1371.どこでするか
アカーント市最大の量販店は、広々とした駐車場を所有するが、客の車は僅かしかない。ラキュス湖からの冷たい風が、虚しく吹き抜けた。
漁師の爺さんアビエースは朝食後すぐ、葬儀屋アゴーニと連れ立って【跳躍】許可地点に向かった。
「そのカフェは東の商店街のここです」
パドールリクが、商店街のパンフレットを広げてラジオのおっちゃんジョールチに説明する。少年兵モーフは、クルィーロそっくりのおっちゃんが、いつの間にそんな物を手に入れたのか知らなかった。
「丁度、中央辺りなのですね?」
「はい。アーケードがありますから、雨や雪など、天気の心配はありません。ただ、通路が狭いんですよね」
ジョールチは説明に頷いて、ずり下がった眼鏡を掛け直した。
モーフも、昨日行ったばかりの商店街を思い出す。
乗用車ならすれ違えるだろうが、移動放送局の四トントラックでは無理だ。
大半の店が、商品台を外にはみ出して並べ、実際の道幅よりも通路が狭い。
カフェの前にこんなデカいトラックを停めた上、見物人が詰め掛けたのでは、通行の邪魔になるのが目に見える。
「近所のお店の人、商売できなくて困っちゃうね」
ピナが、パン屋らしい心配を口にして眉を顰めた。
……そっか。野次馬が邪魔で商売できなくなンのか。
言われてやっと、これまでの混雑を思い出した。
小さな村も、話を聞きつけた人々が近隣から続々と集まり、聴衆は村の人口以上に膨れ上がったのだ。
この街では、あんな細い商店街に聴衆が入りきれるとは思えない。
「カフェの店長さんの目的は、軍歌以外の曲を街の人々に届ける……ことですよね?」
ラジオのおっちゃんジョールチが、パドールリクに確認した。
カフェの店長から直接、話を聞いた彼とモーフが同時に頷く。
「では、場所がカフェである必要はありませんね?」
「ピアノはどうしましょう?」
パドールリクの質問に即答できる仲間は居なかった。
モーフはピナを見たが、賢い彼女も大人たち同様、眉間に皺を刻んで考え込むだけで、言葉はない。
「でも、警察には、商店街の神殿に近い方にある催し物の広場でしますって言っちゃったんですよね」
レノ店長が、ピナと同じ色の頭を気マズそうに掻いた。
数日前、一緒に届出に行ったDJレーフは、昨日から薬師のねーちゃんについて買出しに出て留守だ。ミャータ市で骨折を癒す飲み薬の素材を手に入れたが、それだけでは薬を作れず、王都ラクリマリスの素材屋へ行った。今日の夕方には戻ると言う。
ラジオのおっちゃんジョールチが、みんなを見回した。
「どこからか、アップライトピアノを貸してもらって【重力遮断】で広場に運べば、何とかなりそうですね」
催し物用の広場にもアーケードはある。
「あの店のヤツ、借りるんじゃダメなのか?」
「グランドピアノなんだよね?」
ジョールチに確認され、モーフは思わず頷いたが、何故そんなコトを聞かれるのかわからない。
「魔法で軽くすりゃ、あのデカいピアノも運べるんじゃねぇの?」
ガス欠のワゴン車でも、楽に動かせたのだ。
自動車より小さいピアノを運べないハズがない。
ジョールチは、ラジオのニュースと同じ声で説明した。
「グランドピアノは大きいし、とても高価だからね。運ぶ途中で落として壊してしまったら、弁償できないかもしれない」
「高いって……どんくらい?」
「モノによるけど、乗用車と同じくらいから家一軒買えるくらいまで色々だね」
少年兵モーフは、途方もない値段に頭が真っ白になった。
「工芸品のようなもので、工場で一気に大量生産するようなものではないから、それなりの値段がするんだよ。一級の職人さんが、最高の素材で作り上げた物はとても高価だ」
「それに、カネを弁償したって、戦争のせいで、同等のモノが手に入るかわかんないもんなぁ」
魔法使いの工員クルィーロも、難しい顔で同意する。戦争前は、音響機器工場で働いた彼の言葉にグウの音も出なかった。
メドヴェージのおっさんまでダメ出しする。
「店のモンが貸してやるっつったって、万が一の時に弁償しなくてよくなるワケじゃねぇからな」
「楽器運ぶ専門の業者さんが居るって聞いたコトあるけど」
クルィーロの一言で少し希望が見えたところへ、漁師の爺さんと葬儀屋のおっさんが、ピアノの爺さんを連れて来た。
一体、どんな修行を積めばあんな音色を出せるのか知らないが、モーフはこの爺さんが奏でるピアノなら、飽きずにいつまでも聴けそうな気がする。
ラジオで放送すれば、あのカフェの客よりもっと大勢が一遍に聴けるだろう。
「あの後、私もカフェの店長さんと話したのですが……」
店長も、商店街の中では近隣店舗の迷惑になると思い到り、思案に暮れた。常連客も加わって、案を出しては穴に気付いて別の案を出し、遅くまで話し合った。
「結局、カフェの前は無理との結論は一致して、小学校でアップライトピアノを借りられないか、掛け合って下さるとのことで、話がまとまりました」
「貸してもらえそうなんですか?」
レノ店長が聞くと、白髪の老人は何とも言えない微笑を返した。
ソルニャーク隊長がパンフレットの地図を指差す。
「道路占有許可の届出は、この商店街の催し物広場で取ったそうです」
「そこなら何とかなるかもしれませんね。それから……」
ピアノ奏者スニェーグは、和らげた表情を引き締めて、リャビーナ市の近況を語り始めた。




