1366.可視化の効能
ファーキル少年がパソコンを操作し、何かの集計表を開いた。
「難民キャンプの産物一覧です」
大まかな種類で分けてある。
その中から薬草、魔獣素材、材木、木工品、魔法の道具、普通の手芸品の六枚を印刷してクルィーロに渡した。
「ファーキル君って、こんなコトまでしてるのか。凄いな」
「一元管理した方がいいって、マリャーナさんが教えてくれたんです。バザーの売上とかもまとめたら、何が売れ筋かわかりやすくなって、収益も上がりました」
「ホント凄いな」
クルィーロが目を丸くする。
「俺一人でしたんじゃありませんよ。産物の量と種類は、難民キャンプの人たちが区画毎にまとめて毎週……あ、その書式もマリャーナさんが作ってくれて」
「私たちが【道守り】を謳いに行った時とかに集めて、ついでに必要な物を聞いて、バザーやマリャーナさんの会社で売ったり仕入れたりって言うのが、効率よく回るようになってきたんです」
説明するアミエーラ自身も、画面上の一覧表に尊敬の眼差しを向けた。
タイゲタが薬草の表を指差す。
「収穫量と売上が可視化されたら、みんなが急にヤル気出して、お茶にする香草や傷薬用の薬草とか育てるの、手伝う人が一気に増えたんですよ」
「これ、作業の担当表です」
ファーキルが別のフォルダを表示させた。中身は作業の種類で分類されたフォルダ複数だ。
そこから「薬草園」のファイルを開くと、区画毎の薬草園の面積や鉢の数、担当者の呼称と作業の一覧が表示された。人数の多い区画は、当番を回す週別分担表まである。
「サフロールさんは、人手不足で大変お困りだったのに」
呪医セプテントリオーは以前、骨折を癒した湖の民の若者を説得して、どうにか手伝いの約束を取り付けた。
「頑張ればどのくらい利益になるかって、可視化の力、スゴイですよね」
タイゲタが言うと、サロートカは力強く頷いた。
「手芸の小物作りも、売れ筋がわかったんで、分業して人気商品をたくさん作るようになったんです」
「仕事の仕方まで変わったのですか?」
「なんでずっとしなかったんだろうな」
呪医が驚き、工員が苦笑する。
ファーキルは、一覧表のファイルを閉じながら小さく息を吐いた。
「マリャーナさんは、当たり前のコトだから、とっくにやってると思ってたそうです」
「でも、避難してきた人たち、誰も思い付いてなくて」
リストヴァー自治区出身のサロートカが、眉を僅かに動かした。
「アミトスチグマとネモラリスじゃ、仕事の仕方が随分、違うってコトなんですねー」
「アーテルじゃ、君たちの仕事の管理って、どうしてたんだ?」
クルィーロが、感心したタイゲタに聞く。
「事務所とマネージャーさんが管理してくれてましたよ。アプリとか使って……コンサートも収録も、移動の日程調整も含めて何もかも全部」
「ふーん。工場も、担当の割当てや生産量の調整、部品の調達……事務員さんや経理の人、部署のエライ人たちがしてくれてたけどなぁ」
金髪の工員が首を傾げる。
呪医セプテントリオーは、アミトスチグマの大森林へ治療に行った日々を思い出した。
「難民キャンプでは毎日、取敢えず生命を繋ぐだけで精一杯でした。なかなか気持ちが仕事に切替えられなかったのかもしれませんね」
「あー……元々お店してた人とか、全然やったコトないのをイチから勉強し直しになりますもんね」
「そう言われてみれば、色々難易度上がりそう」
ファーキル少年と針子のサロートカが、納得顔で何度も頷く。
あの湖の民の若者も、全く未経験の大工仕事に挑戦して、骨折する羽目になったのだ。彼の不注意だけが原因ではない。
以前は防壁に守られた街で暮らした人々が、空襲で生命以外のすべてを奪われ、どうにか辿り着いたのが、アミトスチグマ王国政府が提供した大森林の難民キャンプだ。
空襲の脅威がない代わりに魔物や魔獣の備えは、すべてイチから構築しなければならない。
国連や難民支援のボランティア団体、アミトスチグマ政府や最寄りのパテンス市などの支援はあるが、丸木小屋の住居と【魔除け】の敷石や【道守り】による結界が整うまで、多くの死傷者が出た。
クルィーロが印刷済みの一覧表に視線を落とす。
「ただ生き延びるだけじゃなくて、仕事のコトもちゃんと考えられるくらい、生活が落ち着いてきたんですね」
難民キャンプの開設当初から、呪符作りの仕事などは細々とあったが、素材や用具、知識や技術の不足で携われるのはほんの一握りだった。
開戦から二年近くが経つ。
専門職の難民が素人に指導し、知識や技能が広まった。役割分担が定まって、組織として仕事が回り始めたのだ。
クルィーロが一覧表から顔を上げた。
「さっきも言ったけど、アカーント市は魔法の繊維産業が盛んで、素材の仕入れや何やかんやで、オバーボク市とリャビーナ市、それとミクランテラ島の情報も入ってくるらしいんだ」
片手でタブレット端末を操作しながら、ここ数日で集めた情報を語る。
「麻疹の流行は食い止められたけど、隣近所の交通封鎖でしばらく孤立して参ってたよ」
商店街で集めた情報をメールで送信し、概要を説明し始めた。
☆【道守り】……「804.歌う心の準備」「805.巡回する薬師」「871.魔法の修行中」「927.捨てた故郷が」~「929.慕われた人物」参照
☆薬草園……「805.巡回する薬師」「0986.失業した難民」参照
☆サフロールさんは、人手不足で大変お困り/骨折を癒した湖の民の若者を説得……「0986.失業した難民」参照
☆難民キャンプの開設当初から、呪符作りの仕事などは細々とあった……「403.いつ明かすか」参照
☆ミクランテラ島……本編「0162.アーテルの子」「489.歌い方の違い」「852.仮設の自治会」「880.得られた消息」「0947.呪符泥棒再び」参照
野茨の環シリーズ 設定資料(https://ncode.syosetu.com/n3234db/)「用語解説06.組合」「用語解説16.国々 チヌカルクル・ノチウ大陸」参照




