1374.厄介な寄付品
薬師のねーちゃんとDJレーフは、昼飯の直後に戻った。
予定よりかなり早い。
「ん? みんなどうしたんだ? 何か暗いぞ?」
DJの兄貴が軽い調子で心配してみせ、薬師のねーちゃんはみんなに鎮花茶を淹れてくれた。
甘い香りでやっと我に返る。お茶を淹れるコトすら気付かないくらい、落ち込みが酷かったのだと気付かされた。
それでも、誰も説明できない。
少年兵モーフは、苦い後悔が胸で暴れ狂い、さっき何を食べたのかさえ思い出せなかった。顔を上げれば涙がこぼれそうで、鎮花茶の芳香が立ち上るマグカップを見詰めて動けない。
「えーっと、王都の素材屋さん、一軒目で必要な物みんな揃って時間が余ったから、神殿に寄ったんです」
「第二神殿に行ったんだけど、偶々ニプトラさんとフィアールカさんに会って」
薬師のねーちゃんがぎこちなく報告を始めると、DJの兄貴が引継いだ。喋りのプロだけあって、この重い空気の中でも、舌が滑らかに回る。
二人は、運び屋フィアールカに誘われて、歌手ニプトラ・ネウマエの名で押さえた神殿書庫の会議室に行った。
既に他の面々が着席し、資料も配布済みだ。
ネモラリス人の参加者は、主催者として名義を貸す歌手のニプトラ・ネウマエ、ラクリマリス王国へ亡命し、身の安全の為に呼称も明かさないトポリ大学の国際政治学者、DJレーフと、初めて顔を出す薬師アウェッラーナだ。
ラクリマリス王国からは、会場を貸す王都第二神殿のクリューチ神官と、ギター奏者でもあるプンツォーヴィ外務次官が出席する。
そして、調達や情報収集などを担う運び屋フィアールカと、フリージャーナリストに扮した諜報員ラゾールニクも席に着いた。
趣味の音楽仲間のお茶会名目だが、話の内容は決して浮ついたものではない。
「資料は後でコピーするわね」
フィアールカがにっこり微笑んで初めての二人に着席を促す。
今日の議題は、ネモラリス難民に配布する小麦の調達についてだ。
空襲やクーデターから逃れた人々は、アミトスチグマ王国の難民キャンプや、ラクリマリス王国内に散らばる。
「これまでは、紛争がなくて気候もよくて、小麦価格が安定してたから、バルバツム連邦や、ゲオドルム共和国から買付けしてたけど、最近急に市場価格が跳ね上がったのよ」
「アーテル共和国への経済攻撃の一環として、市場操作を行ったのは今年の上半期までです。今年の収穫分以降は、他のことに資金を回したいんで、特に何もしてません」
ラゾールニクが恐ろしい話をさらりと付け加えたが、居合わせた面々には周知の事実らしく、誰一人として顔色を変えなかった。
「小麦価格は落ち着いてたんですけどね。で、原因を調べたら、ネット通販大手のリゴルネット株式会社が大量購入してるのがわかったんです」
ラゾールニクが報告書を示すと、隣のフィアールカが見せてくれた。
カネと小麦の流れが、わかりやすく図にまとめてある。
「ゲオドルムってどこ?」
ピナの妹が話に割り込むと、ピナとレノ店長が、申し訳なさそうにみんなを見回して、小さく頭を下げた。
魔法使いの工員クルィーロが、苦笑してタブレット端末をつつく。地図を表示させて小学生の女の子に向けた。
……あ、俺も後で教えてもらおうと思ってたのに。
話の腰を折るまいと我慢した時に限ってコレだ。
「クルィーロ兄ちゃん、これってどの辺?」
「チヌカルクル・ノチウ大陸の東の端っこ」
「えっ? そんな遠くの国で買ってたの?」
DJレーフがわざとらしく咳払いすると、やっと黙った。
「ラゾールニクさんが言うには、社長のリゴルって人は、星界の使者って言う慈善団体の代表なんだってさ」
