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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十七章 困却

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1365.火のない所に

 呪医セプテントリオーは、久し振りにアミトスチグマ王国の土を踏んだ。


 ……そう言えば、彼と二人で来るのは初めてだな。


 支援者マリャーナ宅に到着して早々、呪医と工員クルィーロは、挨拶もそこそこにパソコンの部屋へ向かった。

 純白の部屋に入ってすぐ、ファーキル少年がいつも通りに画面と向き合う姿があり、ホッとする。針子のアミエーラとサロートカ、それに歌手のタイゲタも額を寄せ合い、何やら作業中だ。


 「お久し振りです」

 「あ、呪医(せんせい)、クルィーロさん。お久し振りです」

 呪医セプテントリオーが声を掛けると、アミエーラが真っ先に笑顔を向けた。

 「お変わりありませんか?」

 「こっちのみんなは元気だった?」

 ファーキルたちは、三人が再会の挨拶を交わす声でやっと画面から目を離した。


 「みなさん、随分、熱心ですが、何を見ているのですか?」

 「星界の使者って言うボランティア団体の情報なんですけど、呪医(せんせい)とクルィーロさんも何かご存知ありませんか?」

 ファーキルが椅子を半回転させて身体ごと向き直る。

 パソコンを操作するのは彼とタイゲタで、針子の二人は操作者の隣で一緒に探すらしい。


 クルィーロが金髪の頭を掻いた。

 「ネットのニュースか何かで割と最近、見たような気がするけど……ゴメン、何の記事か思い出せない」

 「少し前の報告書に工作員っぽいアカウントが、SNSの星界の使者公式アカウントをフォローしてるって載せましたけど、それじゃありませんか?」

 「あぁ、それかも!」

 クルィーロの顔が明るくなった。ファーキルは、膨大な情報をかなり頭に入れてあるらしい。

 呪医セプテントリオーは、もっと前に聞いたような気がして記憶を手繰った。

 「せいかいのししゃ……自治区に病院を建てた外国のボランティア団体が、そのような名称だったと思います」



 十年程前、ゼルノー市とリストヴァー自治区の救急医療協定の会議に外科部の呪医として出席し、自治区の病院局担当者から医療体制の説明を受けた。

 キルクルス教の司祭とラクエウス議員が、聖星道(せいせいどう)リストヴァー病院設立の経緯を語ったのだ。

 星界の使者は、自治区の医療者をバルバツム連邦などに留学させ、最先端の知見を学ばせてくれたが、人数が少なく、必要な医薬品や医療機器も全く足りない。

 自治区の役人と聖職者、唯一の国会議員から、「科学の医療ではまだ助けられない重傷者には、魔法の治療が必要だ」と異口同音に懇願され、面食らったことまで思い出した。



 「そんな前から……じゃあ、最近、戦争の直前まではどうですか?」

 「協定の締結後は特に何も……話に聞いただけで、そのボランティア団体の方とはお会いしたことがありませんし」

 ファーキルは呪医の答えに頷くと、パソコンの画面を指差した。

 「七年くらい前に代表者が別の人になってから、活動内容が凄く変わって別の団体みたいになったんですよ」

 「そうなんですか?」

 呪医と工員は空いた席から椅子を引っ張り、腰を落ち着けて画面を見詰めた。


 表示は、手紙の画像だ。

 簡単な共通語で記され、セプテントリオーにも辛うじて読める。代表者の交代を告げるだけの素っ気ないもので、新代表の署名以外に直筆の部分はなかった。


 読み終えたのを見て取り、ファーキル少年が表示を切替える。

 ウェブサイトらしいが、セプテントリオーは共通語が堪能ではなく、早々に解読を諦めた。隣を見ると、工員クルィーロには読めるらしく、視線がゆっくりと文字列を追う。

 「これは……」

 「クラウドファンディングのサイトです」

 「くらうど……雲……ですか?」

 前に説明を聞いたような気がしなくもないが、咄嗟に思い出せなかった。

 タイゲタがインターネットに疎い長命人種の魔法使いに淡々と説明する。

 「具体的な目的や目標を提示して、その実現に必要な資金を募るサイトです」

 「誰でも使えるんで、ワクチンの件で俺たちも使わせてもらいました」

 「あぁ! あれでしたか」

 やっと思い出し、すっきりした気持ちで少年少女に先を促す。


 「そっちは、星界の使者がリストヴァー自治区向けの食費を募集した分です」

 タイゲタが、ファーキルの前の画面を指差してすらすら説明してくれた。

 「今期は終わりましたって書いてるけど、定期的に募集してるってコト?」

 読み終えたクルィーロが聞くと、ファーキルとタイゲタは同時に頷いた。歌手の少女が、ずり下がった眼鏡を片手で押し上げて言う。

 「このサイトができたのは十年くらい前で、星界の使者は開設直後からずっと支援先別に募集してます。ただ、代表が今の人になってから、資金の流れに不透明な部分が出て来たらしくって」

