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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十七章 困却

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1389/3516

1352.繊維産業の街

 本格的な情報収集は、明日からと決まった。


 「治安はよさそうに見えたが、念の為、三組に分かれて行こう」

 「ちょっとお参りしてすぐ戻りゃ、日が暮れるまでにみんな終わるさ」

 ソルニャーク隊長に続いて、神殿の場所を確認しに行った葬儀屋アゴーニが、笑顔で請け合った。


 「お父さん、そんな近かったの?」

 「さっきはお祈りしないで戻ったけど、往復で十五分くらいだったな」

 パドールリクが腕時計を指差した。

 もう二時過ぎだ。まだ明るいが、十二月の日はすぐ落ちる。

 「三組……五人ずつか」

 「どう分けます?」

 「湖の民が最低一人、魔法使いは最低二人、入れた方がいいな」

 ソルニャーク隊長が即答する。


 さっき商店街を見に行ったクルィーロたちの話によると、このアカーント市も、西のミャータ市や小さな村々と同じで、住民の大半が湖の民だ。

 星の(しるべ)が紛れ込む心配はなさそうだが、レノたちが地元民から不審者として排除される懸念はある。

 普通にすれば何もないと思うが、隊長の言う通り、湖の民と一緒の方が心強い。防犯上も、魔法使いが一緒だと助かる。湖の民は四人とも、それぞれ別の学派を修めた術者だ。


 ……家族一緒の方が嬉しいけど、あんまり我儘(わがまま)言うのもな。


 「ん? あれっ? 隊長、俺らも行くんスか?」

 組分けの相談を他人事(ひとごと)のように眺めていたモーフが、ソルニャーク隊長を上目遣いで窺った。

 「何だ坊主、ヤだってのか?」

 運転手のメドヴェージが、ひょいと眉を上げてニヤつく。

 「えっ……えぇッ? いや、別にイヤじゃねぇけど、いいのかなって」

 「心配すんな。俺らの神様方は来る者拒まずだ」

 「商店街を見に行って疲れたなら、荷台で休んでいて構わん」

 アゴーニと隊長に言われ、少年兵モーフは会議机に両手をついて勢いよく立ち上がった。

 「行くっス!」

 「三交代で行くから、一人で留守番するワケではないぞ?」

 「坊主、無理すんなよ」

 「平気っス!」

 隊長とメドヴェージの心配を懸命に打消す。


 アゴーニが苦笑した。

 「あぁハイハイ、ボロ出すんじゃねぇぞ」

 「全員行くのでしたら、こう分けましょう」

 アナウンサーのジョールチが、メモ用紙に手早く組分けを書き出した。


 最初に行くのは、レノたち椿屋の三兄姉妹(さんきょうだい)と、呪医セプテントリオー、DJレーフだ。星の道義勇軍の三人は、老漁師アビエースと薬師(くすし)アウェッラーナ兄妹(きょうだい)と共に最後だ。

 最後の組が行って帰る頃には日が傾く。防犯上、この順番が最適だろう。


 「ありがとうございます。行ってきます」

 誰からも異論が出ず、レノたちは急いで荷台からコートを出して、量販店の駐車場を出た。



 「商店街の手前で南に曲がるのでしたね」

 呪医セプテントリオーが、パドールリクが教えてくれた道順を誰にともなく確めて先に立って歩く。いつもの白衣を脱いだ後ろ姿は、あまりにも「フツーのおじさん」で、人通りの多い場所では見失ってしまいそうだ。

 金網越しに続く駐車場には、車が少なかった。


 車が滅多に通らない国道を挟んで、量販店の向かいに庭付きの民家が並ぶ。

 ピナとティスの目が、南側の民家の庭に吸い寄せられた。何軒かの庭には屋根付きの物干し場があり、布や糸の束が干してある。

 「おうち一軒で一色なのね」 

 「あ、ホントだー……って言うか、魔法で乾かさないでお外に干すのね」

 ティスとピナが次々気付く。レノはティスと手を繋いで歩きながら、色彩豊かな景色をぼんやり眺めるだけだったが、妹たちの指摘と疑問に感心して、家々の庭を見直した。


 「こんな小さい工房、釜が一個しかないんじゃないか?」

 「釜? 糸とか煮るんですか?」

 ピナが驚いてDJレーフを見上げる。

 「俺も詳しいワケじゃないけど、ずっと前、素の状態の糸を染料やなんかと一緒に煮込んで、干してってのを何回も繰り返すって聞いたコトあるよ」

 「ちょっとお料理っぽい」

 ティスの感想に大人たちから笑みがこぼれる。


 「あれっ? でも、湖の民なのに魔法じゃなくて、釜で煮るんですね?」

 ピナの疑問で、レノも薬師(くすし)アウェッラーナが【操水】でパスタを茹でてくれたのを思い出した。

 答えたのはレーフではなく、普段着姿のセプテントリオーだ。

 「確か、糸と水と染料を釜に入れて煮詰めて、一度水洗いしてから、染料と定着剤を混ぜたものでまた煮て……を数回繰り返すと聞いたことがあります」

 「煮詰めるって、何時間もですよね?」

 ピナが目を丸くする。

 「そうなりますね」

 セプテントリオーは、国道沿いに並ぶ個人経営の染色工房を眺めた。DJレーフが大袈裟に顔を(しか)めてみせる。

 「あーそりゃ【操水】でやんのムリだな。魔力も体力も全然ムリ」

 「釜で煮るのも、魔力の維持が大変そうですね」


 ティスがキラキラした目でレノを見上げる。

 「作ってるトコ見てみたいねー」

 「そうだなぁ」

 「明日、取材のついでに見学させてくれないか、聞いてみよっか?」

 「いいんですか?」

 DJレーフの提案にピナが瞳を輝かせて食いついた。

 金髪の魔法使いは面食らって一瞬、黙ったが、すぐにやさしい微笑で答える。

 「工房の人がいいって言ってくれるかわかんないけど、聞くだけ聞いてみるよ」

 「ありがとうございます」


 ラキュス湖から吹き上がる風が、コート越しにも冷たく肌を刺す。レノは歩調を緩め、ティスと自分のマフラーを巻き直した。


 「看板! 神殿あっちだって」

 ティスが嬉しそうに指差す。

 案内の看板は、アカーント市染料組合の寄付で作ったものらしい。アカーント西神殿への地図の下には、組合の名称と電話番号が書いてある。

 国道を南に曲がった途端、ウーガリ山脈を背に建つ白い神殿が見えた。


 「ん? 山の方にあるってコトは、フラクシヌス様か、スツラーシ様の神殿ってコト?」

 「ここも湖岸が崖ですし、合祀なのかもしれませんよ」

 レノが首を傾げると、緑髪のセプテントリオーがあっさり言う。

 湖の民の推測にそれもそうだと頷いて、レノたちも道を急いだ。

☆薬師アウェッラーナが【操水】でパスタを茹でてくれた……「0124.まともなメシ」参照

☆スツラーシ様……「240.呪医の思い出」「487.森の作戦会議」「534.女神のご加護」「542.ふたつの宗教」「555.壊れない友情」「671.読み聞かせる」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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