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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十七章 困却

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1357.変化した団体

 「あなたに教えて欲しいことがあるんだけど、いいかしら?」

 「何でしょう?」

 運び屋フィアールカが口調を改め、ベッドに腰掛けたクフシーンカは居住いを正した。


 「星界(せいかい)の使者って慈善団体のコト」

 「よく救援物資を送って下さるところですが、どうされました?」

 「自治区にとって、どんな団体か知りたいの」


 本当の理由は別にありそうだが、クフシーンカは聞き出すのを諦めた。


 「星界の使者は、本部がバルバツム連邦にあります。自治区の成立以来、ずっと支援して下さいました。この団体のお力添えがなければ、ここの人口はもっと減ってしまったでしょう」

 「自治区ができた当時は、どんな支援をしてたの?」

 「医療支援でした。当時の代表がお医者さんで……」



 リストヴァー自治区から留学生を受け容れ、バルバツム連邦の大学で、医学と薬学、看護学を学ばせてくれた。卒業後は、代表が理事を務める病院で、医療者の臨床研修も行った。

 並行して、医薬品やワクチン、栄養剤、最新の知見が掲載された医学雑誌なども大量に寄付し、聖星道(せいせいどう)リストヴァー病院の設立にも資金面で多大な援助をしてくれた。留学生は帰国後、同病院やリストヴァー大学医学部などで、現在も活躍中だ。

 その後も毎年、継続してワクチンや医薬品の寄付を届けた。



 「何年か前……代表者が今のお方に代わられてからは、医療方面の支援が少なくなりましたが、代わりに食糧支援が手厚くなりました」

 「どうして代わったの?」

 「そう言えば、どうしてだったかしら……? 弟の事務所に当時のお手紙が残っておりますので、ご入用でしたら、探して参りますが」


 何年前に交代したか、はっきり思い出せないが、寄付目録の綴りを探せば、すぐにみつかるだろう。


 「ありがとう。助かるわ。来週また来るわ。何か要る物や知りたいコト、あるかしら?」

 「今、戦争がどうで、いつ終わるかが、みなさんの関心事ですわね」


 クフシーンカは、ネモラリス政府軍が、魔装兵の部隊をキルクルス教徒が暮らすリストヴァー自治区に送り込んだ件を伝えた。


 「教会で堂々と礼拝を聞くのには驚きましたけれど、何か酷いコトをされたワケではありませんから、特に苦情などは出ておりません」

 「あら、意外と冷静ね。異教徒をつまみ出せって騒ぐ人が居ると思ったわ」

 緑髪の魔女が、髪と同じ色の瞳を丸くする。

 クフシーンカは、複雑な思いを押し込めて答えた。

 「星の(しるべ)が大人しくなりましたから」

 「平和でいいんじゃない? 政府軍の魔装兵と星の標が市街戦とかやんなくて」


 クフシーンカの仕立屋は、星の標とネミュス解放軍の戦闘に巻き込まれ、現在は更地だ。隣接する住居が無事だっただけでも、よしとするしかない。


 「クルブニーカ市の防壁再建工事、政府軍の工兵部隊が進めてるから、そのついでに自治区にも駐留させてるのかもね」

 「近々、立入制限が解除されそうなんですの?」

 クフシーンカは老いた胸を期待で膨らませた。

 「まだ完成には遠いし、他のインフラ復旧工事もしなくちゃだし、すぐってワケにはゆかないでしょうね」

 「製薬会社や住民が戻るのは、何年も先なのですね」

 存命中にその日を迎えられる望みは薄いが、確実に復興が進みつつあるとわかっただけでも、視界が明るくなった。


 「戦争は、アーテル側が、通信途絶と市街地の連続爆破と魔獣の被害で、ネモラリスを攻撃するどころじゃなさそうね」

 「このまま終わってくれればよろしいのですけれど……」


 あの冬の日に突然、宣戦布告を言い渡され、間髪入れずに絨緞爆撃されたネモラリス共和国は、戦意が薄かった。

 戦う意思があったところで、半世紀の内乱からの痛手が癒えておらず、復興費用が国庫を圧迫して、戦費を捻出できない。

 ネモラリス政府軍は防戦一方だが、業を煮やした一般人が、ゲリラとなってアーテル領内で活動を続ける。



 「最近は品薄で値上がりして、なかなか手に入らないんだけど、もし手に入ったら、インターネットの衛星移動体通信のシステムを一式、救援物資に紛れ込ませるから、フェレトルム司祭にそれとなく渡してくれないかしら?」

 「衛星……?」

 初めて耳にする名称で、憶えきれなかった。

 「通信機器よ。フェレトルム司祭なら、多分、見ればわかると思うけど……調達できたら、届く前に連絡するから、星の(しるべ)の手に渡らないように気を付けてあげてね」

 「わかりました。いつも何から何までありがとうございます」

 緑髪の魔女は、クフシーンカに微笑を向けて呪文を唱え、寝室から姿を消した。



 翌朝、クフシーンカは久し振りにラクエウス議員の事務所へ足を運んだ。

 戦闘に巻き込まれずに済んだが、無人のここは寒々として、知らない場所に見える。書棚から寄付の目録を綴ったファイルを抜き出し、慈善団体“星界の使者”からの手紙を探す。

 程なくみつけ、鞄に入れて東教区の教会へ向かった。


 グリャージ港に救援物資が届いたらしい。

 「元の奴より立派な設備が揃ってたぞ」

 東教会の前庭に荷を降ろすトラックの運転手が、手伝いの男性たちに言う。

 「じゃあ、本格的に復旧したってコトか?」

 「人さえ居りゃ、そう見えるけどな」


 仮復旧だった港の設備は整ったが、かつて周辺にあった企業は、立入制限で戻れない。自治区外の港湾労働者は、日が落ちる前に魔法や魔道機船でゼルノー市の港を離れ、安全な場所に引揚げてしまう。

 港湾施設が整い、ゼルノー市やクルブニーカ市の防壁復旧工事などは捗ったようだが、立入制限が解除されない限り、日没後も留まるのは政府軍と、仮設病院の職員だけだった。


☆星界の使者……「1321.前後での変化」「1322.若者への浸透」参照

☆ネモラリス政府軍が、魔装兵の部隊をキルクルス教徒が暮らすリストヴァー自治区に送り込んだ件……「1287.医師団の派遣」「1326.街道の警備兵」「1327.話せばわかる」参照

☆仕立屋は、星の(しるべ)とネミュス解放軍の戦闘に巻き込まれ、現在は更地……「0991.古く新しい道」参照

☆クルブニーカ市の防壁再建工事……「1257.不備と不手際」参照

☆あの冬の日に突然、宣戦布告……「0078.ラジオの報道」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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