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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十七章 困却

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1388.融和を謳う曲

 冬の風に乗って、ここに集まった街の人々に平和な頃の曲が届く。

 FMの電波に乗って、ラジオからピアノのやさしい音色が流れた。


 アカーント市内での公開生放送はこれで三回目。今日が最終日なだけあって、先の二回と比べて数倍もの聴衆が詰めかけた。

 最前列で聞く数人は三回とも来て、少年兵モーフはすっかり憶えてしまった。


 ……こいつら暇人かよ。


 麻疹(はしか)の流行で、アカーント市の西側にある村が幾つも壊滅した。

 生き残りが少ない村は、早晩、魔物や魔獣に対する防壁の効力を維持できなくなるらしい。疫病で死なずに済んだ村人たちは、荷物をまとめて街の身内や知り合いの所へ身を寄せた。

 染料を採る花畑は、雑草が蔓延(はびこ)る荒地になった。

 村の畑は荒れ果てて、来年の麦も期待できない。

 家畜はみんな肉になり、羊毛も取れなくなった。


 西隣のミャータ市も麻疹でボロボロになった。

 仲間を亡くした素材屋は、山や森へ採りに行けなくなり、流行病が終わっても顔色が悪い。戦争と疫病で素材の入荷が滞り、仕事をしたくても、できない職人が増えつつある。


 ……ホントに暇ンなったんだ。


 アカーント市では、予防接種が無料だったお陰で、命は助かった。

 産地が壊滅したせいで、素材の供給が減り、他所の街から仕入れようにも、みんな考えるコトは同じで争奪戦。飛び交うのは銃弾ではなく、カネだ。


 備蓄を使い果たした職人は、命と技術、仕事道具があっても働けなかった。


 ……暇になっちまったんだな。


 少年兵モーフは、移動放送局プラエテルミッサの大人数人と組んで、アカーント市内のあちこちで、情報収集や番組の告知を手伝った。

 行く先々で見た暗い顔が、公開生放送の間だけ、明るくなる。

 これまでの街では二時間の放送だが、ここではピアノの爺さんの生演奏が加わって、三時間する。



 リストヴァー自治区で聴いた旋律が耳を打った。


 何回聴いてもドキドキする。

 移動放送局のトラックが停まるのは、アカーント東神殿の前庭だ。

 催し物用の簡易テントの下に立派な絨緞が敷かれ、アップライトピアノが据えられた。あのカフェで見たグランドピアノよりずっと小さくて、本棚くらいしかないが、いい音だ。


 爺さんの長い指が鍵盤を走り、「神々の祝日の聖歌メドレー」を奏でた。少し離れた所に立つマイクが、キレイな音色を拾う。

 三十分以上もある曲だが、モーフは、もっとずっと、いつまでも続けばいいのにと思った。



 ずっと昔の大昔、薬師(くすし)のねーちゃんや漁師の爺さんが生まれるずっと前に作られて、ピアノの爺さんも知らなかったと言う古い曲だ。

 センセイと葬儀屋のおっさんが言うには、ラキュス・ラクリマリス王国の時代、王国領内で信仰されるすべての神々に感謝する祝日があった。

 その日は、キルクルス教徒もフラクシヌス教徒も関係なく、教会や神殿、村の小さな祠など、国中で歌のないこの曲を奏でた。


 キルクルス教の聖歌と、フラクシヌス教の神々を讃える歌が、一続きの大きな曲に編まれたものだ。

 ラキュス・ラクリマリス王国の民は、陸の民も湖の民も関係なく、街や村、湖の畔や山の麓で、自分の好きな楽器で奏でた。


 力ある民も力なき民も関係なく、楽器をひとつも持たない奴は、口笛や手拍子で演奏に加わった。

 この日は、ラキュス・ラクリマリス王国民なら誰でも、隣人が信仰の場で歌う聖歌をひとつの曲として、一緒に合奏する。


 それが、神々の祝日だった。


 ピアノの爺さんが生まれるずっと前に王国が共和国になって、神々の祝日は「信仰の自由」とやらの為になくなった。

 それから、半世紀の内乱が起きた。

 今日、雪のような白髪の爺さんは、分厚い楽譜を見てピアノを操り、長い長い曲を一人で奏でる。


 ……楽譜がありゃ、聴いたコトねぇ大昔のでも弾けるんだな。


 少年兵モーフも見せてもらったが、全く読めなかった。



 神殿の前庭にはアカーント市民がぎっしり詰め掛け、昨日、雪が降ったとは思えないくらい熱気が溢れる。

 トラックの斜め後ろにも簡易テントがあり、生演奏の実現に奔走したカフェの店長と商工会議所の会頭、編み物の達人と楽器運びのプロが待機する。

 モーフは、楽器運びのプロなんて初めて聞いたが、軽くする魔法が凄ぇ上手い連中らしい。

 小さいピアノを貸してくれたのは、編み物の達人と言う婆さんだ。こんな時までせっせと編んで、手を休めない。


 人々が身じろぎひとつせずに聴き入る中、最後の和音が年末の空へ吸い込まれて消えた。

 夢から醒めたように拍手が始まる。最初は小さく(まば)らだった拍手が次第に大きくなり、雷のように冬の空気を震わせた。



 「只今お聞きいただきましたのは『神々の祝日の聖歌メドレー』です。演奏は、リャビーナ市民楽団のピアノ奏者スニェーグさんでした」

 ラジオのおっちゃんジョールチが、演奏前にも言った説明を繰り返すと、静まりかけた拍手がまた大きくなった。達人も、編みかけの何かを置いて手を叩く。


 ピアノの爺さんが椅子から立って、客席に深々とお辞儀する。観衆は、演奏者を褒め称える歓声と、後で手が腫れ上がるに違いない拍手を浴びせた。


 ……やっぱ、プロってスゲーな。


 ラジオのおっちゃんが、何事もなかったかのようにいつもの調子で、経済ニュースを読み始めた。

 途端に客席が静まり返る。

 爺さんは、その隙に荷台へ上がって休憩に入った。

 アカーント市民が、付合いが濃い三都市の物価情報や、主要素材の国際相場に聞き入る。先程とは打って変わって必死の形相だ。


 ……平和になんなきゃ、どうにもなんねぇんだな。


 少年兵モーフは急に現実を突きつけられ、あたたまった心が冷え込んだ。

☆村が幾つも壊滅……「1324.荒廃した集落」「1325.消滅した集落」参照

☆ミャータ市も麻疹でボロボロ……「1336.魚屋が来ない」「1337.声なき困窮者」参照

☆アカーント市では、予防接種が無料……「1355.施策の違いで」参照

☆あのカフェで見たグランドピアノ……「1370.カフェの演奏」参照

☆神々の祝日の聖歌メドレー……「295.潜伏する議員」「310.古い曲の記憶」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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