1376.特定する作業
「戦車などの模型制作者は、駐在武官ではないのかね?」
「今のところ、武官の工作ってわかったのは、猫とお花だけみたいですね」
「兵器とかを詳しく調べるアカウントだと、怪しまれるから、避けたんじゃありませんか?」
中学生の少年が老議員の質問に答えると、若手議員もすらすら付け加えた。
「昨日までの調査時点ではって書いてありますから、後で何かわかるかもしれませんけど」
ファーキル少年が、工作アカウントの一覧表をパソコンの画面に表示した。
この者たちは、ネモラリス共和国外に駐在する武官にカネで雇われ、ニュース記事にコメントを書き込む。工作による情報戦の「戦場」は、バルバツム連邦に本社を置く共通語ポータルサイトだ。
二十ある情報工作の傭兵アカウントの内、五つはSNSと紐付けできたらしい。
「この内、プラモデルとギターと料理のSNSアカウントとの関連は、僕たちも確認済みです」
若手のクラピーフニク議員が、当たり前のような顔で言い、ファーキル少年が別の表を起動して該当部分を矢印で示した。
一覧表の形式こそ異なるものの、内容的にはほぼ同じ、いや、同志たちの方が詳しい。
……大使たちは、儂らに見せたくない情報を消して寄越したのだろうな。
「どうやって調べたのだね?」
「この三人は、もっと前から個人ブログも運営してるんです」
クラピーフニク議員が言うと、ファーキル少年は指示を待つことなく、インターネットの画面を次々開いた。
ギター奏者は、ミニライブの告知と当日の様子を写真入りで詳しく伝える。
模型と料理を楽しむ二人は大量の写真を掲載し、SNSの解説より詳細に作る過程を説明した。
模型制作者は、品評会に出展し、賞を獲った喜びも綴る。
「フィアールカさんに頼んで、バルバツムの同志にメールフォームから褒めるコメントを送信してもらったんです」
「接触を試みたのかね?」
老議員は、若者たちのあまりの大胆さに胃が痛んだ。
「色々誤魔化すアプリを入れたヤミ端末の捨てアカですし、きっと平気ですよ」
ラクエウス議員は、思い切った策に肝を潰したが、この少年にとっては大したことではないらしく、さらりと言ってのけた。
「返信メールの詳細情報で、プロバイダとかアクセスポイントとか色々見て、返信に使われたメールアカウントで調べたら、インターネットオークションに色々出品してたのがわかりました」
「ふむ……?」
全くわからない単語が次々飛び出すが、どうにか「競売の遣り取りから、何らかの調べがつく」らしいことは理解した。
「そのIDで調べたら、ポータルサイトのニュースにコメントしてるのをみつけました」
「表のこの欄が、それぞれの人物が書き込んだニュース記事とコメントです」
クラピーフニク議員は、同志がまとめた表を指差した。
模型の人物は、どこかの航空祭や軍事パレードの予定、当日の様子を報じる記事にも感想を書き込むが、それ以上にアーテル共和国関連の記事へのコメント件数が多かった。
ラキュス地方企業団地合同委員会関連の記事が大半だが、アーテル大統領選の件もそれに絡めて語る。
「ブログで確認できた参加イベントを見た限り、プラモデルの人がバルバツム人なのは間違いなさそうです」
「国籍まで特定できるのかね?」
老いに下がった瞼が、勢いよく持ち上がった。
共通語を公用語とする国は、世界に多数ある。
言語だけでは、どこの国民かわからない筈だ。
「SNSの現在地欄は、好きな場所を自分で設定できますから、それこそ魔界とか月とか好き放題です」
「何と……そんなことで構わんのかね?」
「無料の匿名サービスなんてそんなもんですよ」
ファーキル少年が語る「電脳世界の常識」は、ラクエウス議員の理解の範疇を越えた。
「実際に参加したイベントがあれば、その名称で検索します。他の人のブログやSNSをひとつずつ確認してゆけば、この人と接点を持つ人のアカウントに“顔がわかる写真”まで載ってるコト、ありますからね」
ラクエウス議員は、ファーキル少年の説明が空恐ろしくなった。
……科学文明国では、気軽に記念写真も撮れぬのか。
本人は身元を隠したつもりでも、周囲の何気ないお喋りや行動で、全てが水泡に帰す惧れがあるのだ。
ラクエウス議員は、同志たちの足を引っ張らぬよう、気を引き締めた。
ギター奏者も数年前、アマチュアのコンテストに出場し、三位以内に入賞した経験がある。主催する楽器メーカーの公式サイトと、ユアキャストに複数の動画が掲載される。
「料理好きの人物は、コンテストなどは関係なさそうだが……?」
「お菓子や料理の完成写真をご覧下さい」
クラピーフニク議員が言うと、ファーキル少年は画面を横にスクロールさせ、画像の一覧を表示させた。
「ガラスの食器や瓶の映り込み……窓からの風景が、見えますか?」
「まさか、たったこれだけで……?」
老議員は我知らず、声が震えた。
「そうです。ビルの看板などから住所を割り出して、地域情報が一致する複数のSNSやブログを調べて、このアカウントと繋がりのある人物を絞り込んで……」
「わ、わかった。皆まで言わんでくれ給え」
ラクエウス議員は恐ろしくなり、クラピーフニク議員の説明を遮った。
インターネットの設備を有する科学文明圏の国々では、知識と機器さえあれば、子供でもこんな芸当をやってのけるとわかっただけで充分だ。
味方ならば頼もしいが、敵に同じことをされた場合を考えると、背筋が凍った。
☆戦車などの模型制作者……「1322.若者への浸透」参照
☆アーテル共和国関連の記事へのコメント……「1318.連邦での反応」「1321.前後での変化」「1323.小出しの情報」参照
☆ラキュス地方企業団地合同委員会……「1147.動き出す歯車」「1152.大統領の演説」「1225.ラジオの情報」「1234.長期化を予想」「1235.水を穢した者」「1260.配布する真実」「1262.沈みゆく泥船」「1318.連邦での反応」参照