星界の使者は、バルバツム連邦に本部を置くキルクルス教系の慈善団体だ。
同団体が、クラウドファンディングで、難民や生活困窮者向けの救援物資調達資金を募った。
世界各国に散らばるキルクルス教徒から多額の浄財を集め、調達力の高いリゴルネット株式会社を通じて大量の小麦を購入。現在、世界各地の紛争地域の難民キャンプで暮らすキルクルス教徒や、教団が布教活動を展開する貧困地域などに配布する。
「まぁ、宗教系の団体だから、いいっちゃいいけど、露骨だよなぁ」
諜報員ラゾールニクは半笑いで言うが、プンツォーヴィ外務次官はニコリともせず続けた。
「リゴル社長は、その少し前から先物取引の小麦相場に手を出し始めたと判明しました」
「他人のカネで需要を作り、国際価格を吊り上げて私腹を肥やしたのですね」
国際政治学者が呆れ、ニプトラとアウェッラーナが同時に溜め息を吐いた。
「その一部は、調理設備がないリストヴァー自治区に寄付されたようですね」
「えぇ。現地の人は、食品用の保管倉庫も焼けちゃって再建できてないから、取敢えず小学校とかに保管したけど、途方に暮れてるわ」
プンツォーヴィ外務次官の確認に頷いたのは、運び屋フィアールカだ。
タイゲタが、アカーント市のパン工場に小麦の一部を物納で支払い、堅パンを製造してもらって自治区に納品するとの案を出した。だが、小麦粉だけでなく、他の材料も不足する為、引受けてくれる見込みは薄い。
今からリストヴァー自治区にパン工場か食品倉庫を建てても、完成する頃には傷んでしまうかもしれなかった。
「魔法の調理を受け容れられるんなら、駐留する政府軍が【炉】や【操水】でお湯を沸かして何か麺類を作って、炊き出しとかできるんだけど」
フィアールカの物言いは、歯切れが悪い。
「麻疹対応で自治区の傍に仮設病院を建てたとお伺いしましたが、そちらで消費できないのですか?」
「堅パンを焼いて、退院する患者さんに持たせるとか、どうでしょう?」
ニプトラとアウェッラーナが思いつきを口にしたが、密かに自治区を出入りする運び屋フィアールカは肩を竦めた。
「十万トンも?」
リストヴァー自治区全体の人口で考えると全く足りないが、調理できないのでは土嚢と大して変わらない。
体育館を塞がれた子供たちが、イタズラで袋に穴を開ければ、大変なことになりかねなかった。
「結局、名案が出なくて、お開きになったんですよ」
「フライパンすらないんじゃなぁ」
パン屋のレノ店長も、困った顔をするしかないらしい。
少年兵モーフは、故郷の為に何もできない自分が惨めになった。
☆トポリ大学の国際政治学者……「751.亡命した学者」参照
☆趣味の音楽仲間のお茶会名目……「774.詩人が加わる」「1085.書庫での会議」~「1088.短絡的皮算用」参照
☆アーテル共和国への経済攻撃の一環として、市場操作……「424.旧知との再会」「440.経済的な攻撃」「588.掌で踊る手駒」参照
☆ネット通販大手のリゴルネット株式会社/社長のリゴル……「1359.ワンマン経営」「1360.多くの離反者」参照
☆星界の使者……「1321.前後での変化」「1322.若者への浸透」「1357.変化した団体」「1357.変化した団体」参照
☆食品保管倉庫も焼けて再建できてない(中略)途方に暮れてる……「1358.積まれる善意」~「1360.多くの離反者」参照
☆タイゲタが(中略)案を出した……「1367.新たな取引網」参照
☆麻疹対応で自治区の傍に仮設病院を建てた……「1287.医師団の派遣」「1288.吉凶表裏一体」参照




