1354.商店街で番宣
「別にいいんじゃない?」
「レーフさん、ありがとうございます!」
ピナが弾んだ声で礼を言い、ティスとアマナが羨ましそうに唇を尖らせる。
「じゃ、決まりだな」
葬儀屋アゴーニが、押し切られて項垂れたレノの肩を軽く叩いてトラックの荷台を降りる。
レノは改めて、妹の願いを容れてくれたレーフに謝意を示し、ピナと一緒に量販店の駐車場を出た。
今朝はよく晴れたが、寒さは一段と厳しさを増した。
力なき民の身は、中のシャツをもう一枚重ねて着ても、まだ震えが止まらない。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、いってらっしゃーい」
「はーい! いってきまーす!」
ティスたちに見送られ、レノとピナ、葬儀屋アゴーニとDJレーフは、連れ立って国道へ向かった。
案内図によると、アカーント市のこの地区には、量販店の南東にも商店街があるらしい。西の商店街には、昨日行ったクルィーロとソルニャーク隊長、老漁師アビエースに加え、薬師アウェッラーナがポスターを持って行く。
昨夜の話し合いで、放送日時が決まった。
今朝は早起きして番宣ポスターを作り、残る十一人は駐車場の簡易テントで、引き続きコピー用紙に番組表を書く。留守番を命じられた少年兵モーフは、不満げな顔をしたものの、文句を言わず手伝った。
……ピナと出掛けるのって凄く久し振りな気がするなぁ。
全員一緒の時だけで、他は大抵、レノが他の誰かと行って、ピナとティスは移動放送局のトラックで留守番だった。
普通なら、ちょっと商店街に行くくらい、一人でも問題ない筈だ。
戦争のせいで、こんな遠くの知らない土地まで流れて来て、用心に用心を重ねなければならないのが悔しかった。
……ホントだったら、ピナはもうすぐ高校生なのに。
戦争と長引く避難生活のせいで、ロクに学校へ行かせてやれなかった。
少し前まで滞在した村の小中一貫校に快く受け容れられ、一年振りくらいで落ち着いて学べる機会ができた。だが、勉強の遅れのせいで、中学三年生なのに二年生のクラスに行かざるを得なかった。
……中学までは義務教育だけど、高校からはあんなコト無理そうだし。
いつまで、学年を誤魔化して中学の勉強をさせてもらえるのか。
いつ戦争が終わるのか。
レノは、妹たちの学習環境と将来の進路を考え、まっすぐ伸びる国道沿いの景色も目に入らず、歩き続けた。
「こっちは昨日、クルィーロさんが行った方と違って、フツーの商店街なのね」
ピナの声で我に返ると、レノたちはいつの間にかアーケードの下に居た。
手前に【跳躍】許可地点の小さな遊休地があり、緑髪の買物客が次々現れては消える。八百屋や乾物屋、靴屋や文房具店など、食品や日用品を扱う店が多かった。
湖の民一人と陸の民三人の他所者に視線がチラチラ向けられる。
「こんにちはー。俺たち、移動放送局プラエテルミッ」
「ジョールチさんは?」
「昨日、解放軍の人が言ってた放送局よね?」
「ジョールチさん、来てないの?」
「いつ放送するんだ?」
DJレーフが、商店街に入ってすぐの乾物屋に声を掛けると、皆まで言う間もなく通行人に囲まれた。
「はいはーい、今から説明しまーす!」
レーフが束の中から一枚、手書きのポスターを出して頭上に掲げると、集まって来た者たちが静かになる。
ピナが手帳を出し、乾物の種類と値段をメモし始めた。レノも慌ててポケットから出し、ピナの反対側からメモする。
「今日から取材を始めて、十日後に放送させていただく予定です。移動放送車でFMなので、電波があまり遠くまで届きません」
DJレーフが、久し振りにいつもの放送範囲と番組内容の説明をすると、アカーント市民は緑の瞳を輝かせて聞き入った。
その間にも、緑の人垣はどんどん厚くなる。
葬儀屋アゴーニも、危害を加えられる心配はないと判断し、メモを始めた。
「……と言うコトで、このポスター、お店に貼り出していただけませんか?」
「勿論、いいですよ」
この状況では断り難そうだが、乾物屋の店主は本当に嬉しそうな顔でA4サイズの手書きポスターを受け取った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「電池買いに行かなきゃ!」
「あ、これ安ーい」
ぞろぞろ人が離れる中、立ち寄ったついでに買物する者が何人も居る。
向かいの八百屋に移動すると、こちらも快く貼り紙を引受けてくれた。ポスターを受取った店主が、申し訳なさそうに緑髪の頭を掻く。
「ご覧の通り、入荷が滞りがちで、客足はアレなんですけどね」
「どうして入荷が少なくなったんですか?」
レノが聴くと、店主は緑の眉毛を下げた。
店頭に並ぶのは、南瓜と小さな蕪だけだ。
「ミャータでも似たようなコト聞いたと思うけどね。まず、戦争が始まって湖上封鎖されて、燃料の輸入が滞ったろ?」
「あぁー……農家の人がトラックを出し難くなって、出荷の回数が減ったんですね?」
レノが確認すると、店主は困り切った顔で頷いた。
「そうなんだよ。でも、まぁ、ここらはまだ、リャビーナと取引があるから、高くても一応、手に入るんだけどね」
生き物は【無尽袋】に入れられない。
生野菜や生卵、生きた家畜などはトラック輸送が主だ。
「戦争が始まってから、どこも大変ですよね」
「そうだろう? 空襲でネーニア島の穀倉地帯までやられて、湖上封鎖で輸入もアレで小麦が値上がりしたし」
ピナが手帳から顔を上げて言うと、店主は我が意を得たりと頷いた。
「この街は幸い、空襲はないし、麻疹も流行って程にはならなくて済んだけど、流行を食い止める為に物流が止まったからね」
「アカーント市では麻疹、流行らなかったんですね? よかった」
ピナがホッとした笑顔を向けると、店主は弱い微笑を返した。
「隣のミャータ市と間にある村は、目も当てられん有様だったってのに、ここは何でだ?」
八百屋は、質問者の胸元で輝く【導く白蝶】学派の徽章に気付いて、顔を顰めたが、アカーント市で麻疹の流行が発生しなかった理由を教えてくれた。
☆西の商店街……「1347.アカーント市」「1348.魔法の糸相場」参照
☆駐車場の簡易テント……「1350.真実を探す目」参照
☆少し前まで滞在した村の小中一貫校……「1052.校長の頼み事」「1054.束の間の授業」~「1057.体育と家庭科」参照
☆中学三年生なのに二年生のクラス……「1052.校長の頼み事」参照
☆移動放送車でFMなので、電波があまり遠くまで届きません……「781.電波伝搬範囲」参照
☆ミャータ市と間にある村は、目も当てられん有様……「1324.荒廃した集落」「1325.消滅した集落」「1329.医療政策失敗」「1336.魚屋が来ない」「1337.声なき困窮者」参照
▼湖上封鎖の範囲




