1385.年越しの用意
素材屋プートニクが、郭公の巣のクロエーニィエ店長と連れ立って、湖西地方へ魔獣狩りに出掛けて三週間が経つ。
今年も残すところ後一週間。間もなく、ロークとスキーヌムがこの地下街チェルノクニージニクに身を寄せて、一年になる。
昨年末は、いきなり「家出」したせいで、殆ど何の準備もなかった。ゲンティウス店長にこの宿を紹介してもらい、一日で年始休暇に備えた買出しを済ませたのが昨日のことのようだ。
今年は違う。
ロークとスキーヌムは、去年あって助かった物と、なくて困った物をメモ用紙に書き出し、二人で相談して買出しの一覧表を作った。
手分けして、呪符屋の休日や休憩時間などに買出しに行く。
「よし。これで買い忘れはないな」
買った物を二重線で表から抹消する。
大晦日前にかなり余裕を持って終えられた。去年の慌ただしさが嘘のようだ。
二人がこの一年、下宿屋扱いで長逗留する安宿の一室は、一年前と大して変わらない。
増えた荷物は、ラジカセとカセットテープが数本、僅かな着替えの他は、年始休み中の食料品くらいのものだ。
報告書は先に紙で受取るが、詳細な電子データはタブレット端末に入れ、スキーヌムが留守の時を狙って持って来てもらう。データが手に入った分は、ゲンティウス店長が預かってくれた。
逆にロークが、ランテルナ島やアーテル本土で調達した新聞や雑誌は、フィアールカたちがアミトスチグマ王国などの同志の許へ持って行く。
元の鞄の他に【軽量】の袋が手に入り、いつでも荷物をまとめて移動できる。
到って身軽な物だ。
「思ったより早く終わってよかったですね」
スキーヌムが、二重線を引いた表と現物をひとつずつ確認し、ロークに笑顔を向けた。
「スキーヌム君は、年始休み丸々休みですけど、どこにも行かないんですか?」
「えっ?」
問いの意味がわからないのか、疑問に満ちた視線を返す。
「俺は、フィアールカさんの用事で、お店が年始休みの間も何回か出掛けるって言いましたよね?」
「は……はい。……あの……お気を付けて……」
「スキーヌム君は、この部屋にずっと一人で閉じ籠もるつもりですか? 十日間も?」
去年は他に行くアテがなく、休み明けに売って生活費の足しにするべく、蔓草細工を編んで過ごした。外へ出るのは、材料を採りに行く時くらいなものだ。
この一年間、二人は色々な店の者や、魔獣駆除業者など呪符屋の客とも顔見知りになった。
クロエーニィエ店長は春まで戻らないが、他は地上のカルダフストヴォー市の住宅街や、地下街チェルノクニージニクの居住区画で新年を過ごす。
ロークは、常連の駆除屋からランテルナ島の廃港を巡る釣り旅行に誘われたが、用があるので断った。
「あ、あの、僕、ずっと、ここに居ます」
「一歩も部屋から出ないつもりですか?」
家出してルフス神学校を無断欠席して一年。学籍はとっくに失っただろうが、身体的には健康な男子高校生だ。日の射さない地下の宿に十日も閉じ籠もるのは、不健康に思えた。
「ラジオを聞いて過ごすつもりです」
「まぁ……電池は充分ありますけど」
飲食店はどこも年始休暇を取る。その十日間を過ごす保存食と日持ちする果物の他、乾電池も買った。
スキーヌムは、ルフス神学校に居た頃からあまり外に出ず、宿舎の自室で過ごすことが多かった。
……出歩いてシルヴァさんたちと鉢合わせしても面倒だし。
いつまでも、こんな不安定な暮らしを続けられるワケがない。
呪符屋の仕事が休みの十日間、今後の身の振り方を考えるいい機会だ。
スキーヌムがこの先、どうやって生きてゆくつもりか不明だが、本人が何も言わないので、ロークは敢えて触れなかった。
翌日、パドールリクと老漁師アビエースが店に来た。
クルィーロが歳を取ったらこうなるであろう年配の男性は、魔法使いの青年と同じやさしい笑顔で、必要な呪符の種類と枚数を告げる。
スキーヌムは、客が魔獣駆除業者の時は萎縮して動きがぎこちなくなるが、今日は随分、手際良く呪符を用意できた。
ロークがお茶を出し終えるのとほぼ同時に揃え、対価の品を奥の店長に見せに行く。
「今日は、アウェッラーナさんのお薬じゃないんですね?」
「折角、アカーント市に居るから、地場産業の品の方がいいんじゃないかって話になってね」
「妹の薬の方がよければ、一応、持って来たから、遠慮なく言っておくれ」
「あ、いえ、店長さんが決めるコトですから……ちょっと珍しいなって思って聞いてみただけです」
今日の対価は、目薬くらいの大きさのガラスの小瓶だ。
それぞれ違う色の粉が詰まって、眺めるだけでも満足できそうなくらいキレイでカワイイ。
「こりゃまた上等な染料を……今、アカーントでしたっけ?」
作業部屋からホクホク顔のゲンティウス店長が出て来た。
「えぇ。足りましたか?」
「お釣りもありますよ。薬師さんによろしくお伝え下さい」
店長は、小さな包みを薬師アウェッラーナの兄アビエースに手渡した。
カウンターに店の三人が揃うのも珍しい。
「どうです? あっちの景気は?」
「仕入先が流行病でアレしまして……次はどこから仕入れようかと頭を抱える業者さんが多いですね」
「オバーボクで仕入れるんじゃないんですか?」
店長は、パドールリクの説明に首を捻った。
「あの辺は、焼け出されて避難してきた人たちの仮設住宅が多くて、染料を取る植物の畑を小麦畑に転作して、値上がりしたそうなんですよ」
「あぁ……何もかんも戦争のせいで……」
アーテル領ランテルナ島で暮らす湖の民は緑の眉を下げ、気の毒そうに首を振った。




