1361.お互いの情報
「昨日、俺たち二人でレフレクシオ司祭ンとこ行って来たんだ」
ラゾールニクが、タブレット端末をファーキルに寄越す。
同志が、アーテル共和国のルフス光跡教会に派遣されたレフレクシオ司祭に貸し与えたものだ。
支援者マリャーナ宅のパソコン部屋には、ファーキルの他、ラゾールニクとクラウストラだけが居る。
「いつも通り、直接話しはしなくて、向こうの情報はここに入れてくれてる」
「今回は何の情報を入れればいいですか?」
今日のクラウストラは、前回の秘書風とは打って変わって、あどけない顔立ちに合わせた子供っぽい服装だ。
ファーキルは、預かった端末を充電器に挿して電源を入れた。
前に教わったフォルダを開いて日誌ファイルの存在を確認し、クラウドを経由せず、メールでパソコンに送る。
二人は既に中身を見たらしく、黙ってファーキルの作業を見守った。
〈ルフス光跡教会は表向き、大統領選挙には口出ししない姿勢を見せる。
教会敷地内の宿舎には、教団関係者ではなさそうな人々が出入りした。〉
レフレクシオ司祭はほぼ軟禁状態だが、司祭館に与えられた自室の窓から人の出入りを観察し、細かく記録してくれた。
テキストの記録は、敷地内に乗用車が入った日時と回数、建物に入った人々の性別、人数、人相風体、凡その年齢、服装など多岐に亘る。選挙前夜が最も多く、翌日以降はパッタリ止んだ。
流石に誰と会ったかまではわからない。
向こうも用心したのか、ルフス光跡教会を訪れた者は毎回、別人だったらしい。
……湖南語わかんなくても、こんなに調べられるものなんだなぁ。
ファーキルは、バンクシア人のレフレクシオ司祭の努力に感心した。
逆に言葉がわからないからこそ、教団関係者が彼の前でうっかり重要な話をしたかもしれないが、湖南語がわからないのでは、仕方がない。
窓越しに写真を撮るのも、バレた時にどうなるか知れたものではなく、情報は全て共通語のテキストだ。
「で、それを元に選挙期間中の来客一覧を作って欲しいんだ」
「このくらいなら、今日中にできそうです」
「予備選の結果と捕食の詳細、共通語版をメールの下書きに入れたから、湖南語版とまとめて本体に保存したげてね」
ファーキルは、クラウストラに言われるまま作業を進めたが、ファイルの中身を思い出して手が止まった。
「あの……これ、ホントにこのまま入れるんですか?」
「両方入れとけば、湖南語のお勉強もできるでしょ?」
黒髪の少女はケロリとした顔で答える。
サイズを見た限り、現場写真入りのファイルだ。
「あの礼拝の時もあんまり動じてなかったし、平気ヘーキ」
「えぇっ……?」
「あの人、目の前で魔獣が人間食い殺すの見ても腰抜かさなくて、燭台で戦おうとしたのよ」
「レフレクシオ司祭って、力なき民……ですよね?」
「多分……ね」
クラウストラは自信なさそうに目を逸らした。
……写真、ムリだったら、自分で削除するだろうし、ま、いっか。
ファーキルは、凄惨な現場写真入りのファイルを添付して、同志数人で共用するフリーメールのアドレス宛に送った。
クラウストラが司祭の端末を操作し、受信メールからファイルをダウンロードする。三人で額を寄せ合い、本体に保存できたのを確認した。
「そっち、どう? 何か変わったコトあった?」
「いえ、特に何も……通信途絶のせいでアーテルの情報がありませんから」
「衛星移動体通信のシステムを手に入れたとか言っても、回線が貧弱だから、役所同士でテキストメールを遣り取りするだけで精一杯なんだろうな」
どうやら、ラゾールニクは「情報がない」のを確めたかったらしい。
特にがっかりした風もなく、司祭用の端末を受け取って掌で弄ぶ。
ファーキルはホッとしてパソコン画面に視線を戻したが、すぐ振り向いた。
「あ、そうだ。ラクエウス先生が、もし、レフレクシオ司祭が最近の“星界の使者”のコト知ってたら、教えて欲しいって言ってました」
「わかった。伝言用のフォルダに質問置いとく。他はない?」
「んー……特にないと思います」
「そのまとめは、来週までにまとめてくれたらいいよ。じゃ」
ラゾールニクが司祭の端末を持つ手を小さく振り、クラウストラと連れ立ってパソコン部屋を出た。
急がないとは言われたが、間でどんな用事が入るかわからない。
一人に戻ったファーキルは、レフレクシオ司祭が共通語で記録した情報にじっくり目を通した。
ルフス光跡教会の司祭館に訪問者があった日時、人数、服装、風貌、性別、凡その年齢、出て行った時間を一覧表にまとめる。
期間は、第一回予備選の一カ月後から、第二回予備選前夜までだ。
トイレに行くフリなどで接触を試みて、何度か廊下ですれ違えた。
幾つか固有名詞を書き残した日もあるが、記録が共通語なので、湖南語からの転写が、聞き取った発音の通りではない可能性が高い。
何度も繰り返して声に出してみたところ、ひとつは「シストス」と読めた。
他の固有名詞らしきものは、湖南語の聞き取りがまだ不得手なレフレクシオ司祭が共通語で書き取った為、色々読み方を変えて試みても原型がわからなかった。
……シストスってどっかで聞いたような名前だな。
後で調べることにして作業を進める。
日誌の最新の日付には、ようやく礼拝に出してもらえるようになったとあった。
〈礼拝に訪れる信者が減ったらしい。
露骨な客寄せで、率直に言えば、不愉快ではある。
連続爆破と魔獣の出現で、市民の外出には危険が伴う。
危険を冒して教会を訪れる人々の悲しみに少しでも寄り添えればと思う。〉
それでも、レフレクシオ司祭は教会の敷地外に出してもらえず、礼拝の後で信者から聞く話から外部の様子を探るしかない。
ファーキルは、聖職者らしいメモの言葉に複雑な思いでデータをまとめた。
☆前回の秘書風……「1344.投票所周辺で」~「1346.安定には遠く」参照
☆レフレクシオ司祭はほぼ軟禁状態……「1255.被害者を考察」参照
☆ファイルの中身……「1344.投票所周辺で」~「1346.安定には遠く」参照
☆あの礼拝の時もあんまり動じてなかった……「1072.中途半端な事」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆通信途絶……「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照
☆衛星移動体通信のシステムを手に入れた……「1225.ラジオの情報」「1257.不備と不手際」「1293.ずれた解決策」「1344.投票所周辺で」参照




