0139.魔法の使い方
「ん? なんだ?」
「それって【魔力の水晶】があれば、誰でも使えるんだよな?」
「色々条件はあるけど、一応、全く使えない訳じゃないよ」
「俺に教えてくれないか?」
クルィーロは驚いて、力なき民の幼馴染を見た。
レノは真剣そのものだ。悲愴とも言える決意がその目に満ちる。
「……わかった」
クルィーロが力強く頷き、背筋を伸ばす。
レノは僅かに表情を緩めた。断られなかったことへの安堵に、クルィーロは申し訳ないような気持ちで説明した。
「そのー……条件ってのがな、一人じゃ使えないってコトなんだ」
「どう言うことだ?」
クルィーロは、魔法使いの私塾で教わったことを思い出しながら答えた。
「魔法を使うには基本、ふたつの力が必要なんだ……」
ひとつは魔力。
簡単に言うと、エネルギーとそれを貯める器だ。
生得的な力で、これは鍛えて伸ばすことも、手放すこともできない。後天的に得られる力ではない。
ひとつは作用力。
魔力を用いる能力だ。修行で伸ばすことはできる。
魔術とは「魔力を用いる技術」を指し、その方法として「魔法」とも呼ばれる。
魔力はあっても作用力のない者は、自力では魔術を行使できない。呪符や魔法の道具があれば、自前の魔力を消費して術を行使できる。
魔力のない者には、作用力もない。
「……だから、ローク君が持ってる【魔除け】の護符みたいな道具を使うとか」
レノは口を挟まず、クルィーロの説明に何度も頷きながら耳を傾ける。
ロークが持つ【魔力の水晶】には作用力を補う効果はなく、単に魔力を蓄積する充電池のようなものだ。
「……鉄鋼公園や、あの晩……運河でお巡りさんにやってもらったみたいに、誰か魔法使いと協力して、術の威力や範囲を大きくする補助として参加する……くらいで……」
クルィーロは、いたたまれなくなって説明を終えた。
レノがきっぱりと言う。
「それでもいい。少しでも……力が欲しいんだ」
「……そうか」
力ある民のクルィーロは、複雑な思いで幼馴染の決意を受け止めた。
魔力は生まれつきのものだ。
家族の中で一人だけ魔力を持って生まれ、子供の頃はイヤで堪らなかった。
塾もサボってばかりだった。最低限の魔力の制御方法と少しの術を身に着けただけだ。
今になって、もっと真面目に修行しておけばよかったと後悔した。
今なら、工場で働きたいと言った時、先生たち周囲の大人が反対したことに納得できる。
力なき民にとって、喉から手が出る程、欲しい力。その有無が様々な格差や断絶を生み出した。
力なき民のレノにとって、教えを乞うことにも、多大な勇気を振り絞らなければならない危険な力。
それが、魔力であり、魔術だ。
クルィーロは、そっと星の道義勇兵を窺った。
三人は教科書を囲んで勉強会に余念がない。いつの間にかロークも加わって、字の書き方を云々する。
……聞こえないフリしてくれてんだろうな。
何となく空気を読み、クルィーロはレノの目を見詰め返した。
「えっと、つまり【魔力の水晶】で使える術と、そうじゃない術があるんだ」
「うん。どの術なら使えるんだ?」
「えーっと……呪符か道具があればイケる術と、誰かと同時に呪文を唱えて、とちらなきゃ何とかなるのがある」
レノはメモを取りながら、クルィーロの拙い説明に聞き入った。
エランティスが、窓の目張りで余った紙を束ねて作ったメモ帳だ。
「紙はあるけど、呪符って、これで作れないのか?」
「えっと、それは……」
クルィーロが言い淀むと、薬師アウェッラーナが助け船を出してくれた。
「私も詳しくは知らないんですけど、呪符は術によって使う紙やインクが違うそうなんです」
「書き間違えないようにってだけじゃなくって、材料も、他じゃ代えが利かないんですか?」
レノの質問にアウェッラーナが頷き、緑髪がふわりと揺れた。
「そうみたいです。作る人と魔力を籠める人は別でもいいから、呪符の職人さんには、力なき民の方も居るそうですよ」
「へぇー。知らなかった」
レノが感心し、クルィーロも意外なことを知って目を丸くする。
ロークも話に加わった。
「俺の友達、その職人目指してて、この護符も練習で作ったのをくれたんです」
少年兵モーフは、教科書の文字を書き写すのに夢中だ。その手元をメドヴェージがやさしい目で見守る。
ソルニャーク隊長は、ロークを見てアウェッラーナに視線を転じて聞いた。
「そういうものなのか」
「えぇ。他には、呪文の文字を織り込んだ舞で行使する術や、呪文が歌になっている術もありますね」
「歌や踊りで?」
レノたちだけでなく、メドヴェージも驚いて顔を上げた。
☆鉄鋼公園や、あの晩(中略)補助として参加……鉄鋼公園「0023.蜂起初日の夜」おまわりさん「0068.即席魔法使い」参照
☆ロークが持つ【魔力の水晶】……「0060.水晶に注ぐ力」参照
☆ローク君が持ってる【魔除け】の護符……「0068.即席魔法使い」参照
☆工場で働きたいと言った時、先生たち周囲の大人が反対……「0029.妹の救出作戦」参照
☆その有無が様々な格差や断絶……就職差別「0107.市の中心街で」参照
☆俺の友達、その職人目指して……「0131.知らぬも同然」参照




