1398.長引く悪影響
ネモラリス島北東部の国道沿い、アカーント市とムスカヴィート市の間にも小村が点在する。
アカーント市より東の村々は、同市以外との交流が少ないらしく、麻疹の被害を免れた。
クルィーロたち移動放送局プラエテルミッサの一行は、アカーント市で共に公開生放送をしたピアノ奏者スニェーグと別れ、放送と行商をしながら東へと進む。
「あら、この電池、随分と安いのね」
「アミトスチグマで仕入れて来たんで、国内で買うより安いんですよ」
「あらぁ、わざわざ外国まで行ってくれたの」
「俺たちゃ外国なんざ行ったコトねぇのにな」
クルィーロたちの説明に村人が感心する。
今日は村の広場で行商、明日は同じ場所で公開生放送の予定だ。
「近頃、仕事が凄く増えてやたら忙しくなってな」
「そいつぁ儲かって結構なこったな」
葬儀屋アゴーニが笑顔を返したが、緑髪の村人は表情を崩さなかった。
「西の村が疫病で残念なコトになったらしくてね」
「あっちがしてた仕事がこっちに回って来たんだ」
「それに、いいことばっかりじゃないのよ」
「何かお困り事が?」
ソルニャーク隊長が訝る。
「おじちゃんたち、どうして髪の毛、みんなと違うのー」
「これッ! 後で教えたげるから、こっち来なさい」
母親らしき女性が指差した幼子の手を引き、申し訳なさそうに会釈する。隊長は苦笑して会釈を返した。
村の子供たちは、移動放送局プラエテルミッサの一行を物珍しげに囲む。
陸の民と顔を合わせるのは、生まれて初めてなのだろう。親の背中から怖々覗く子も居る。アマナが小さく手を振ると、半分隠れて小さく振り返した。
「どうもこうも……仕事が増え過ぎて忙しいのなんのって」
「今日はジョールチさんが来て下さったから特別にお休み」
「私なんて糸紡ぎし過ぎて、指がホラ、こんなんなったし」
向けられた手は、親指と人差し指の皮がボロボロだ。
「え? ひどーい。村の人みんななんですか? お薬は?」
「糸紡ぎする人は最近みんなこうよ」
「お薬塗っても治るヒマもなくてね」
「青い翼 命の蛇呼んで 無限の力 今 ここに来て……」
アマナが上着のポケットに手を入れ、【癒しの風】を歌いだした。緑髪ばかりの村人が、何事かと注目する。
……あー……まぁ、今更止めらんないし、後でコレしか使えませんって言えば、引き留められないかな?
アウェッラーナは、薬師の証【思考する梟】学派の徽章を服の中に仕舞い、セプテントリオーも、呪医の証【青き片翼】学派の徽章を隠し、いつもの白衣を脱いだ平服だ。
思いがけず長期滞在した村では、音楽教諭に楽譜を渡し、授業で村の子全員に教えたから、アマナたちも堂々と使えた。
すぐ次へ行く予定のこの村では、呪歌を教える余裕がない。
癒し手が引き留められるのは、もう懲り懲りだった。
糸紡ぎの職人たちが、自分の手を見て目を瞠った。初めて耳にした呪歌でも、力ある言葉がわかる者なら、歌詞で治癒魔法だとわかる。
アマナが歌い終えた途端、村人たちの目の色が変わった。
「お嬢ちゃん、呪医になるお勉強してるのかい?」
「私、力なき民だからムリよ。ホラ」
ポケットから手を出し、魔力を使い果たした【魔力の水晶】を見せる。
「妹はこの呪歌しか使えないんです。みなさんも、えっと、癒し手の資格がまだある人だったら、簡単に使えますよ」
「知り合いに頼んで、楽譜もらってきましょうか? 村の子たちに学校で毎年教えれば、お薬がなくても手荒れの悩みがなくなりますよ」
薬師アウェッラーナの口から、商売あがったりな発言が飛び出して、クルィーロは魂消た。湖の民の薬師は、広場に集まった同族の村人を笑顔で見回す。
緑髪の村人は、仲間内で顔を見合わせ、目顔で何事か交わした。
「魔力の制御なし、歌詞と音程さえ合ってればいいんで、力なき民でも、作用力を補う【水晶】があれば使える簡単な術ですよ」
「このご時世、お守り代わりに楽譜持っとけば、便利だと思いますけどね」
クルィーロが推すと、DJレーフも加勢してくれた。それでも、村人たちの顔から困惑を拭えない。
……え? 何で?
クルィーロは、彼らが婚期が遠のく以外で何を警戒するのかわからなかった。
「でも……お高いんでしょう?」
「電池は元の五倍になっちゃったのよ」
「アカーント市じゃ、何もかも品薄だ」
「糸紡ぎや機織りしながらラジオ聴くんだけどね、昔は点けっぱなしにできたけど、戦争からこっち、一日一時間だけに節約してるのよ」
「カネなんざ幾らあったって、モノがなきゃ買えねぇんだよ」
「紡いだ糸のお代、なるべくモノでもらうようにしてるけど、向こうもカツカツだから忙しい割に儲かんないし」
「でも、こっちはこっちで働かないと生活できないし」
「いつになったら戦争終わるの?」
一人が言うと、我も我もと不安と不満をぶちまけた。
「みなさん、ありがとうございます」
国営放送アナウンサーのジョールチが前に進み出ると、騒然となった広場が一気に静まった。
「その情報が、呪歌【癒しの風】の楽譜への対価になります」
「情報……?」
先程とは種類の違う困惑が広がる。
黒髪に白いものが混じるアナウンサーは、眼鏡を掛け直して緑髪の村人たちを見回した。
「こんな愚痴が?」
「そうです。地方にお住まいの方々がどのような事でお困りか、裏を返せば、長引く戦争の悪影響や、臨時政府が為すべき支援などが見える重要な情報なのです」
急に話が難しくなり、子供たちが退屈してチョロチョロし始める。
「今日は他所で仕入れたモノの行商で、明日、公開生放送してから、次の村へ移動します」
「でも、糸は全部売約済みですし……交換品が……」
「小麦や野菜もウチで食べる分の他は、みんな街へ卸すって決まってるんで」
「じゃあ、さっきのお歌の分、これに魔力足して下さい」
アマナが輝きを失った【魔力の水晶】を差し出す。先程の女性が、すっかりキレイに治った手で受取った。
「お安い御用よ。お嬢ちゃん、ありがとうね」
「どういたしましてー」
父が、すっかり逞しくなったアマナに目を細めた。




