表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十七章 困却

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1399/3509

1362.情報を与える

 クブルム山脈の木々が、すっかり葉を落とした。裾野に広がる常緑樹が裸木の山を縁取る。

 魔装兵ルベルたちは【鎧】の各種防禦の術で守られてわからないが、ラキュス湖から吹く風は、すっかり冷たくなったらしい。


 ネーニア島西部に位置する北ザカート市は、瓦礫の撤去をほぼ終えた。

 更地に低層の廃ビルが点在する景色は、以前よりも寒々として見える。


 ラズートチク少尉と工兵班長ウートラが、拠点のひとつとして使う廃ビルに戻った。アーテル本土の調査から持ち帰ったのは、現地の新聞と雑誌の束だ。

 「尋問する。ルベル、記録を頼む」

 「了解」

 魔装兵ルベルは、新聞一部と雑誌を一冊だけ持った少尉について行く。



 パジョーモク議員はガラスのない窓から、真新しいアスファルトの黒が目にしみる更地を眺めていた。【制約】の術で、ラズートチク少尉の許可がない限り、この部屋とトイレ以外の場所には行けない。

 ルフス光跡教会で捕えた時の夏服で、着の身着のままだが、力なき民の議員が寒がる様子はなかった。

 暖房器具はないが、部屋に掛けられた【耐寒】の術で、室温は低くない。


 部屋に入るなり、ラズートチク少尉が力ある言葉で命じる。

 パジョーモク議員は全く抵抗できず、窓辺から部屋の中央に置かれた椅子まで歩かされた。顔は屈辱に(ゆが)むが、自らの意思では声を発することすらできない。

 少尉は新聞を手渡して、術の強制から解放した。


 「パジョーモク議員。座って、ゆっくりお読み下さい」

 魔装兵ルベルは部屋の隅に三脚を据え、少尉がにこやかに話し掛けるところから動画を撮り始める。タブレット端末の画面には、パジョーモク議員の困惑と疑念に満ちた顔が映し出された。


 「これは……?」

 「数日前の湖南経済新聞です」

 この距離なら、映り込んだ題字でそれとわかる。アーテル版だ。

 一面トップは大統領予備選の結果で、本選に進む三人の候補者の雁首(がんくび)写真と略歴の表、得票率の円グラフが一際(ひときわ)目を引く。

 パジョーモク議員は立ったまま、貪るように読み耽った。



 「どなたか、お知り合いでも載っていましたか?」

 ラズートチク少尉が、一面を読み終えた頃合いを見計らって声を掛ける。

 パジョーモク議員は湖南語の声に頷き、久し振りの紙面から顔を上げた。

 術で強制するまでもなく、話し始める。

 「あの……本当にザーイエッツさんが落選したんですか?」

 「湖南経済が嘘を書くとでも?」

 「い、いえ、あんまりにも意外だったので」

 「ザーイエッツと言う人物は、当選して当然なのですか?」


 ネモラリス共和国の国会議員は、再び新聞に視線を向けた。

 「こんな……イロモノやポッと出の新人に負ける候補では……」

 「パジョーモク議員、ネモラリス人のあなたが何故、アーテルの政治家に詳しいのですか?」

 「それはまぁ、その……以前から付き合いがありましたので……」


 隠れキルクルス教徒の国会議員は、高飛びしたアーテル共和国からネモラリス領内に連れ戻され、この廃ビルで軟禁生活を送って数カ月経つ。

 開き直ったのか、命乞いのつもりなのか、すっかり口が軽くなった。


 少尉が視線で説明を促す。

 「ザーイエッツ氏は、星道の碑党の党員です」

 「せいどうのいしぶみとう……とは?」

 ラズートチク少尉は、何も知らないフリで聞き返した。

 「星道の職人……聖典の奥義を修めた敬虔なキルクルス教徒で、高い技術を有する職人の政治団体です。構成員は基本的に職人ですが、紹介があれば、一般人も賛助会員として加入できます」

 「技術集団……支持基盤がしっかりした候補だったのですか?」


 魔装兵ルベルは、パジョーモク議員がしっかり頷く様子を動画に収めた。


 「星道(せいどう)(いしぶみ)党の擁立候補が殺害されたので、代わりに出馬したのですよ」

 「アーテルでは、そんな急に出馬できるものなのですか?」

 「まだ届け出期間中でしたから……党内には、ポデレス大統領のアーテル党との合流を主張する声もあって、調整に手間取ったそうですが、結局、時間がなかったので公認なしではありますが、出馬はできたそうです」

 「どなたから聞かれました?」

 「ご本人です」

 パジョーモク議員はするりと答えた。


 「そのザーイエッツ候補がどのような人物か、詳しくお聞かせ願えませんか」

 ラズートチク少尉は全く動じる気配もなく、淡々と問いを発する。

 「星道(せいどう)(いしぶみ)党の看板とも言える大物政治家です。党首の名を知らなくても、彼の名を知らぬ者はないと言われる程の有名人です」

 「凄まじい知名度ですね」

 ラズートチク少尉が感心してみせる。


 「党首の経験こそありませんが、長年、幹部を務めましたし、財界でも金属加工業組合や、経済同友会の会頭の経験があって、顔が広いのですよ」

 「何の職人なのですか?」

 「金属加工……鍛冶職人です。対魔獣特殊作戦群が使用する武器を鍛造するそうです」

 「アーテルは独立後、科学文明国となった筈ですが、昔ながらの剣を作るのですか?」

 「そうです。刀鍛冶の(かたわ)ら、機械部品の会社を(おこ)して、復興特需に上手く乗ったお陰で、事業が急成長したそうです」


 ザーイエッツ候補の経歴を語る顔は、心なしか嬉しそうだ。


 「技術も確かで、何かの……小説とのコラボレーションとやらで、実演動画を公開してからは、若者の間でも人気に火が()いたそうです」

 「政財界だけでなく、幅広い年齢層に影響力を持つ人物なのですね。ところで、これをどう思われますか?」

 ラズートチク少尉は、アーテル共和国内で調達した写真週刊誌を開き、隠れキルクルス教徒の議員に向けた。


 「そんな馬鹿な……」

 パジョーモク議員の手から新聞が落ち、足下を覆う。

 タブレット端末の画面には、血の気の引いた顔が映った。

☆隠れキルクルス教徒の国会議員は、高飛び……「0996.議員捕縛命令」参照

☆……「1070.二人の行く先」参照

星道(せいどう)(いしぶみ)党……「868.廃屋で留守番」「870.要人暗殺事件」参照

☆ザーイエッツさんが落選……「1345.当落要因分析」参照

星道(せいどう)(いしぶみ)党の擁立候補が殺害された……「0998.デートのフリ」参照

☆ポデレス大統領のアーテル党との合流を主張……「1152.大統領の演説」「1345.当落要因分析」参照


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