1390.相手国の状況
「湖南経済新聞によりますと、アーテル共和国では現在、大規模な通信途絶が発生中です」
ラジオのおっちゃんジョールチが、淡々と記事を読み上げる。
アカーント市内で取材して回った感触では、ネモラリス島北東部には、この情報が伝わらなかったらしい。
国営放送アナウンサーのジョールチは、少し前の状況とインターネットの説明も付け加えてニュース原稿を書いた。
「秋頃、電話回線の含む湖底ケーブルの破断が発生。これによってアーテル共和国本土とランテルナ島自治区の全域及び、ラニスタ共和国北西部の一部地域で、電話、FAX、インターネットの回線が使用不能に陥りました」
大半の聴衆は、ピンとこないらしい。経済ニュースの時みたいな必死さのない抜けた顔で、ラジオのおっちゃんの声を聞く。
取材で顔見知りになった行商人たちだけが、瞳を輝かせて食いついた。
「時流通信社によりますと、同じ時期、アーテル共和国本土各地の都市で、多数の爆発がありました。爆破の実行犯は不明です。電話などの交換局、電柱、市街地の小型通信アンテナなどが被害を受け、国内通信も途絶しました」
聴衆が隣の者と囁きを交わす。
「湖南経済新聞によりますと、爆発の直撃やビルの倒壊、魔獣の出現で多数の死傷者、行方不明者が出た模様です。現地当局は、二カ月近く経った現在も、被害状況を調査中で、年内の全容把握は困難とのことです」
客席に小さな驚きと瞑い喜びが、漣のように広がる。
「時流通信社によりますと、キルクルス教系慈善団体“星界の使者”が、アーテル共和国の回線仮復旧費用について、募金活動を行いました。星界の使者は、本部がバルバツム連邦にあります。また、バルバツム連邦には、通信事業の世界的な大企業の本社も複数あります」
ラジオのおっちゃんジョールチは、情報源を誤魔化した。
本当は、ローク兄ちゃんたち、同志が何人も現地に行って調べた。ファーキルたちが、新聞やインターネットで報道機関の情報も調べたので、嘘ではない。
「慈善団体“星界の使者”は、アーテル周辺水域の湖底ケーブル本格復旧まで、可搬型アンテナを積んだ船舶をアーテル沖に停泊させる計画を立てました。先日、募金が目標額を達成しましたが、仮復旧の船を出す約束を取り付けた保守企業から拒絶されました」
聴衆がざわつく。
「ラキュス湖に通信用湖底ケーブルを敷設する大手通信五社は、それぞれ独自にインターネットで声明を出しました。それによりますと、魔哮砲戦争が終結し、湖南地方の情勢が安定するまで、湖底ケーブルの復旧作業は行わないとのことです」
客席のざわめきが大きくなる。
「アーテル共和国政府などは、衛星移動体通信の設備を入手し、局所的に回線を回復させました。しかし、国全体では通信途絶の領域が大部分を占め、経済活動などに支障を来し、回線の早期復旧を望む声が日増しに高まっているとのことです」
少年兵モーフは、聴衆の落胆に胸がチクリと痛んだ。
……そりゃ、確かに敵だけどよ。
他人の不幸に笑みを広げる聴衆に鳥肌が立った。
「時流通信社によりますと、アーテル共和国では、今月半ば、二回目の大統領予備選が行われました。当選者は現職のアーテル党ポデレス氏、安らぎの光党のヒュムヌス氏。安らぎの光党の主な支持層は、音楽家団体とファンです。三人目の当選者は、無所属新人のミェーフ氏です」
聴衆の顔が険しくなる。
ネモラリス共和国では、空襲や魔獣の捕食、疫病の流行、星の標のテロやネミュス解放軍のクーデター、それに魔哮砲の使用に反対した政治家が、大勢命を落とした。
ラクエウス議員たち、ほんの一握りの国会議員がどうにか、ラクリマリス王国やアミトスチグマ王国に亡命できた。だが、祖国に戻れば、政府軍に殺される可能性が高い。
それでも、地方議員や国会議員の欠員を埋める選挙ができないでいる。
「アーテル共和国選挙管理委員会は、来年二月に大統領選挙の本選を実施する予定です」
