1380.呪符屋の店員
竜胆の看板が掛かった扉を開ける。
ロークは、カウンターで接客中だ。
薬師アウェッラーナは会釈して、待合の四人掛席に移動する。アビエースとメドヴェージ、ピナティフィダも席に着いて荷物を下ろし、一息ついた。
「イグニカーンス市の屋上で狩り歩いてたゴツいおっさん、最近、見掛けないんだけど、何か知らない?」
「そのお客さんに御用ですか?」
「用って程じゃないけど……急に居なくなったから、あの人でも勝てない化け物でも居るのかと思って……生きてるよな?」
どうやら先客は、アーテル本土での依頼を引受けた魔獣駆除業者らしい。
ロークは、棚から取り出した呪符を慣れた手つきで男性客の前に並べた。
「もし、その人が食べられたんなら、急に強い魔獣が現れて、噂になるんじゃありませんか?」
「だよな。俺もそう思って、どこ行っちまったのか気になってたんだ」
「イグニカーンス市の屋上を狩り尽くして、どこか他所へ行ったとか、期間か駆除頭数が契約の分、終わったとか」
ロークは、素材屋プートニクの行方を知らぬフリで作業を続け、客に呪符の種類と枚数を確認する。
客は温香茶を置いて呪符を重ね、三つの山にした。余った【紫電の網】を摘み上げ、ひらひら振る。
「これ、一枚多いけど、いいのか?」
「店長が、今回は素材の質がよかったから、オマケだって言ってました」
「ありがとよ」
呪符を三つの革容器に分けて入れ、お茶の残りを飲み干して上機嫌で行った。
「ロークさん、お久し振りです」
「元気そうでよかった」
ピナティフィダとメドヴェージが同時に笑顔を向け、ロークも表情を緩めた。荷物を持ってカウンター席に移動し、呪符の買物メモを渡す。
「これ、いつもの分、お願いしますね」
「はーい。毎度ありがとうございます」
薬師アウェッラーナは、傷薬などの魔法薬をカウンターに並べた。どちらも毎回同じ組合せで、すっかり慣れたものだ。
十二月も半ばを過ぎ、ネモラリス島の北東部では小雪が舞う日が増えた。
トラック生活に必要な【魔除け】【耐寒】などの呪符を受け取って、兄アビエースに渡す。
「ロークさん、さっきの人に素材屋さんの行き先、教えてあげなくてよかったんですか?」
ピナティフィダが聞くと、ロークはお茶の用意をしながら頷いた。
「何の目的で探ってるかわかんないからね」
「兄ちゃん、呪符屋の店員がすっかり板についたなぁ」
メドヴェージが感心すると、ロークは苦笑した。
「ランテルナ島民も、一枚岩じゃありませんからね」
ラクリマリス王国の素材屋プートニクは、郭公の巣のクロエーニィエ店長と二人で、湖西地方へ素材採集に出掛けた。魔獣を狩って、春までランテルナ島まで戻らない。
報告書には書けても、ランテルナ島民には教えられない状況が、何とも言えない気分にさせる。アウェッラーナは複雑な気持ちでお茶を受け取った。
……今日は、あのコ居ないのね。
眼鏡の少年の不在に気付き、ホッとしたことに軽い自己嫌悪を覚えた。レノ店長がお茶の淹れ方を教えたと聞いたので、恐らく以前より上手くなった筈だ。
……ここはカフェじゃないんだし、文句言っちゃ悪いわよね。
持ち込んだ交換品の鑑定に時間が掛かる為、ゆっくり待てるようにとの厚意だ。
運び屋フィアールカや、いつも決まった物で売買がすぐ済むプラエテルミッサの一行にも出すのは、情報交換の為。お茶は一番の目的ではなく、代金を求められることもない。
「フィアールカさんから、みんなが今、アカーント市に居るって聞いたんですけど、あの辺どうです?」
「地場産業の魔法の繊維製造は、今のところ、在庫でどうにか回せてるみたいです。でも、麻疹の流行で、近くの村が酷いコトになってて、素材や食べ物が減ってますね」
「リャビーナ港を通じて輸入する動きは出てるけど、費用が嵩むから、前と同じと言うワケには……」
薬師アウェッラーナと老漁師アビエースが近況を語ると、ロークは難しい顔で頷いた。
「どこも大変ですよね」
「でも、この島のお店は、売り物がたくさんあるし、大丈夫ですよね?」
ピナティフィダが茶器を両手で包み、そうであって欲しいと祈るように確める。
ロークは大人三人に視線を走らせ、明るい声で言った。
「工業製品は、アーテル本土の商社が、アルトン・ガザ大陸とかから輸入した物が殆どです。魚は港の廃墟で獲って、お肉や牛乳、卵、農産物はスクートゥム王国からの輸入品なんだそうです」
「この島、畑ねぇのか?」
メドヴェージが茶器を置いて首を傾げる。
「西……港の廃墟よりずっと西と、ずっと北西の方に行った平野に少しあるそうですけど、それじゃ全然足りませんから」
「でも、あるにはあるんだよな?」
「えぇ、一応」
「なら、いいじゃねぇか。運び屋の姐ちゃんみてぇにイザとなりゃ、あちこち飛び回って掻き集めるヤツも居るんだ。心配ねえ」
ロークとピナティフィダは、メドヴェージの力強い宣言に明るい顔で頷いた。
「これも、フィアールカさんから聞いたんですけど、アミトスチグマの支援団体が……」
「あ、いらっしゃいませ」
扉が開き、元神学生の少年が、大きな包みを抱えて入って来た。【軽量】の呪印付きの袋は、性能と品質によっては、重量を半分から充分の一程度にまで軽減できる。眼鏡の少年は、片手で軽々と持って扉を閉めた。
お使いから帰った少年が、カウンター奥の作業部屋に引っ込むまで、五人は無言で見送る。淡い色の髪が見えなくなると、アウェッラーナの肩から力が抜けた。
「えっと、アミトスチグマの支援団体がどうしたんだい?」
アウェッラーナの兄アビエースが水を向けると、ロークは気を取り直して話し始めた。
「支援団体の支援が必要になって」
「おぉーい、ローク! ちょっと来てくれー!」
「はーい!」
「私たち、一泊二日なんで、明日の帰りにも寄りますね」
アウェッラーナが早口に言うと、ロークは振り向いて頷き、作業部屋に入った。




