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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十七章 困却

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1369.狩って食う者

 少年兵モーフは、老漁師アビエース、アマナたちの父ちゃんパドールリクと三人で、東の商店街に来た。こっちは、アカーント市に着いて割とすぐ行った西の商店街と違って、凄く地味だ。


 ……俺も、あっち行っときゃよかったかな。


 後悔がチラっと掠める。

 昨日、魔法使いの工員クルィーロと一緒に行った糸屋の工房を思い出し、もう一回、諦めた。

 糸屋の店長は、クルィーロが先週の湖南経済新聞と何かの一覧表を渡すと大喜びして、何でも協力するとまで言ってのけた。

 金髪の魔法使いが、見学させてもらえないか聞くと、ふたつ返事で承知して、すぐ店の奥へ通した。


 「見学したがってるの、俺じゃなくて妹たちなんですけど」

 「あら、そうなの? 今日は……一緒じゃないのね」

 緑髪のおばさんは、モーフをチラ見して微妙な顔になった。そんな目で見られても、見たこともない色の数に圧倒され、口もきけない。


 「妹とその友達、みんな力なき民の小学生と中学生で、お手伝いとかはムリなんです。ホントに見せていただくだけで恐縮なんですけど」

 「いいのよ。それより、見学したコトを他所で放送してくれたら、弟子入り希望の人が増えるかもしれないし」


 ……ちゃっかりしてやがんなぁ。


 棚やガラスケースにきっちり収まる色の種類を憶えるだけでも、気が遠くなりそうだ。

 一本だけ持って来た客に「同じ色の品が欲しい」などと言われても、モーフにはみつけられる自信がなかった。

 赤系統だけでも二十種類以上ある。今は順番に並べてあるからいいが、ひっくり返したら元に戻せる気がしない。棚からそっと距離を取った。


 ……これ全部、憶える気がある奴って、なかなか居ねぇよな。


 糸屋の店長がカウンターの奥の扉を開けると、何とも言えない匂いが漂った。初めて嗅ぐ匂いで、臭くはないが、いい匂いとも言い(がた)い。

 ピナと同じ髪色の女の人が、見たこともない大釜を棒でかき混ぜる。袖まくりをした腕は汗だくだ。アカーント市は湖の民ばかりで、この街で初めて土色の髪を見た気がする。

 「明日、見学の人たちが来るから、よろしくね」

 「はーい」

 糸屋のおばさんの声に振り向いた顔は汗まみれだが、明るい笑顔だ。ピナより少し年上らしい。見るからにキツそうな作業なのに、笑って働ける彼女が眩しくて、少年兵モーフは思わず目を逸らした。


 クルィーロが糸屋のおばさんと何か話をしたが、右から左へ抜けてしまい、モーフの頭には何も残らなかった。

 「モーフ君も見学させてもらう?」

 「い、いや、俺はいいっス! 取材手伝うっス!」


 何故、断ってしまったのか。自分でもわからない。



 そんなこんなで、今日は漁師の爺さんと、商売に詳しいアマナたちの父ちゃんと三人で、地味な方の商店街に居る。


 肉屋の保冷棚は空っぽだが、乾物の棚には商品が隙間なく並ぶ。複雑な模様と力ある言葉が書かれた布の袋だ。膨らみの大きさは色々で、中身は全く見えない。

 モーフは、あの村の学校で少し勉強できたお陰で、力ある言葉なのはわかるようになったが、何と書いてあるかまではわからなかった。

 棚に並ぶ袋は、子供の拳くらいから大人の腿くらいまで様々な大きさがあり、膨らみの形も、平べったいものから丸々したものまで色々だ。


 「いらっしゃい。どれしましょう?」

 店主らしきおっさんが出て来た。湖の民が首から()げた徽章(きしょう)は、モーフが知らない鳥の形だ。

 小太りなおっさんの前掛けには、クルィーロがもらったマントよりぎっしり呪文や呪印が刺繍してあった。

 「初めまして。あの……背の毒って……食べられるんですか?」

 パドールリクが一番大きい袋を指差す。よく見ると、袋の口紐に値札が括りつけてあった。袋を示す大人の指が小さく震える。


 「毒があるのは背中の蛇のとこだけですからね。上手いこと狩れば、腿肉は食べられるんですよ」

 「存在の核を壊さずにお肉を持って帰れるなんて、その狩人さん、スゴイ腕前ですね」

 パドールリクが感心し、漁師の爺さんも頷く。

 どうやら、セノドクとやらは、化け物の名称らしい。


 ……えっ? バケモノって食えンの?


 人を獲って食う化け物を人間が狩って食うなどとは、初耳だ。

 クルィーロそっくりのおっちゃんがそんな冗談を言うとは思えず、初対面の肉屋がお愛想で話を合わせるとも思えない。


 「ここらの狩人はみんな、できて当たり前なんですよ」

 「そうなんですか?」

 「染料の素材を採るのが仕事だからですよ」

 緑髪の肉屋が金髪の他所者に語る顔はどこか誇らしげだ。

 漁師の爺さんが、売り物の値段をせっせと手帳に控える。


 「どうやって獲ってんだ?」

 「坊や、気になるかい? でも、狩人さんたちの秘密だからなぁ」

 「肉屋のおっちゃんも知らねぇの?」

 「そりゃそうさ。肉屋は、狩人さんたちが持って来たお肉から、別の魔物が涌かないようにするのが仕事なんだから」

 「ふーん。でも、そっちも何かスゲーなぁ」

 モーフは感心したが、何故かパドールリクは泣きそうな顔だ。


 漁師の爺さんが手帳を閉じて言う。

 「我々は、移動放送局の手伝いの者なんです」

 「買物じゃないんですかい?」

 「はい。この街での放送の日取りが決まりましたので、お知らせの貼り紙をさ」

 「貼ったら、どうなるんです?」

 肉屋は皆まで言わせず口を挟み、モーフが手提げ袋から出した手書きのポスターを胡散臭そうに見た。

 「放送の中で協力店として、少し宣伝させ」

 「わかりました。今、売り物ないんで、ココ貼っときますね」

 店主はモーフの手からポスターを取ると、テープで手際よく、保冷ケースに貼り付けた。


 「生肉は羊を扱うんですけどね。仕入先の農家が病気で村ごとアレして……」

 「それは……お気の毒様です。何かお力になれるとよろしいのですが」

 気を取り直したパドールリクが声を掛けたが、肉屋は弱々しい微笑を返しただけで、何も言わなかった。

☆アカーント市に着いて割とすぐ行った西の商店街……「1347.アカーント市」参照

☆モーフは、あの村の学校で少し勉強できた……「1054.束の間の授業」参照

☆クルィーロがもらったマント……「446.職人とマント」参照

☆背の毒……「1129.追われる連中」参照

☆お肉から、別の魔物が涌かないようにするのが仕事/パドールリクは泣きそうな顔……「716.保存と保護は」~「718.肉屋のお仕事」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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