0143.トラック出庫
鍵は掛かっていなかった。
中にはたくさんのフックと少しの鍵。フックの上に番号が貼られ、キーホルダーにも同じ番号がある。
扉の裏には、バインダーに挟んだ一覧表がぶら下がる。いつ、誰が、どの車両を使ったか記録されていた。
最後の記録は、空襲当日の早朝だ。
太い腕がぬっと伸びた。
振り向くと、メドヴェージがクルィーロの肩越しに鍵を取るところだ。
「坊主、よく見とけ。これが車の鍵って奴だ」
「へぇー。何か、ピカピカでカッコいいな」
「そうか? 一個ずつ形は違うが、大体、こんな感じだ。車一台に鍵一個。失くした時の用心に予備も作るがな」
……目的が変わってきてないか?
クルィーロは苦笑して、二人に向き直った。
「多分この数字が、車のナンバーだと思うんですけど」
「そうだな……四本しかねぇし、全部持って降りっか。おい、坊主。隊長に鍵みつけたから、下行きますっつってこい」
少年兵モーフが口を尖らせる。
「俺もそっち行きたい」
「何言ってんだお前……車のこたぁ何もわかんねぇ、魔法も使えねぇんじゃ、伝令くらいしかできんだろ。いいから行ってこい」
珍しく、メドヴェージに厳しい口調で言われ、少年兵モーフはとぼとぼ玄関へ向かった。
カチリと小気味良い音を立て、運転席のドアが開く。
思った通り、中の一本がイベントカーの鍵だ。クルィーロとメドヴェージは顔を見合わせて笑みを交わした。
「じゃ、早速動かしてみらぁ」
運転席につくメドヴェージに続いて、クルィーロも【灯】のボールペンを手に助手席へ乗り込んだ。
暗い上に工具の在処もわからない。点検なしでエンジンを始動する。
難なく掛かり、メドヴェージは鼻歌交じりにトラックを動かした。車体を旋回させ、出口へ向かう。
暗い駐車場にヘッドライトの光跡が走った。
四角く切り取られた空は、すっかり晴れて青い。スロープを登り、四トントラックが地上に姿を現す。
力を合わせて除けた廃車の脇を抜け、瓦礫や廃車が散乱する地上の駐車場を慎重に走らせる。
メドヴェージは、公道の手前でトラックを停めた。
「ま、特に問題なさそうだな」
「そうですね。一週間くらい前までは、普通に使ってたんでしょうし……」
クルィーロは、自分の発言にギョッとした。
……そうなんだ。まだ、ほんのちょっとしか経ってないのに。
平和な日々が、遠い昔に思える。
メドヴェージがシートベルトを外し、車外に出た。クルィーロも呆然としたまま降りる。
「玄関へ回す前に、道の瓦礫をちっと除けとこうか」
「そうですね。タイヤの交換も、今度はいつできるかわかりませんし……」
トラックが正常に動くことを報告すると、玄関ホールが喜びに沸いた。
「じゃあ、早く道のお片付けしようよ」
アマナが瞳を輝かせてクルィーロの手を引く。
ソルニャーク隊長が、苦笑して言い聞かせた。
「嬉しいのはわかるが、今日はもう遅い。明るい内に夕飯の支度もしなくてはならない。道路の片付けは明日にしよう」
夕食後、紅茶を飲みながら明日の予定を立てる。
ソルニャーク隊長が、宣言めいた調子で提案を口にする。
「明日は、二手に分かれて行動しよう」
「そうですね。その方が効率いいと思います」
ロークが同意を示すと、他のみんなもそれぞれ頷いた。
隊長は頷き返して続ける。
「一組は、道路の瓦礫撤去。駐車場の出口から放送局の玄関前まで」
「パンクさせんように、大きいのは道路の端に寄せて、ガラス片やら何やら細かいのは箒で掃いてな」
メドヴェージが作業内容を補足する。
箒の作業なら、子供たちにもできる。
隊長が続きを語る。
「もう一組は橋を見に行く。土地勘のあるローク君にお願いしたいのだが……」
「あっ、はい、大丈夫です」
ロークは緊張した面持ちで応えた。
安全の為にソルニャーク隊長と、魔法使いのアウェッラーナも同行する。ついでに水汲みと魚獲りもすると決まった。
ここを出られる期待感で、みんなの表情が明るい。
野宿よりマシだが、ここでは嵐は防げなかった。どこか、ちゃんとした「人の暮らし」のある場所が恋しい。
「じゃあ、今日は早く寝て、明日頑張ろう」
クルィーロがアマナを見る。
妹の顔は、両親に会える期待で明るかった。
☆一週間くらい前までは、普通に使ってた……章タイトル参照




