1373.カネに色なし
大人たちの難しい話は、少年兵モーフの自己嫌悪を置き去りにして進む。
「カネに信仰の色ついてンじゃあんめぇし、助かる奴が居ンなら、別にいいじゃねぇか」
葬儀屋アゴーニの口から出た言葉はあまりにも意外で、モーフはどんな顔をすればいいかわからなかった。他のみんなも同感なのか、緑髪のおっさんをまじまじと見て、何も言えないでいる。
「いや、まぁ、そうだけどよ、いいのか?」
メドヴェージがどうにか声を捻り出したが、何とも言えない顔だ。
葬儀屋のおっさんはニヤリと笑った。
「生きてる間に何の神様信心してようと、死んじまやぁみんな一緒だ。魔物は扉や苗床にする死体の信仰なんざ、お構いなしなんだからよ」
「生きて仕事してる奴のハナシじゃねぇのかよ?」
モーフが思わず声を荒げると、緑髪に白い物が混じる葬儀屋は、笑いを引っ込めてキルクルス教徒の少年兵を見た。
「坊主、死んじまったら一緒なんだ。真っ当な手段で生かしといてくれんのが有難ぇってハナシだよ。なぁ、呪医さんよぉ」
「そうですね。私も、患者さん自身やご家族に断られない限り、信仰を理由に治癒魔法の対象から外すことはありません」
呪医セプテントリオーは、ミャータ市の辺りから薬師のねーちゃんを見習って白衣を脱ぎ、【青き片翼】学派の徽章を服の中に仕舞って一般人のフリをする。それでもやっぱり、中身が元軍医の呪医なのは変わりなかった。
「これは、私の個人的な考えなのですが……力なき民の方々が、キルクルス教の教義に触れて改宗するのは、特段、問題ないと」
「えぇッ? いいのかよッ?」
ソルニャーク隊長が、話の腰を折ったモーフを睨んで言う。
「呪医が構わなくても、ネモラリス共和国の宗教政策上、キルクルス教を信仰する者は、リストヴァー自治区に移住しなければなりません」
「えぇ。その政策こそが新たな分断を生み、自治区外のキルクルス教徒を潜伏させ、星の標のテロを呼んだのです」
「えぇっ? じゃあ、堂々と信仰できる世の中になったら、テロがなくなって、アーテルも戦争やめるってのかよ?」
モーフは俄かには信じられず、思わず荒い声を出した。
呪医の言うコトは、話が甘過ぎて想像もつかない。
今度はソルニャーク隊長だけでなく、メドヴェージのおっさんにまで怖い顔をされ、モーフは小さくなって緑髪の呪医を窺った。
「アーテル人の戦争遂行目的は、魔哮砲の排除のようですから、それでやめるとは思えません」
モーフは呪医の淡々とした声に肩を落とした。
「しかし、星の標に関しては、ラクエウス議員やファーキル君たちが、聖職者用の聖典を送って以降、呪符泥棒と爆弾テロをやめたのですよね?」
「あれ以来、少なくともリャビーナ市内では、一件も発生しておりません」
ピアノの爺さんが力強く肯定する。
湖の民の呪医は頷き返してみんなを見回した。
「特定の信仰を持つ人のすべてが、悪人ではありません。また、彼らの行動も、全てが悪事ではありません」
「それは……そうですけど……」
レノ店長が、続きを飲み込んで小さい妹を見た。
ピナも険しい顔で妹を見て長机の上で拳を握る。
……そっか。そうだよな。俺も、ピナたちの街を焼いたんだ。
ゼルノー市の湖岸三区を火焔瓶で焼き払い、逃げ惑う市民をトラックの荷台から機関銃で撃ちまくった。あの中には、ピナたちの実家のパン屋があった。友達や仲のいい近所の人も居ただろう。
アーテル・ラニスタ連合軍の空襲に晒され、最初は生き延びる為に仕方なく一緒に居た。
助けあって生きてゆく内にみんなが一緒じゃないとダメな気がした。それがどう言うコトか、武闘派ゲリラの警備員オリョールに聞かれるまで、自分でもよくわからなかった。
クレーヴェル港でフラクシヌス教徒のみんなと別れた時、リストヴァー自治区に戻れば、二度と会えなくなると思い、生まれ故郷に帰るのが堪らなくイヤだった。
あの別れは、三十年前にリストヴァー自治区ができた時、大勢の間に起きたことなのだ。
少年兵モーフは、近所のねーちゃんアミエーラの祖母ちゃんには、会ったコトがない。
その人は、力ある民のフラクシヌス教徒だが、力なき民のキルクルス教徒と結婚して、家族や親友と別れるのがイヤで、魔女なのを隠して自治区に引越した。
キルクルス教徒の一部が同じ思いで、自治区の外に留まっても不思議ではない。
星の道義勇軍の三人は、色々な仕合せが重なってピナたちと再会できた。
ピナたちが何故、どんな気持ちで、モーフたちに復讐せず、一緒に居てくれるのかわからない。
確めるのが怖かった。
「全部が悪事ではないから、本当に人助けをした時には、その行為を正当に評価するべき……それは、頭ではわかっています。しかし、頭では、理屈として理解できても、なかなか気持ちの上で割り切れるものではありません」
「復讐で……目を曇らせた人には、その理屈も屁理屈にしか見えませんよ。どうやって止めるんです?」
ラジオのおっちゃんジョールチが苦しそうに頭を抱え、漁師の爺さんは俯いて泣きそうな声を絞り出した。
「カフェの店長さんに道路使用許可の件をお伝えして、もう一度、相談します」
早ければ、夕方にまた来ると言い置いて、ピアノの爺さんは量販店の駐車場を出て行った。
☆患者さん自身やご家族に断られない限り、信仰を理由に治癒魔法の対象から外すことはありません……「0017.かつての患者」「369.歴史の教え方」「557.仕立屋の客人」参照
☆力なき民の方々が、キルクルス教の教義に触れて改宗するのは、特段、問題ない……「874.湖水減少の害」「1026.関心が異なる」参照
☆ラクエウス議員やファーキル君たちが、聖職者用の聖典を送って……「0944.聖典の取寄せ」「0958.聖典を届ける」「0978.食前のお祈り」参照
☆呪符泥棒と爆弾テロをやめた……「0989.ピアノの老人」「1020.この街の治安」「1041.治安と買い物」参照
☆続きを飲み込んで小さい妹を見た……「710.西地区の轟音」参照
☆俺も、ピナたちの街を焼いた……「0006.上がる火の手」「0021.パン屋の息子」「0029.妹の救出作戦」「0042.今後の作戦に」「0050.ふたつの家族」など章タイトルが日付の部分全体参照
☆アーテル・ラニスタ連合軍の空襲……「0056.最終バスの客」参照
☆どう言うコトか、武闘派ゲリラの警備員オリョールに聞かれる……「464.仲間を守る為」参照
☆クレーヴェル港でフラクシヌス教徒のみんなと別れた時……「576.最後の荷造り」「595.初めての反抗」参照
☆近所のねーちゃんアミエーラの祖母ちゃん……「1142.共存を証す者」参照
☆色々な仕合せが重なって、ピナたちと再会……「746.古道の尋ね人」「747.お互いの疑い」参照
☆復讐で……目を曇らせた人には、その理屈も屁理屈にしか見えません……「826.あれからの道」「827.分かたれた道」参照




