1364.無線機の広告
ラズートチク少尉が司令本部へ報告に跳び、魔装兵ルベルは一人で先程の廃ビルに戻った。
「これ、イケるんじゃないか?」
「しかし、非常に高価であります」
「でも、ランテルナ島の宿から傍受できそうですよね?」
食堂として使う一階の部屋で、工兵三人が雑誌を囲んで何やら盛り上がる。
「ただいまー」
「あ、ルベルさん、おかえりなさい」
「少尉殿はどちらへ?」
「報告に戻られましたよ」
食卓に雑誌が積んである。ラズートチク少尉と工兵班長ウートラが、アーテル本土で調達したものだ。
数冊が裏表紙を向けて並ぶが、ページを開いたものはなかった。
「インターネットが使えなくなってから、アーテルでは無線機が売れてるみたいんなんですよ」
魔装兵ルベルが空いた席に腰を落ち着けると、工兵マールトが一冊を指差した。彼が修めたのは、魔法の道具を作り出す【編む葦切】学派だ。科学の道具についてもある程度、詳しいらしい。
裏表紙は色刷りの広告面だ。各号それぞれ別のアマチュア無線機材を売り込む。
「ルベルさん、これはアーテルの相場で安い部類ですか?」
気象予報士の工兵ナヤーブリが、最も高価な機種を指差す。
魔装兵ルベルは正直に答えた。
「すみません。向こうではあんまり買物したコトないんです」
工兵マールトが広告の文字を指でなぞる。
「特別価格でご提供って書いてあるし、安いんじゃないか?」
「特別に高値で売りつけようとしているかもしれませんよ?」
工兵ナヤーブリは、不信感たっぷりの目を雑誌の広告に向けた。
工兵マーイが、積み重ねた中から一冊取った。
「予算がなければ、本国の無線機を持って来ればよいのであります」
「国内のは国内で使うから、地道にラジオを聞いた方がよくありませんか?」
ナヤーブリは卓上の小型ラジオに目を向けた。
北ザカート市は、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲で壊滅し、FM局が全て失われた。
AM放送ならば、ネモラリス共和国だけでなく、隣のラクリマリス王国も聞こえる。元はひとつの国だった為、分離独立前から残る電波塔で中継できる地域では、放送局が遠隔地にあっても受信できると教えられた。
だが、アーテル共和国は独立後、受信妨害を実施。魔装兵ルベルと魔哮砲の攻撃で軍の基地が壊滅するまで続いた。
一部地域では、ラクリマリスの放送を受信できるようになり、ルベルもランテルナ島の宿でAMシェリアクの放送を聞いた。
北ザカート市では、間にクブルム山脈が挟まる為、アーテルの放送は受信が困難だ。クブルム街道まで登れば辛うじて聞こえるが、音質はよくない。
ラズートチク少尉が持ち帰った情報で、ニュースの放送時間を確認し、街道に駐留する部隊が交代で放送内容を確認する。
少尉は数日に一度、アーテルのラジオニュースを取りまとめた報告書を司令本部に持ち帰る。大統領予備選の日は、速報を持って直ちに伝達した。
「そう言えば、少し前のラジオで、アーテル政府は持ち運びできるインターネットの小さい……えーっと、湖底ケーブルなしで人工衛星と直接繋がる機械を調達できた……みたいなコト言ってたから、アマチュア無線で傍受できるのって」
「民間なんですね」
ルベルがあやふやな記憶を手繰りながら言うと、ナヤーブリが肩を落とした。
民間企業の通信内容も、業種などによっては役に立つ可能性がある。
だが、諜報経験の浅い魔装兵ルベルには、何の業種のどの企業の通信を傍受すればいいか、見当もつかなかった。
目当ての企業があっても、アマチュア無線を使用するとは限らない。交換局を全滅させられず、固定電話が使える地区が残ったからだ。
「そもそも、機材が手に入らないのでは、手も足もでないのであります」
「アーテルは独立後に通貨を変えただけじゃなくて、本土では物々交換をやめましたからね」
ルベルは工兵マーイに頷いて、できない理由を並べた。
「可搬型衛星通信システムとやらの広告もみつけましたが、こちらは桁違いに高価でした」
ナヤーブリが雑誌のページを捲り、白黒ページの広告を示す。
ルベルは桁を数えて目を疑った。
「品薄で高騰したとは聞きましたが、ホントにゼロふたつ多いなんて……」
「これなら、新聞や雑誌で地道に調べた方がよさそうだよなぁ」
「クブルム街道でラクリマリスの回線を経由して、バルバツムやラニスタなど、アーテルと繋がる国の情報を調べるのもよさそうですよ」
「あぁ、その手があったんだ」
ナヤーブリの思い付きで、ルベルは気を取り直した。
ラズートチク少尉はとっくに実行済みだろう。
「在外公館が出した情報は、少尉が集めたでしょうから、それ以外で何か……」
言い掛けたルベルの目に広告のすぐ上にある記事が飛び込んだ。
星界の使者 仮復旧船の出航呼掛け
国際ボランティア団体「星界の使者」は、アーテル共和国周辺の湖底ケーブル修理費用をクラウドファンディングで集めたが、魔装兵ルベルら特命部隊が行った妨害工作でケーブル保守会社が手を引いた。
これを受け、星界の使者は、寄せられた善意の使途を仮復旧に変更するとの声明を発表。今度は、可搬式の衛星通信基地局を積んだ魔道機船をアーテル沖に停泊させるべく、通信事業者と交渉中だと報じる。
工兵たちも記事に目を通し、何とも言えない顔になった。
☆アーテル本土で調達したもの……「1362.情報を与える」参照
☆アーテルでは無線機が売れてる……「1293.ずれた解決策」参照
☆工兵マールト/工兵マーイ……「1217.工兵との会議」「1218.通信網の破壊」参照
☆工兵ナヤーブリ……「1219.白色の闇作戦」「1221.予期せぬ襲撃」参照
☆分離独立前から残る電波塔で中継できる地域……「602.国外に届く声」「666.街道の続きを」「0983.この国の現状」参照
☆アーテル共和国は独立後、受信妨害を実施……「0990.手伝いの依頼」「1004.敵の敵は味方」「1014.あの歌手たち」「1133.人・物・カネ」参照
☆ルベルもランテルナ島の宿でAMシェリアクの放送を聞いた……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
☆アーテル政府(中略)人工衛星と直接繋がる機械を調達……「1267.伝わったこと」参照
☆品薄で高騰……「1293.ずれた解決策」参照
☆湖底ケーブル修理費用をクラウドファンディングで集めた……「1241.資金を集める」参照
☆魔装兵ルベルら特命部隊が行った妨害工作……「1240.基地局の種類」参照
☆ケーブル保守会社が手を引いた……「1261.対クレーマー」参照




