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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十七章 困却

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1356.戦時下の民意

 クフシーンカが、そろそろ寝ようと寝室に入った途端、声を掛けられた。

 「こんばんは。お元気そうでよかったわ」

 「あなたもご無事で何よりです」


 運び屋の訪問は、いつも突然だ。

 緑髪の魔女は人知れず【跳躍】の術で侵入し、クフシーンカにリストヴァー自治区の外で起きた出来事を教える。

 連絡手段が「直接会って話す」しかなく、定期連絡では、お互いに大した用がない時にも時間を作らねばならず、負担が大きくなる為、仕方がなかった。


 力なき民の老女には、この魔女の侵入を拒む力などない。

 キルクルス教徒のクフシーンカにとって、魔法で家に出入りされるのは、決して気持ちのいいことではない。だが、運び屋フィアールカが持ち込むのは、いつも有益な情報と物資だった。



 クフシーンカはベッドに腰掛け、フィアールカは扉の脇に立って話し始めた。

 「アーテルの大統領予備選、予定から一カ月くらい遅れたけど、実施されたわ」

 「戦争中でもしたのですね」

 「内乱中も、してたわよね」

 「通知も何も届きませんでしたけれど」



 当時のクフシーンカたちは、迫害から逃れる為、ネモラリス島からネーニア島に渡り、転々として暮らした。

 親友のカリンドゥラとフリザンテーマ姉妹との文通は細々と続けたが、役所には半世紀の内乱が終わるまで、転居先を届けられなかった。

 極少数の身内や親友など、ほんの一握りの者しか信じられない時代だったのだ。



 「投票率、三割にも届かなかったけど、二月に本選するって決まったわ」

 クフシーンカは、アーテル政府の強引さに声も出ない程、驚いた。



 内乱中、家族を喪った弟のハルパトールは、政治活動にのめり込んだ。

 低い支持率で議員となった者たちは、ラキュス・ラクリマリス共和国の内戦に終止符を打つべく、協議を重ねた。

 当時の議員は大半がどこかの武装組織に所属し、信仰と政治的信条などに生命を懸けて、議会の内外に於いて文字通りの意味で戦った。


 内乱後、クフシーンカの弟も、自治区民の生活再建がままならず、投票率が低い中で国会議員となった。

 元音楽家として出馬したクフシーンカの弟竪琴奏者(ハルパトール)は、国会議員となってからは「(ラクエウス)」と呼ばれるようになった。



 「今回、第二回予備選を通過して、本選に進出できたのは、現職のポデレス大統領と、音楽家でファンが多いヒュムヌス候補、それから、無所属の新人ミェーフ候補よ」

 「新人さんが通ったの?」

 「まだ二十代で最年少よ」

 運び屋フィアールカは、クフシーンカの驚きに短く答え、タブレット端末片手にベッドの傍へ来た。手帳程の小さな画面には、星光新聞アーテル版を撮った写真が表示してある。

 一面で、トップ記事は予備選の結果。クフシーンカの目は、円グラフに吸い寄せられた。フィアールカの指が画面を撫で、円グラフが大写しになる。


 全体の投票率は、二十三.五パーセントしかなかった。


 「ネモラリス軍は、アーテルに空襲をしておりませんよね?」

 「えぇ。でも、通信途絶でインターネット投票ができなくて、魔獣がいっぱい出て、外出を控える人が増えたから、そんな状態で二割以上が投票したのって、逆に凄いんじゃないかしら?」

 運び屋の瞳には、半ば面白がる色が浮かぶ。


 通信途絶と魔獣出現の件は以前、この魔女から教えてもらった。

 クフシーンカは、アーテル共和国の街が、敵の見えない戦場になったのだと想像した。


 「確かに内乱中も選挙はあったけれど、ここまで投票率が低かった憶えはありません」

 「あの頃はみんな、自分の信仰や信条の為に命懸けで投票所へ行ったもの」

 「今のアーテルは違うと言うの?」


 ……あんなに血を流してまで、民主主義の政体とキルクルス教の信仰を勝ち取って、独立したと言うのに?


 「投票日の朝早く、あちこちの投票所の前で、魔獣が人を食い殺したから、行くに行けなかった人が多かったんじゃないかしら?」

 「何ですって?」

 「同志に現地の様子を見に行ってもらったんだけど、新聞には一件も載らなかったのよ」


 クフシーンカは、言葉もなかった。

 恐怖と混乱を抑える為に報道規制を敷いたのは想像に(かた)くない。


 「被害状況とかは調査中よ。元々争点が薄かったし、命を捨ててでも選挙って人が少なくても、仕方ないわよね」


 魔哮砲戦争については、ネモラリスとの徹底抗戦を叫ぶ声が大きく、報道も戦意昂揚系が多かった。

 ヒュムヌス候補は、全候補者で唯一人、平和を訴えた。

 掲げた公約はたったひとつ。「魔哮砲戦争の終結」だ。

 低投票率の中、マスコミが大して相手にしなかった泡沫候補が、得票率二位で予備選を通過した意味は大きい。


 ルフス工業団地計画の件は、通信途絶でそれどころではなくなった。

 ポデレス大統領は再開発の準備を進めるが、既に決定し、行政機関が実行に着手した政策なら、誰が大統領になっても後は同じだ。

 ミェーフ候補は、工業団地への外国企業誘致に反対の立場を取るが、再開発計画自体には肯定的だ。反対するのは、アルトン・ガザ大陸にある大国の進出で、隣のラニスタ共和国や湖東地方のキルクルス教国との連携は、強化すべしと訴える。


 「それでも、やり直さないのでしたら、これが結果でしょう」

 クフシーンカが言うと、運び屋フィアールカは頷いた。


 これが、アーテル共和国の民意なのだ。

☆アーテルの大統領予備選……「1343.低調な投票率」~「1346.安定には遠く」参照

☆当時のクフシーンカたちは(中略)転々として暮らした……「0059.仕立屋の店長」「0090.恵まれた境遇」「0091.魔除けの護符」「554.信仰への疑問」「555.壊れない友情」参照

☆クフシーンカの弟も(中略)国会議員となった……「214.老いた姉と弟」参照

☆通信途絶……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照

☆インターネット投票ができなくて……「1266.五里霧中の国」「1334.武官らの働き」「1341.何の為に働く」参照

☆魔獣がいっぱい……「1218.通信網の破壊」「1225.ラジオの情報」「1232.白い闇の中で」「1240.基地局の種類」参照

☆外出を控える人……「1223.繋がらない日」「1296.虚実織り交ぜ」参照

☆投票日の朝早く、あちこちの投票所の前で、魔獣が人を食い殺した……「1344.投票所周辺で」参照

☆ヒュムヌス候補は、全候補者で唯一人、平和を訴えた……「1139.安らぎの光党」「1345.当落要因分析」参照

☆ルフス工業団地計画の件……「0966.中心街で調査」、「1022.選挙への影響」「1023.特番への反応」、「1027.工業団地計画」~「1029.分断の阻止へ」「1088.短絡的皮算用」参照

☆通信途絶でそれどころではなく……「1262.沈みゆく泥船」参照

☆ポデレス大統領は、再開発の準備を進める……「1147.動き出す歯車」「1152.大統領の演説」参照

☆ミェーフ候補……「1138.国外の視点で」参照


▼各候補の得票率

 挿絵(By みてみん)

▼全体の投票率

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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