、アマナたちも堂々と使えた。

 すぐ次へ行く予定のこの村では、呪歌を教える余裕がない。


 癒し手が引き留められるのは、もう懲り懲りだった。


 糸紡ぎの職人たちが、自分の手を見て目を(みは)った。初めて耳にした呪歌でも、力ある言葉がわかる者なら、歌詞で治癒魔法だとわかる。

 アマナが歌い終えた途端、村人たちの目の色が変わった。

 「お嬢ちゃん、呪医(じゅい)になるお勉強してるのかい?」

 「私、力なき民だからムリよ。ホラ」

 ポケットから手を出し、魔力を使い果たした【魔力の水晶】を見せる。

 「妹はこの呪歌しか使えないんです。みなさんも、えっと、癒し手の資格がまだある人だったら、簡単に使えますよ」

 「知り合いに頼んで、楽譜もらってきましょうか? 村の子たちに学校で毎年教えれば、お薬がなくても手荒れの悩みがなくなりますよ」

 薬師(くすし)アウェッラーナの口から、商売あがったりな発言が飛び出して、クルィーロは魂消(たまげ)た。湖の民の薬師は、広場に集まった同族の村人を笑顔で見回す。

 緑髪の村人は、仲間内で顔を見合わせ、目顔で何事か交わした。


 「魔力の制御なし、歌詞と音程さえ合ってればいいんで、力なき民でも、作用力を補う【水晶】があれば使える簡単な術ですよ」

 「このご時世、お守り代わりに楽譜持っとけば、便利だと思いますけどね」

 クルィーロが推すと、DJレーフも加勢してくれた。それでも、村人たちの顔から困惑を拭えない。


 ……え? 何で?


 クルィーロは、彼らが婚期が遠のく以外で何を警戒するのかわからなかった。

 「でも……お高いんでしょう?」

 「電池は元の五倍になっちゃったのよ」

 「アカーント市じゃ、何もかも品薄だ」

 「糸紡ぎや機織りしながらラジオ聴くんだけどね、昔は点けっぱなしにできたけど、戦争からこっち、一日一時間だけに節約してるのよ」

 「カネなんざ幾らあったって、モノがなきゃ買えねぇんだよ」

 「紡いだ糸のお代、なるべくモノでもらうようにしてるけど、向こうもカツカツだから忙しい割に儲かんないし」

 「でも、こっちはこっちで働かないと生活できないし」

 「いつになったら戦争終わるの?」


 一人が言うと、我も我もと不安と不満をぶちまけた。


 「みなさん、ありがとうございます」

 国営放送アナウンサーのジョールチが前に進み出ると、騒然となった広場が一気に静まった。

 「その情報が、呪歌【癒しの風】の楽譜への対価になります」

 「情報……?」

 先程とは種類の違う困惑が広がる。

 黒髪に白いものが混じるアナウンサーは、眼鏡を掛け直して緑髪の村人たちを見回した。

 「こんな愚痴が?」

 「そうです。地方にお住まいの方々がどのような事でお困りか、裏を返せば、長引く戦争の悪影響や、臨時政府が()すべき支援などが見える重要な情報なのです」


 急に話が難しくなり、子供たちが退屈してチョロチョロし始める。


 「今日は他所で仕入れたモノの行商で、明日、公開生放送してから、次の村へ移動します」

 「でも、糸は全部売約済みですし……交換品が……」

 「小麦や野菜もウチで食べる分の他は、みんな街へ卸すって決まってるんで」

 「じゃあ、さっきのお歌の分、これに魔力足して下さい」

 アマナが輝きを失った【魔力の水晶】を差し出す。先程の女性が、すっかりキレイに治った手で受取った。

 「お安い御用よ。お嬢ちゃん、ありがとうね」

 「どういたしましてー」

 父が、すっかり逞しくなったアマナに目を細めた。

☆西の村が疫病で残念なコトになった……「1324.荒廃した集落」「1325.消滅した集落」「1329.医療政策失敗」参照

☆癒し手の資格/婚期が遠のく……「0108.癒し手の資格」「632.ベッドは一台」参照

☆長期滞在した村では、音楽教諭に楽譜を渡し、授業で村の子全員に教えた……「1052.校長の頼み事」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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