ラジオのおっちゃんは、感情を交えず、淡々と原稿を読む。
聴衆はその声にくるくる表情を変えた。
「それでは、次のニュースです。夏から秋にかけて、ネモラリス共和国内では、麻疹の流行が発生しました。今月半ば、レーチカ市に設置された臨時政府の保健省は、麻疹流行の終息宣言を出しました」
客席に安堵の空気が満ちる。
「麻疹流行の制圧は、複数の方面から同時期に展開したワクチン接種活動の奏功によるものです。ひとつは、駐ルニフェラ共和国大使館など、我が国の在外公館によるワクチンの調達、さらにネミュス解放軍や、インターネット上の募金活動で資金を集めた慈善団体によるワクチン調達など、国内外から無数の支援が寄せられました」
アカーント市は、役所がずっと予防接種代をタダにしたお陰で、流行が発生しなかった。
この情報を出すことにどんな意味があるのか、少年兵モーフにはわからない。
だが、東神殿の前庭に詰め掛けたアカーント市民は、興味津津だ。念の為に都市封鎖を行ったせいで、他所がどうなったか、情報が伝わらなかったらしい。
「以上で、移動放送局プラエテルミッサによるニュースを終わります。最後に一曲、お聴きください」
爺さんがピアノを弾き始めた。
「この曲は、半世紀の内乱前、ラキュス・ラクリマリス王国の共和制移行百周年を記念して作られましたが、内乱が始まって未完となりました」
客席を埋める緑髪が縦に揺れる。
モーフたちは、番宣ポスターと一緒に歌詞と歌の説明書も配った。
アカーント市民は、割と読んでくれたらしい。
「魔哮砲戦争勃発後、多くの人の手で歌詞の続きが作られました。しかし、まだ完成しません。平和を祈る歌『すべて ひとしい ひとつの花』は、まだ未完成です。どうぞ、欠けた詞を考えながらお聴きください」
ピアノがピタリと止まる。
一瞬の静けさの後、歌と同時に伴奏が始まった。
「穏やかな湖の風
一条の光 闇を拓き 島は新しい夜明けを迎える
涙の湖に浮かぶ小さな島 花が朝日に揺れる……」
放送する歌の歌詞を配ったが、アカーント市民は誰も歌わない。
一言一句聴き逃すまいとするかのような真剣な視線が、モーフたちに注がれる。
「……憎悪と悲しみの鎖を断って
共に 咲かせよう ひとつのこの花を」
歌とピアノが同時に終わり、盛大な拍手の中で、ラジオのおっちゃんが、歌詞の募集と番組の終了を告げた。
移動放送局プラエテルミッサの一行は、アカーント市立東体育館の駐車場を借りて、年末年始の休暇期間を過ごした。
☆アーテル共和国では現在、大規模な通信途絶が発生中/多数の爆発……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照
☆時流通信社……「754.情報の裏取り」「873.防げない情報」参照
☆爆破の実行犯……「1240.基地局の種類」参照
☆大手通信五社は、それぞれ独自にインターネットで声明……「1261.対クレーマー」参照
☆アーテル共和国政府などは、衛星移動体通信の設備を入手……「1225.ラジオの情報」参照
☆二回目の大統領予備選……「1343.低調な投票率」~「1346.安定には遠く」参照
☆地方議員や国会議員の欠員を埋める選挙ができない……「0983.この国の現状」参照
☆駐ルニフェラ共和国大使館など、我が国の在外公館によるワクチンの調達……「1195.外交官の連携」「1249.病の情報拡散」参照
☆ネミュス解放軍……「1268.横流しを依頼」「1286.接種状況報告」参照
☆インターネット上の募金活動で資金を集めた慈善団体によるワクチン調達……「1265.お役所の障壁」「1267.伝わったこと」参照
☆アカーント市は、役所がずっと予防接種代をタダにした……「1355.施策の違いで」参照
▼「すべて ひとしい ひとつの花」現状、未完の歌詞




