1357.変化した団体
「あなたに教えて欲しいことがあるんだけど、いいかしら?」
「何でしょう?」
運び屋フィアールカが口調を改め、ベッドに腰掛けたクフシーンカは居住いを正した。
「星界の使者って慈善団体のコト」
「よく救援物資を送って下さるところですが、どうされました?」
「自治区にとって、どんな団体か知りたいの」
本当の理由は別にありそうだが、クフシーンカは聞き出すのを諦めた。
「星界の使者は、本部がバルバツム連邦にあります。自治区の成立以来、ずっと支援して下さいました。この団体のお力添えがなければ、ここの人口はもっと減ってしまったでしょう」
「自治区ができた当時は、どんな支援をしてたの?」
「医療支援でした。当時の代表がお医者さんで……」
リストヴァー自治区から留学生を受け容れ、バルバツム連邦の大学で、医学と薬学、看護学を学ばせてくれた。卒業後は、代表が理事を務める病院で、医療者の臨床研修も行った。
並行して、医薬品やワクチン、栄養剤、最新の知見が掲載された医学雑誌なども大量に寄付し、聖星道リストヴァー病院の設立にも資金面で多大な援助をしてくれた。留学生は帰国後、同病院やリストヴァー大学医学部などで、現在も活躍中だ。
その後も毎年、継続してワクチンや医薬品の寄付を届けた。
「何年か前……代表者が今のお方に代わられてからは、医療方面の支援が少なくなりましたが、代わりに食糧支援が手厚くなりました」
「どうして代わったの?」
「そう言えば、どうしてだったかしら……? 弟の事務所に当時のお手紙が残っておりますので、ご入用でしたら、探して参りますが」
何年前に交代したか、はっきり思い出せないが、寄付目録の綴りを探せば、すぐにみつかるだろう。
「ありがとう。助かるわ。来週また来るわ。何か要る物や知りたいコト、あるかしら?」
「今、戦争がどうで、いつ終わるかが、みなさんの関心事ですわね」
クフシーンカは、ネモラリス政府軍が、魔装兵の部隊をキルクルス教徒が暮らすリストヴァー自治区に送り込んだ件を伝えた。
「教会で堂々と礼拝を聞くのには驚きましたけれど、何か酷いコトをされたワケではありませんから、特に苦情などは出ておりません」
「あら、意外と冷静ね。異教徒をつまみ出せって騒ぐ人が居ると思ったわ」
緑髪の魔女が、髪と同じ色の瞳を丸くする。
クフシーンカは、複雑な思いを押し込めて答えた。
「星の標が大人しくなりましたから」
「平和でいいんじゃない? 政府軍の魔装兵と星の標が市街戦とかやんなくて」
クフシーンカの仕立屋は、星の標とネミュス解放軍の戦闘に巻き込まれ、現在は更地だ。隣接する住居が無事だっただけでも、よしとするしかない。
「クルブニーカ市の防壁再建工事、政府軍の工兵部隊が進めてるから、そのついでに自治区にも駐留させてるのかもね」
「近々、立入制限が解除されそうなんですの?」
クフシーンカは老いた胸を期待で膨らませた。
「まだ完成には遠いし、他のインフラ復旧工事もしなくちゃだし、すぐってワケにはゆかないでしょうね」
「製薬会社や住民が戻るのは、何年も先なのですね」
存命中にその日を迎えられる望みは薄いが、確実に復興が進みつつあるとわかっただけでも、視界が明るくなった。
「戦争は、アーテル側が、通信途絶と市街地の連続爆破と魔獣の被害で、ネモラリスを攻撃するどころじゃなさそうね」
「このまま終わってくれればよろしいのですけれど……」
あの冬の日に突然、宣戦布告を言い渡され、間髪入れずに絨緞爆撃されたネモラリス共和国は、戦意が薄かった。
戦う意思があったところで、半世紀の内乱からの痛手が癒えておらず、復興費用が国庫を圧迫して、戦費を捻出できない。
ネモラリス政府軍は防戦一方だが、業を煮やした一般人が、ゲリラとなってアーテル領内で活動を続ける。
「最近は品薄で値上がりして、なかなか手に入らないんだけど、もし手に入ったら、インターネットの衛星移動体通信のシステムを一式、救援物資に紛れ込ませるから、フェレトルム司祭にそれとなく渡してくれないかしら?」
「衛星……?」
初めて耳にする名称で、憶えきれなかった。
「通信機器よ。フェレトルム司祭なら、多分、見ればわかると思うけど……調達できたら、届く前に連絡するから、星の標の手に渡らないように気を付けてあげてね」
「わかりました。いつも何から何までありがとうございます」
緑髪の魔女は、クフシーンカに微笑を向けて呪文を唱え、寝室から姿を消した。
翌朝、クフシーンカは久し振りにラクエウス議員の事務所へ足を運んだ。
戦闘に巻き込まれずに済んだが、無人のここは寒々として、知らない場所に見える。書棚から寄付の目録を綴ったファイルを抜き出し、慈善団体“星界の使者”からの手紙を探す。
程なくみつけ、鞄に入れて東教区の教会へ向かった。
グリャージ港に救援物資が届いたらしい。
「元の奴より立派な設備が揃ってたぞ」
東教会の前庭に荷を降ろすトラックの運転手が、手伝いの男性たちに言う。
「じゃあ、本格的に復旧したってコトか?」
「人さえ居りゃ、そう見えるけどな」
仮復旧だった港の設備は整ったが、かつて周辺にあった企業は、立入制限で戻れない。自治区外の港湾労働者は、日が落ちる前に魔法や魔道機船でゼルノー市の港を離れ、安全な場所に引揚げてしまう。
港湾施設が整い、ゼルノー市やクルブニーカ市の防壁復旧工事などは捗ったようだが、立入制限が解除されない限り、日没後も留まるのは政府軍と、仮設病院の職員だけだった。




