0014.悲壮な突撃令
「ヤブじゃない医者に殺されるなんてな」
年配の兵が口許を歪めた。
リストヴァー自治区は、医療機関の再建も半ばだ。
十年前にアーテル共和国のキルクルス教団が寄付を募り、聖星道リストヴァー病院を建ててくれた。だが、医師も薬も足りない。
大病や大怪我は、このゼルノー市立中央市民病院に回される。それも、治療費を払える場合に限られた。
ソルニャーク隊長が脇を締め、弾の尽きた小銃を槍のように構えた。
隊員七名は、固唾を飲んで指示を待つ。
万策尽きた中で、同胞の死すら自分の力に変える邪悪な魔法使い相手に、何ができるのか。
隊長は胸の前で、聖なる星の道の円を描き、説明した。
「このまま何もせずにいても、むざむざ殺されるのを待つだけだ」
言われるまでもない。
全員、こくりと頷く。
「ならば、聖者キルクルス様のご加護を信じて、突破を試みよう」
隊員は灰色の水壁に目を向けた。人の上半身と同じ大きさの瓦礫が流れている。あの激流に身を投じるというのか。
少年兵モーフが投げつけたファイルは、飛沫すら上げず、呑み込まれた。今は、瓦礫と共に灰色の水の中で翻弄されている。
魔力を持たない人間の力で、死者の魔力をも利用する邪悪な魔法使いに対抗できるのか。
「水の厚さはわからない。薄ければ、突破できる可能性も皆無ではない」
厚かった場合は、言うまでもない。
死体を焼いた灰で濁り、壁の厚さはわからない。
幅と高さは、手榴弾で吹き飛ばした廊下側の壁と同じだ。
義勇兵は、水壁で塞がれた診察室に閉じ込められている。
……あの塊が完全に漬かってるってことは、分厚いんじゃねぇのか?
少年兵モーフは、大きな瓦礫が水壁の中を流れても、全く水から出ないことに気付いた。だが、他に手段はない。
無意識に胸の前で、聖なる星の道の楕円を描く。
リストヴァー自治区のメディアも学校も、大人たちはみんな、口を揃えて「魔力がないんだから仕方がない」と手を替え品を変え、子供たちに諦めを植え付けた。貧しさもひもじさも、生まれた時からずっとそうで、他を知らなければ、それが当たり前になる。
リストヴァー自治区は、完全に隔絶されている訳ではない。
自治区内の農地だけでは到底、住人を養えない。工業製品を売った金で、自治区外の水や食料品を買わなければならなかった。
素材や製品の輸出入は、ゼルノー市など自治区外の総合商社が行う。グリャージ区の港で積み降ろし、検問所を経て陸路で自治区に運ばれる。
自治区で製造した工業製品は、安く買い叩かれる。
それを売買する外部の商社は儲かっているようだが、自治区民の経済状況が良くなる兆しは、一向になかった。
高額な輸送費が差し引かれるからだ。
それでも、払うしかない。輸送を断られると、自治区の経済は破綻してしまう。
自治区外の物や情報が入って来る。
イヤでも外の豊かな暮らしを知ってしまう。
知らなければ、貧しくても幸せでいられるのに。
力なき聖者を信仰するなら、豊かな暮らしをしてはいけない、などと言う扱いに甘んじていい筈がない。
魔力がないなら、何もかも諦めろと言われ、納得できる筈がなかった。
……こんな所で諦めたら、あいつらの言う通りになっちまうじゃねぇか。
少年兵モーフは顔を上げ、立ちはだかる壁に向き直った。
ソルニャーク隊長の声が、静かに指示を出す。
「なるべく身を屈めて、銃を盾にしてつっきれ」




