1384.言えない仲間
……えーっ? それって、どういうこと?
薬師アウェッラーナは以前、クルィーロと二人で郭公の巣を訪れた際、スキーヌムがヤミ端末を購入するのを目撃した。
スキーヌムから、彼がタブレット端末を持つことをロークには内緒にして欲しいと頼まれ、二人は誰にも言わないでいる。
今は呪符屋で店番をするが、彼はプロの小説家で、アーテル本土の若い世代に少なからぬ影響力を持つ。だが、「作品を通じてアーテル社会を変えたい」との思いも、ロークには秘密だ。
ファーキルたちの報告書を読む限り、インターネットで限定公開した番外編の最新作は、現実のアーテル大統領選挙にある程度の影響を及ぼしたようだが、それでもロークには、作者が何者か教えられない。
ロークも「冒険者カクタケア」シリーズに目を通したが、隣で泣く元神学生が作者だとは気付かないようだ。
……方法は違っても、一緒に平和を目指す仲間なのに。
スキーヌムにも、何かの考えや目的、事情があって明かせないのだろうが、ロークも知れば、少しは態度を軟化させるかもしれない。
アウェッラーナはもどかしくて仕方がないが、本人が明かさない以上、勝手に秘密を漏らす訳にはゆかなかった。
報告書に載せると、世界各地に散在する顔も知らない同志にまで知れ渡ってしまう。同じ秘密を抱えるクルィーロは、スキーヌムの秘密に関して一行も書かず、妹のアマナにさえ教えなかった。
……アーテル人だから、遠慮して言えないの?
だが、運び屋フィアールカの仲間には、自分が力ある民だと気付き、アーテル本土で怯え暮らしながらも、その社会を変え、誰もが享受できる平和を実現する為に活動する者も居る。
アーテル当局の閲覧規制を解除する不正アプリの開発者らがそうだ。当局の捜査が及び、逃げる途中で行方不明になって、未だに音信不通の者もあった。
……小説家としては、アーテルで超有名人らしいし、バレたら色々困るんでしょうね。
この呪符屋に居られなくなるかもしれない。
「あの後、フィアールカさんが身を守る魔法の品を色々くれたんで、前より安全度が上がったのに、何回説明しても話が元に戻ってコトバ通じないんですよ」
ロークは本当に困り切った顔で、疲れた声を出す。
「だって……」
スキーヌムは袖の隙間からくぐもった声を出すが、それ以上の言葉はない。
ロークが、泣きじゃくる同僚に向ける視線は、完全に邪魔者を見るそれだ。
「ローク君、厚かましくてすまないんだけど、おかわりに鎮花茶を一杯くれないかな?」
「私の分もいいですか?」
兄アビエースが空の茶器を差し出すと、ピナティフィダも乗った。
アウェッラーナとメドヴェージの温香茶はまだある。クラウストラの前には茶器自体がなかった。
「あ、すみません。すぐ用意します」
ロークは手際よく淹れ、三人前の甘い香りが呪符屋の店内を満たす。
鎮花茶の効力でスキーヌムが泣き止み、ロークの顔から険が取れた。
「これ、報告書です。……君が大丈夫なら、一緒に聞いても構いませんけど」
クラウストラが、バッグから大判封筒を取り出してロークに渡し、スキーヌムに視線を送る。
呪符屋のゲンティウス店長は、スキーヌムには呪符作りの手伝いをさせない。することがなくなった元神学生は、泣き腫らした眼をロークに向けた。
ロークは封筒の中身に視線を走らせ、アルバイトの同僚に見向きもしない。
クラウストラは返事を待たず、報告を始めた。
「素材屋のプートニクさんが、イグニカーンス市で魔獣狩りした件ですから、素材の買取りを行ったこのお店は、私より詳しい部分があるかもしれません」
「後で店長に相談して、許可が下りたら追記します。」
「ありがと。よろしくね」
クラウストラがロークに向けた笑顔は、外見年齢相応に可愛らしいが、ロークは表情を緩めなかった。
「プートニクさんは、ランテルナ島の駆除業者とは連絡しなくて、ホントに単独で、独自にビルの屋上に括られた魔獣だけを狩りました」
クラウストラがこの場の全員に向かって説明を始める。
屋上から、術で移動を制限された魔獣が居なくなると、アーテル本土の技術者たちは、設備の復旧工事を行った。
一度、魔獣が駆除された屋上では、再召喚が行われなかったようだ。彼らは無事に作業を終えられた。ビルの屋上には、通信の他、空調や水道などの設備もある。復旧を終えたビルから順に企業活動が再開した。
「十一月三十日までって期限を決めていたので、全ての屋上から駆除したワケではありませんが、イグニカーンス市内の企業はかなり息を吹き返しました」
「本人は、素材を採ってただけなのに、そんな二次効果が……」
ロークは複雑な顔で報告書から目を上げた。
「今は、クロエーニィエさんと一緒に湖西地方で狩ってるんですよね?」
ピナティフィダが確認すると、ロークとクラウストラだけでなく、スキーヌムも頷いた。
「報告書、クルィーロさんには、ラクリマリスかアミトスチグマでダウンロードしてもらって下さい」
「ありがとうございます。お伝えします」
「あっ、クラウストラさん。もし、今日、フィアールカさんと連絡できるんでしたら、伝言をお願いしたいんですけど、いいですか?」
「どうぞ」
戦う力を持つ同志は、パン屋の娘に笑顔で応じた。
ピナティフィダは、リストヴァー自治区の小麦粉とアミトスチグマの慈善団体の調理器具との交換と、教科書提供の件を託た。
☆スキーヌムがヤミ端末を購入するのを目撃……「1123.覆面作家の顔」参照
☆作品を通じてアーテル社会を変えたい……「1124.変えたい社会」参照
☆現実のアーテル大統領選挙にある程度の影響を及ぼした……「1198.拡散効果検証」参照
☆同じ秘密を抱えるクルィーロは(中略)妹のアマナにさえ教えなかった……「1301.王都の素材屋」参照
☆ロークも「冒険者カクタケア」シリーズに目を通した……「764.ルフスの街並」「794.異端の冒険者」~「796.共通の話題で」「1167.流れを変える」「1202.無防備な大人」「1203.異物に気付く」参照
☆閲覧規制を解除する不正アプリの開発者ら……「0995.貼り紙の依頼」「1000.廃病院の探索」~「1002.ポスター設置」参照
☆当局の捜査が及び、逃げる途中で行方不明……「799.廃墟の侵入者」「0995.貼り紙の依頼」参照
☆素材の買取りを行ったこのお店……「1339.熟練工の喩え」~「1341.何の為に働く」参照
☆小麦粉と(中略)教科書提供の件……「1382.できない理由」参照




