1352.繊維産業の街
本格的な情報収集は、明日からと決まった。
「治安はよさそうに見えたが、念の為、三組に分かれて行こう」
「ちょっとお参りしてすぐ戻りゃ、日が暮れるまでにみんな終わるさ」
ソルニャーク隊長に続いて、神殿の場所を確認しに行った葬儀屋アゴーニが、笑顔で請け合った。
「お父さん、そんな近かったの?」
「さっきはお祈りしないで戻ったけど、往復で十五分くらいだったな」
パドールリクが腕時計を指差した。
もう二時過ぎだ。まだ明るいが、十二月の日はすぐ落ちる。
「三組……五人ずつか」
「どう分けます?」
「湖の民が最低一人、魔法使いは最低二人、入れた方がいいな」
ソルニャーク隊長が即答する。
さっき商店街を見に行ったクルィーロたちの話によると、このアカーント市も、西のミャータ市や小さな村々と同じで、住民の大半が湖の民だ。
星の標が紛れ込む心配はなさそうだが、レノたちが地元民から不審者として排除される懸念はある。
普通にすれば何もないと思うが、隊長の言う通り、湖の民と一緒の方が心強い。防犯上も、魔法使いが一緒だと助かる。湖の民は四人とも、それぞれ別の学派を修めた術者だ。
……家族一緒の方が嬉しいけど、あんまり我儘言うのもな。
「ん? あれっ? 隊長、俺らも行くんスか?」
組分けの相談を他人事のように眺めていたモーフが、ソルニャーク隊長を上目遣いで窺った。
「何だ坊主、ヤだってのか?」
運転手のメドヴェージが、ひょいと眉を上げてニヤつく。
「えっ……えぇッ? いや、別にイヤじゃねぇけど、いいのかなって」
「心配すんな。俺らの神様方は来る者拒まずだ」
「商店街を見に行って疲れたなら、荷台で休んでいて構わん」
アゴーニと隊長に言われ、少年兵モーフは会議机に両手をついて勢いよく立ち上がった。
「行くっス!」
「三交代で行くから、一人で留守番するワケではないぞ?」
「坊主、無理すんなよ」
「平気っス!」
隊長とメドヴェージの心配を懸命に打消す。
アゴーニが苦笑した。
「あぁハイハイ、ボロ出すんじゃねぇぞ」
「全員行くのでしたら、こう分けましょう」
アナウンサーのジョールチが、メモ用紙に手早く組分けを書き出した。
最初に行くのは、レノたち椿屋の三兄姉妹と、呪医セプテントリオー、DJレーフだ。星の道義勇軍の三人は、老漁師アビエースと薬師アウェッラーナ兄妹と共に最後だ。
最後の組が行って帰る頃には日が傾く。防犯上、この順番が最適だろう。
「ありがとうございます。行ってきます」
誰からも異論が出ず、レノたちは急いで荷台からコートを出して、量販店の駐車場を出た。
「商店街の手前で南に曲がるのでしたね」
呪医セプテントリオーが、パドールリクが教えてくれた道順を誰にともなく確めて先に立って歩く。いつもの白衣を脱いだ後ろ姿は、あまりにも「フツーのおじさん」で、人通りの多い場所では見失ってしまいそうだ。
金網越しに続く駐車場には、車が少なかった。
車が滅多に通らない国道を挟んで、量販店の向かいに庭付きの民家が並ぶ。
ピナとティスの目が、南側の民家の庭に吸い寄せられた。何軒かの庭には屋根付きの物干し場があり、布や糸の束が干してある。
「おうち一軒で一色なのね」
「あ、ホントだー……って言うか、魔法で乾かさないでお外に干すのね」
ティスとピナが次々気付く。レノはティスと手を繋いで歩きながら、色彩豊かな景色をぼんやり眺めるだけだったが、妹たちの指摘と疑問に感心して、家々の庭を見直した。
「こんな小さい工房、釜が一個しかないんじゃないか?」
「釜? 糸とか煮るんですか?」
ピナが驚いてDJレーフを見上げる。
「俺も詳しいワケじゃないけど、ずっと前、素の状態の糸を染料やなんかと一緒に煮込んで、干してってのを何回も繰り返すって聞いたコトあるよ」
「ちょっとお料理っぽい」
ティスの感想に大人たちから笑みがこぼれる。
「あれっ? でも、湖の民なのに魔法じゃなくて、釜で煮るんですね?」
ピナの疑問で、レノも薬師アウェッラーナが【操水】でパスタを茹でてくれたのを思い出した。
答えたのはレーフではなく、普段着姿のセプテントリオーだ。
「確か、糸と水と染料を釜に入れて煮詰めて、一度水洗いしてから、染料と定着剤を混ぜたものでまた煮て……を数回繰り返すと聞いたことがあります」
「煮詰めるって、何時間もですよね?」
ピナが目を丸くする。
「そうなりますね」
セプテントリオーは、国道沿いに並ぶ個人経営の染色工房を眺めた。DJレーフが大袈裟に顔を顰めてみせる。
「あーそりゃ【操水】でやんのムリだな。魔力も体力も全然ムリ」
「釜で煮るのも、魔力の維持が大変そうですね」
ティスがキラキラした目でレノを見上げる。
「作ってるトコ見てみたいねー」
「そうだなぁ」
「明日、取材のついでに見学させてくれないか、聞いてみよっか?」
「いいんですか?」
DJレーフの提案にピナが瞳を輝かせて食いついた。
金髪の魔法使いは面食らって一瞬、黙ったが、すぐにやさしい微笑で答える。
「工房の人がいいって言ってくれるかわかんないけど、聞くだけ聞いてみるよ」
「ありがとうございます」
ラキュス湖から吹き上がる風が、コート越しにも冷たく肌を刺す。レノは歩調を緩め、ティスと自分のマフラーを巻き直した。
「看板! 神殿あっちだって」
ティスが嬉しそうに指差す。
案内の看板は、アカーント市染料組合の寄付で作ったものらしい。アカーント西神殿への地図の下には、組合の名称と電話番号が書いてある。
国道を南に曲がった途端、ウーガリ山脈を背に建つ白い神殿が見えた。
「ん? 山の方にあるってコトは、フラクシヌス様か、スツラーシ様の神殿ってコト?」
「ここも湖岸が崖ですし、合祀なのかもしれませんよ」
レノが首を傾げると、緑髪のセプテントリオーがあっさり言う。
湖の民の推測にそれもそうだと頷いて、レノたちも道を急いだ。




