0140.歌と舞の魔法
「はい。【歌う鷦鷯】学派の術は、全部が大掛かりな儀式で、呪文は歌です」
「歌の儀式……」
レノが独り言のような呟きを洩らす。
「えぇ。この学派の術は強力ですが、その分、膨大な魔力が必要です。大勢の術者が同時に呪文を唱えて賄うんですが、それでも足りない時は、力なき民の方に【水晶】を渡して参加してもらうそうです」
薬師アウェッラーナの説明にレノが確認する。
「音痴だったら、使えませんよね」
「そうですね」
みんな、思わずニヤリとする。
それを聞いて、クルィーロは思い出した。
「そう言えば、踊りの方は聞いたコトあるな。【踊る雀】学派。こっちも、力なき民が一人でするのは無理だけど、大勢でやる【泉穿つ舞】とかは手伝えるって」
「その泉なんとかって、どんな術?」
レノが興味津々で聞く。
「井戸掘りの術だってさ」
「踊りで井戸が掘れンのかッ?」
メドヴェージが声を裏返らせた。
「俺らは何カ月も苦労して、穴掘ってるってのに……」
「魔法でも結構大変みたいですよ。一度見たことがあるんですけど、二十人くらいで輪になって踊るんです。井戸一本掘るのに八時間くらい掛かって、その間ずっとお休みなしで踊り続けるんです」
アウェッラーナの説明にメドヴェージが息を呑む。
「……飲まず食わずでか?」
「えぇ。動きも激しいですし、私にはとても真似できません」
湖の民の薬師が言うと、メドヴェージはどっちも楽じゃねぇな、と首を振って苦笑した。
……それって、フツーに重機で穴掘った方が楽じゃないのか?
クルィーロは、儀式魔術についてよく知らない。思わずそんなことを考えたが、レノたちの手前、口には出さなかった。
「お歌の魔法、ちょっとだけ習ったよ」
アマナが算数の教科書から顔を上げた。計算に飽きたらしい。
「えっ? 最近は小学校で魔法の授業、あんのか?」
「うぅん。音楽の時間に、先生がプリントくれたの」
アマナはそう言ってクルィーロの傍へ戻り、鞄から音楽の教科書を出した。間に挟んだプリントを広げて兄に見せる。
「魔法の歌」と言う表題だ。
先程、アウェッラーナが説明したことが、簡単な言葉で少し詳しく書いてある。
呪文が歌の形式を取る術は、【歌う鷦鷯】だけでなく、【青き片翼】など他の学派にも少しある。
力ある言葉で歌詞を作り、魔力を乗せて歌えば、魔法としての効果を持つ……と言う趣旨のことも書いてあった。
「えっ? 呪文って新しく作れるのか?」
クルィーロは驚いてアマナに聞いた。
小学生の妹が、自信なさそうに小さく頷く。
「音楽の先生は、ちょっとだけならできるって言ってたよ」
「そうなんだ。呪文って、ガッチリ決まってるもんだと思ってたよ」
アウェッラーナも、プリントにざっと目を通して言った。
「力ある言葉の組み合わせ方で、効力の指定などが変わりますから、理屈の上では幾らでも作れるでしょうね」
「えっ? じゃあ、何か新しく凄い術を作れたりとか」
「力ある言葉は、自然言語とは全く違うんです。知識のない人だと、ひとつの呪文に効果を打消し合う言葉を使って、何の効力もない……なんてことも」
レノの期待に満ちた質問に、【思考する梟】学派の術者は首を横に振りながら答えた。
「それができる方は、導師の称号をお持ちですね」
幼馴染と目が合う。クルィーロはその答えを頭の中で反芻し、肩を竦めた。
「まぁ、俺は……昔っからある呪文もロクに覚えちゃいないし、力ある言葉もよくわかってないから、新しく作るなんてムリだけどな」
「どうしても、ムリ?」
アマナが、がっかりした声で言い、兄を見上げる。
クルィーロは苦笑した。
「あぁ。ゴメンな。兄ちゃん、魔法の勉強サボってたから。ちゃんとした呪文もちょっとしか知らないんだ。兄ちゃんは悪い見本だから、勉強できる時にはちゃんとやっとくんだぞ」
「えー……あー……まぁ……うん」
アマナは不満を漏らしたが、渋々頷いて算数の勉強に戻った。
メドヴェージが忍び笑いを漏らす。クルィーロと目が合うと、肩を竦めてニヤリと笑った。




