1381.支援者に支援
ロークの代わりに眼鏡の少年が、カウンターに出た。四人の前に並ぶ飲みかけの温香茶を見て、恐る恐るアウェッラーナの顔色を窺う。
「あの、僕はロークさんのように上手くできなくて申し訳ありませんが、今日は呪符のお買物ですか?」
「えぇ。お買物はもう済みました」
「俺とこのコは久し振りだから、色々喋ってたんだ」
トラック運転手のメドヴェージが、ごつい掌でピナティフィダを示す。二人とも、もう一人の店番とは初対面だ。
スキーヌムは、眼鏡を掛け直し、ピナティフィダをまじまじと見詰めた。
「あの、私の顔……何か付いてます?」
ピナティフィダが両手で自分の顔を撫でると、スキーヌムは慌てて顔を背けた。斜め下を向いて耳まで真っ赤にする。
「あ、あの、失礼しました。どこかでお会いしたような気がして、つい……」
「私は長い間来なかっ……あ、お兄ちゃんかな?」
ピナティフィダが一人で納得する。
スキーヌムは、来店回数が多い薬師に縋るような目を向けた。
「パン屋のレノ店長の妹さんです。あなたは秋にクルィーロさんたちと三人で、王都へ行ったんですよね?」
「あのレノさんの妹さんでしたか! 有難うございます! その節は大変お世話になりましたと、お兄様によろしくお伝え下さい」
「え、えぇ、はい。こちらこそ、お世話になりまして……」
スキーヌムが定規でも入れられたように背筋を伸ばして言うと、ピナティフィダも居住いを正して応えた。
「あ、あの、僕にできることが少な過ぎて申し訳ございませんが、でも、何でもおっしゃって下さい。できる方にお伝えするくらいは、何とか……あっ、先程のお話、僕もロークさんと一緒に運び屋さんからお伺いしましたから、代わりにお話しましょうか?」
「えっ?」
早口で捲し立てられ、ピナティフィダが両隣の大人を交互に見る。
「兄ちゃんも聞いたのか。運び屋の姐ちゃん、何つってた?」
メドヴェージが軽く聞くと、スキーヌムは滔々と話し始めた。
「アミトスチグマ王国の難民キャンプ以外の所にも、ネモラリス人が避難していらっしゃいます。親戚やお知り合いを頼りに行かれたそうですが……」
空襲で焼け出され、無一文無一物。身ひとつの居候が大半だ。受け容れ先が裕福ならいいが、多くはそうではない。
働きに出られる者はまだマシで、本人の病気や障碍、家族の世話などで仕事を探すことさえできない者も多かった。
働き口を得た者も、そうでない者も、当地で昔から活動する慈善団体の支援に頼らなければ、生存すら危ぶまれる。
彼らの困却を知る慈善団体は、地元の困窮者とネモラリス人を分け隔てなく受け容れた。
「しかし、資金や人手には限りがあります。アミトスチグマの支援団体も、支援を必要とするようになりまして……」
スキーヌムは、アウェッラーナたちが読んだ報告書通りの説明を澱みなく語る。
四人は彼の記憶力に驚き、無言で頷きながら聞き入った。
生活支援団体の中でも、貧困家庭の子供を支援する「みんなの食堂」と、一人親家庭の育児支援を行う「大樹の枝」は、特に深刻だ。
ふたつの団体は、湖の女神の信徒会「ラキュスの岸辺」と合同で、アミトスチグマ王国へと逃れたネモラリスの亡命議員らに自助努力を訴えた。
難民キャンプ外で暮らすネモラリス人の子供たちは、多くが避難先の学校へ通学できないでいる。
亡命議員の要望を受け、アミトスチグマの国会議員ジュバーメンが教育相に依頼し、全国の学校への聞き取り調査を行った。
キャンプ外の避難民の正確な人数は不明だが、ボランティア団体の支援対象者の急増に対して、ネモラリス人の転入生が少な過ぎることから、本来就学すべき年齢の避難民の子を概算できた。
教育を受けられなければ、就労の選択肢が狭まる。
将来、テロ組織や、犯罪組織に身を投じかねない。
「この三団体は、勉強を教えるのは構わないと言ってくれたそうですが、ネモラリスの教科書が手に入らなくて、お困りなのだそうです」
「アミトスチグマの教科書じゃダメなのか?」
メドヴェージが、何を贅沢なと言いたげに鼻を鳴らす。
「あっちで勉強したら、帰れなくなりそうな気がして、イヤなのかも」
ピナティフィダが言うと、メドヴェージは腕組みして唸った。
いつ戦争が終わって、故郷へ帰還できるか、全く見通しが立たないのだ。
もしかすると、アミトスチグマ王国で一生を終えるかもしれないが、現地人に同化すると、帰国が遠のく気がするのは、アウェッラーナにもよくわかる。
……王都からクレーヴェルに着いた時、凄くホッとしたもの。
ラクリマリス領内では、大勢から親切にしてもらった。
アーテル領ランテルナ島でも、この呪符屋のゲンティウス店長をはじめ、地下街チェルノクニージニクで、よくしてくれる人々と知り合えた。
だが、それと祖国への帰還は別だ。
「教科書、古本屋で手に入れられます。あ、それと辞書も」
ピナティフィダが断言する。
今、彼女らが使う教科書も、殆どが古本屋で調達したものだ。
アビエースが頷く。
「教科書は回し読みできるから、一箇所につき一組あれば、間に合うでしょう」
それでも、小学一年生から中学三年生までとなると膨大な数に上る。
高校や大学では、専門分野が分かれる。高等教育はもうお手上げだ。
「魔法のお勉強は大体どこも同じだから、教科書はそれ以外ですね」
アウェッラーナが何気なく呟いた一言で、スキーヌムの顔から表情が消えた。
☆秋にクルィーロさんたちと三人で、王都へ行った……「1297.やさしい説明」~「1304.もらえるもの」「1307.すべて等しい」~「1309.魔力を捧げる」「1311.はぐれた少年」~「1314.初めての来店」参照
☆ネモラリスの亡命議員らに自助努力を訴えた……「1305.支援への礼状」「1306.自助の増強を」参照
☆王都からクレーヴェルに着いた時……「574.みんなで歌う」→「576.最後の荷造り」参照
☆彼女らが使う教科書も、殆どが古本屋で調達したもの……「1021.古本屋で調達」参照




