0142.力を合わせて
薬師アウェッラーナの予報通り、冬の嵐は夜明け前に去り、昼過ぎには雲間から青空が覗いた。
クルィーロ、ローク、メドヴェージ、少年兵モーフの四人は、銅管を手にして放送局の裏へ回る。
レノたちパン屋の兄姉妹はその間、昨日仕込んだパンやクッキーを焼く。
地下駐車場の出口を塞ぐ廃車は、相変わらずそこにあった。
爆撃で穿たれたアスファルトの穴に雨水が溜まり、濁った水溜まりには薄い氷が張る。
「水……」
ロークが暗い声で呟いた。裏返しになった車の天井にも雨が溜まっている。
クルィーロは排水しようと【操水】を唱え掛けて、やめた。
「ちょっと、アウェッラーナさん呼んでくるよ」
「何か、マズいんですか?」
ロークがクルィーロと廃車を素早く見比べ、泣きそうな声を出す。
クルィーロは、パイプを廃車に立て掛けながら手を振った。
「あ、いや、そう言うんじゃないんだ。こんだけ水があれば、アウェッラーナさんにも魔法で手伝ってもらえるなと思って」
同じ【操水】でも、自分の魔力では湖の民の薬師程の威力が出ない。
クルィーロは運河に水の橋を掛けた時、痛いくらい思い知らされた。
「あ、そう言うコトなら、俺、行きますよ」
ロークは銅管を持ったまま走って行った。
薬師アウェッラーナを加え、メドヴェージの指示で廃車を移動させる。
「野郎共は横イチに並べ。パイプを梃子にして車をあっちに傾けるんだ。姐ちゃんは、上の方を押して向こうへ倒してくれや」
「わかりました」
アウェッラーナが【操水】を唱え、廃車から水を抜く。周囲の水溜まりからも回収して、浴槽一杯分程の水塊を作った。
メドヴェージが廃車の下に銅管を咬ませる。他の三人もそれに倣った。
「いいか? せーので、パイプの端に体重を掛けろ。……っせーのッ!」
メドヴェージの掛け声と同時に焼け焦げた廃車が浮き、傾いた。水塊が勢いよく廃車にぶつかる。
クルィーロの手元から抵抗がなくなり、勢い余ってつんのめる。足に力を入れ、何とか踏みとどまった。
腹に響く重い音を立て、廃車は反対側へ倒れた。
メドヴェージが会心の笑みを浮かべる。
「よぉーし! この調子で行くぞ!」
同じことを四度繰り返し、廃車を駐車場の端へ寄せられた。
タイヤのない鉄屑はとにかく重く、五人とも肩で息をする。
「よっしゃ。これで出せる。ご苦労さん。俺ぁ鍵、探しに行ってくらぁ」
「ありがとうございます。アウェッラーナさんとローク君は休んで下さい」
クルィーロは、さっさと守衛室へ向かうメドヴェージを追いながら声を掛けた。少年兵モーフは、もうおっさんの横に並んで駆ける。
疲れた顔のアウェッラーナは、水を解放すると、ロークと連れ立って玄関へ向かった。
守衛室にも雨が降り込んで、床は水浸しだ。
「おい、おっさん。トラックのカギって、どんな形だ?」
少年兵モーフが聞くと、メドヴェージは頭を掻いた。
「何だ。知らねぇでついてきたのか。しょうがねぇなぁ。まぁいい。車の鍵ってのは、大体、指くらいの長さの金物で、ややこしい形してんだ」
「ややこしい形って?」
「えー……あー……見りゃわかる」
「わかんねーのに、見てもわかんねーよ」
二人の遣り取りを聞きながら、クルィーロは守衛室をざっと見回した。
床はガラスやモルタルの破片、ぶちまけられた机の中身などで足の踏み場もない。正面の白い壁に丸い跡が残り、落ちた時計は割れていた。
奥の隅に「配電盤」と書かれた金属の扉。入口脇にも、その半分くらいの金属の扉。こちらは、「運行管理」と書いたテープが張ってある。
……これか?
クルィーロは把手を引いてみた。
☆薬師アウェッラーナの予報……「0126.動く無明の闇」参照
☆地下駐車場の出口を塞ぐ廃車……「0130.駐車場の状況」参照
☆運河に水の橋を掛けた時……「0094.展開しない軍」「0095.仮橋をかける」参照




