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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十七章 困却

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1383.味が変わる訳

 呪符屋の扉が開き、話し合いがピタリと止む。

 店番のスキーヌムが黒髪の少女に声を掛けた。

 「いらっしゃいませ。どんな呪符がご入り用ですか?」


 「クラウストラです。ロークさんは?」

 高校生くらいの少女は、長い黒髪を三ツ編にして、その結び目に大輪の青薔薇と蕾を(かたど)った髪飾りを付け、コートの下に湖水色のワンピースを纏う。全体に上品で隙のない雰囲気だが、どの服にも呪文や呪印は見えなかった。


 スキーヌムは、蛇に睨まれた蛙のように動かない。


 「あんたが報告書に書いてあった百面相の姐ちゃんか」

 「あなたは?」

 クラウストラが、カウンター席に座る陸の民の中年男性に訝る目を向ける。


 「俺か? 移動放送局プラエテルミッサの運転手だ」

 「メドヴェージさん……ですね?」

 少女の視線がメドヴェージに移ると、スキーヌムは棚の方を向いて大きく息を吐いた。


 ……そんな怖いコには見えないんだけど?


 ロークの報告書によると、ルフス光跡教会に侵入した双頭狼にトドメを刺したのは、彼女だ。

 使用した術は【光の槍】らしい。クラウストラが【急降下する(ワシ)】学派を修めた魔法戦士なのか、他の学派だが、必要に迫られて戦う力を身に着けたのか不明だ。


 武力を持つ魔法使いが、危険人物とは限らない。

 力なき民にも、詐欺師や人殺しは存在する。

 毒ある行いを実行するか否かは、人柄の問題だ。


 ロークが、スキーヌムに報告書の内容をどこまで明かしたか、アウェッラーナは知らない。だが、同年代くらいの少女にこんなにも怯えた目を向けるのは、失礼に思えた。


 アウェッラーナの兄アビエースが、店番とクラウストラの間で目を泳がせる。

 スキーヌムは、まだ彼女の質問に答えないばかりか、背中を向けてしまった。


 メドヴェージがニヤリと笑う。

 「よく知ってンなぁ。俺ぁいつの間にそんな有名人になってたんだ?」

 「ロークさんが、みなさんと旅してた時のコト、時々話して下さるんですよ」

 「へぇー。嬢ちゃん、あの坊主としょっちゅう出掛けてんのか?」

 「そうですね。フィアールカさんに頼まれて、ちょくちょく情報収集に」

 運転手は大袈裟にがっかりしてみせる。

 「なぁんだ。色気のねぇハナシだな」

 「ヤダー、私たち、そんな仲じゃありませんよー」

 クラウストラが苦笑する。照れ隠しの表情は、外見通りの女子高生に見えた。


 「お? じゃあ、どんなんだ?」

 「みなさんと同じ、一緒に平和を目指す仲間ですよー」

 アウェッラーナは、店の奥にある作業部屋に目を向けた。

 ロークとゲンティウス店長の姿は、カウンター席からは見えない。声に気付いて出てきてくれるかと思ったが、作業に夢中で聞こえないのか、手が離せないのか、動く気配はなかった。

 スキーヌムは、メドヴェージが場を繋いでくれたコトにも気付かないらしく、店の備品のように動かない。


 「ロークさんって、お使いに行ったんですかー?」

 とうとう、クラウストラが大声で聞いた。

 スキーヌムではなく、奥のゲンティウス店長に問いを投げたのだ。


 ……何かあったにしても、お店番なんだから、取次ぎはちゃんとしないと。


 店のコトに口を挟むのもどうかと思い、薬師(くすし)アウェッラーナは出掛かったお小言を飲み込んだ。

 ピナティフィダとメドヴェージも顔を見合わせ、小さく溜め息を()く。


 「すみませーん、今ちょっと手が離せなくてー、急ぎですかー?」

 「大丈夫ー。ちょっと待たせてもらうからー」

 本人の答えで、クラウストラはメドヴェージの隣に腰を落ち着けた。

 カウンター席が全て埋まり、泣きそうな目で振り向いたスキーヌムが、五対一の人数を前にのろのろとお茶の仕度を始める。


 「あれっ? 私、呪符買わないのに淹れてくれるんですか?」

 「店長からそのように言われております」

 「坊主、そんなイヤそうなツラしてやんなよ。上等のお茶っ葉でもマズくなンだろうがよ」

 メドヴェージがニヤニヤ茶化す。

 「淹れる時の表情で、お茶の味が変化するのですか?」

 真顔で聞かれ、メドヴェージがアウェッラーナに困惑の顔を向ける。

 アウェッラーナは一瞬、スキーヌムが淹れたお茶の味が蘇り、口の中が苦くなった気がしたが、表情を消して言葉を選んだ。

 「そうですね。技術も大事ですけど、イヤそうに淹れられたら、飲む側もイヤな気持ちになりますから」

 「イヤならそんな無理しなくていいですよぉ。お茶が勿体(もったい)ないですから」

 クラウストラが顔の前でヒラヒラ手を振る。


 ……味、知ってたらいい口実よね。


 「どうして、そんなにイヤなんですか?」

 ピナティフィダが大胆に切り込んだ。

 薬師(くすし)アウェッラーナは意外な声に驚いて、パン屋の娘を見た。メドヴェージとクラウストラも、ピナティフィダを見詰める。

 質問者の視線を受け、店番の少年が早口で捲し立てた。

 「この人のせいで、ロークさんはルフス光跡教会で魔獣に襲われて、大怪我をさせられたのですよ? 薬師(くすし)さんもご覧になられましたよね? あなたがいらっしゃらなければ、い、今頃、どう……」

 後は涙で言葉にならない。


 「あれは面積が広いから大きく見えただけで、傷自体は浅かったって何回同じコト言わせたら気が済むんですか?」

 カウンターに顔を出したロークの声が刺々(とげとげ)しい。スキーヌムは袖で顔を覆って(うつむ)いた。

 ピナティフィダが気マズそうにアウェッラーナを見る。


 「いつもこんな調子で、フィアールカさんの用事の足引っ張るんで、放っといていいですよ」

 「えぇッ?」

 クラウストラ以外の四人が、ロークに驚きを浴びせた。

☆ルフス光跡教会に侵入した双頭狼にトドメを刺したのは、彼女だ……「1076.復讐の果てに」「1077.涸れ果てた涙」参照

☆スキーヌムが淹れたお茶の味……三歩進んで二歩戻る「0995.貼り紙の依頼」「1068.居たい場所は」「1225.ラジオの情報」参照

☆ロークさんはルフス光跡教会で魔獣に襲われて、大怪我……「1076.復讐の果てに」「1081.隠れ家で待つ」「1082.自力で癒す傷」参照

薬師(くすし)さんもご覧になられました……「1095.本格的な治療」参照

☆フィアールカさんの用事の足引っ張る……「1102.定着した目的」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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