 タイゲタは、自分の前にあるパソコンの画面を示した。


 こちらは、セプテントリオーも何度か見せてもらったSNSのまとめサイトだ。だが、共通語で記され、内容の大半がわからない。

 「このまとめは、募金した人だけじゃなくて、何もしてない人とかも好き放題言ってるだけですけど」

 「火のない所に煙は立ちませんから、噂の出所を探しているんです」

 針子のアミエーラが付け加えると、クルィーロが上着のポケットからタブレット端末を取り出した。

 「手伝うよ」

 いつの間に修行したのか、凄まじい速さで端末の画面をつつく。


 針子のサロートカが、セプテントリオーに顔を向けた。

 「呪医(せんせい)はまた、難民キャンプで治療して下さるんですか?」

 「おっと、忘れるとこだった。まず、これ」

 セプテントリオーが答えるより先にクルィーロが手を止めた。別のポケットから出した小さな紙袋をアミエーラに差し出す。

 「これは……?」

 「魔法の糸。今、移動放送局のみんなはアカーント市に居るんだ。魔法の繊維産業が盛んなとこで、小さい街だけど人の出入りが多いから、情報も色々集まってるんだ」


 アミエーラが相槌を打ちながら紙袋から糸束を取り出すと、少女たちからうっとりとした溜め息が漏れた。

 「きれーい……」

 赤青黄。魔力を帯びた基本の三色が、肉眼では見えない光を纏い、淡く輝く。

 「見習いさんが作ったから、まだ品質が安定しなくて凄く安かったんだ」

 「いただいちゃっていいんですか?」

 アミエーラが遠慮がちに聞く。

 「どうぞどうぞ。情報収集のついでに糸屋さんで買ったけど、俺たちじゃ使いこなせないから」


 「難民キャンプで魔法の道具を制作できれば、少しでも稼ぎが増えるのではと」

 呪医が言うと、針子のサロートカが瞳を輝かせた。

 「ありがとうございます! 明日、職人さんに聞いてみます!」

 「交換品、その街で需要が高い物の方がいいですよね?」

 「こないだ火の雄牛をやっつけたって聞いたし、この糸を赤くする素材、採れるんじゃないかなって」

 アミエーラがタイゲタに答えると、クルィーロが目を丸くした。

 「えぇッ? スゲー……そんな強い人、難民キャンプに居るんだ?」

 「一人が強いんじゃなくて、自警団のみんなが、力を合わせて戦うのに慣れてきたって言ってましたよ」


 「みなさん、お怪我は?」

 「サフロールさんの薬草園、手伝ってくれる人が増えたんで、魔法のお薬で何とかなってるみたいです」

 呪医セプテントリオーが案じると、針子のサロートカは元気いっぱいの笑顔で答えた。

☆工作員っぽいアカウントが、SNSの星界の使者公式アカウントをフォロー……「1322.若者への浸透」「1334.武官らの働き」参照

☆ゼルノー市とリストヴァー自治区の救急医療協定の会議……「552.古新聞を乞う」「703.同じ光を宿す」「905.対話を試みる」参照

☆聖星道リストヴァー病院設立の経緯……「0014.悲壮な突撃令」「1357.変化した団体」参照

☆手紙の画像……「1321.前後での変化」「1357.変化した団体」参照

☆クラウドファンディングのサイト……「1241.資金を集める」「1267.伝わったこと」「1305.支援への礼状」「1321.前後での変化」参照

☆情報収集のついでに糸屋さんで買った……「1348.魔法の糸相場」「1349.多面的な情報」参照

☆サフロールさんの薬草園……「805.巡回する薬師」「0986.失業した難民」参照

☆みなさん、お怪我は……「738.前線の診療所」「739.医薬品もなく」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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