1349.多面的な情報
……近所の農家ったって。
クルィーロは、アカーント市の商店街を歩きながら、ミャータ市から東のアカーント市に到るまでの村々を思い出し、気持ちが沈んだ。
移動放送局のトラックが通過した国道沿いには、麻疹の流行で壊滅状態の集落が幾つもあった。
助手席から見た風景は、患者宅が放火された焼け跡や荒れ果てた畑、村内で行われた対魔獣戦闘の巻き添えになった家々など、気が滅入るものばかりだった。
ネミュス解放軍のミャータ支部は念の為、アカーント市までの道中、移動放送局プラエテルミッサの護衛をして、市壁の門前でアカーント支部に引継いだ。
解放軍の兵士たちは暗い顔で、都市間に点在する集落の情報を交換した。
遺体の処理が追い付かず、村内で発生した魔物が麻疹の生存者を次々食い殺し、報せを受けたネミュス解放軍が到着した時には、村人の大半が捕食された後だった村もある……などと話す声も聞こえた。
糸屋が気にするのは、近郊農家の代わりに全量を卸問屋に頼んだ場合、商品が確保できる可能性の有無が主だろう。
湖上封鎖で輸入が滞り、ネモラリス共和国内では、あらゆる物が不足して高騰する。仕入先のリャビーナ市は、アミトスチグマ王国などと直接取引できる分、まだマシな方だ。
歩きながらタブレット端末で商店街を撮り、店の種類と数、規模、外から見える陳列の品揃え、凡その物価を記録する。
繊維製品は元の値段がわからないが、野菜や小麦粉などは麻疹の流行前に通ったカーメンシク市よりずっと高かった。収入源となる染料や繊維製品の素材は、近隣の農家から仕入れると聞いたばかりだ。
……今はまだ、在庫があるっぽいけど、早いコト手を打たないとヤバいよな。
リャビーナ市から来る卸売業者や、逆にアカーント市から買付けに行く商売人たちは、それなりに情報を得られるだろう。だが、リャビーナ港を介して取引する外国の総合的な情報をきちんとまとまった形で手に入れるのは難しい。
「そろそろ戻った方がいいな」
「そうですね」
商店街はまだ続くが、端まで行ったら、昼食に間に合わなくなりそうだ。
引き返しながら、反対方向から見た商店街を撮る。往路では見えなかった看板や商品が写り、別の場所のようだ。
ワゴンの上に伸びる金属格子の商品棚には、たくさんの糸束が吊るされ、虹色の壁があちこち並ぶ。
そこだけ色を拭い去ったような灰色の区画が、色鮮やかな壁の間にポツンと見えた。糸屋の看板とワゴンに挟まれ、往路では見落とした店だ。
新聞屋は、クルィーロとソルニャーク隊長が横に並んだ幅しかない。
金属の棚に残るのは、湖水日報ネモラリス北東版だけだ。値札は湖南経済新聞や緑陰新聞もあるが、入荷未定の貼り紙で雑に塞がれ、うっすら埃が積もる。
クルィーロは、香草茶一袋で新聞を買った。
「新聞……戦争前はナナメ読みしかしなかったんですよね」
「朝、何かと忙しいとそうなりがちだな」
ソルニャーク隊長は、どこか遠くを見る目で相槌を打った。
「でも、俺、戦争始まって、放送の手伝いするようになって、インターネットの情報も見られるようになって、その度に新聞の読み方が変わりました」
「どう変わったのだ?」
隊長が、小さく顎を引いて先を促す。
「自分でも情報収集するようになって、ジョールチさんやフィアールカさん、ラゾールニクさん、それにファーキル君たちから色々教わって、前は目を通さなかった面も見るようになりました」
「新聞のすべての面に目を通すようになって、君自身は、どう変わったのだ?」
「新聞って、単に情報をまとめたんじゃなくて、ひとつの出来事をそれぞれ別の側面から見て書いてあったんだって気付いて、何て言うか、世の中の繋がりが見えて来たって言うか……」
「繋がり……」
「ひとつのことにも、見えないとこで色んな縁が繋がって、影響を与えあってるから、物事のひとつの面だけを見て、これはこうだ! って決めつけて判断して、それを根拠に行動したり、誰かを悪者にするのって、ヤバいなって思うようになりました」
この魔哮砲戦争に関して言えば、どの新聞も、一面では前日までの大きな動きを報じる。次の政治面は、ネモラリス共和国政府や地方の首長、各政党の動きと、重要な会議の予定などだ。
経済面は、戦争が経済活動に及ぼす影響を掘り下げる。
生産や物流網、需要と供給、労働環境などの変化、物価の変動……国の政策から業界の大きな動き、大企業の経営方針、中小企業が陥った危機や、庶民の生活に直結する細かいことまで、影響の大小も幅広く掬い上げる。
取材先が様々で、同じ業界内でも、立場が異なれば別の問題を抱える。
利害の対立だけでなく、表裏一体の場合があり、全ての人を納得させることも、助けることも、幸せにすることも不可能だと思い知らされた。
科学、医療、暮らし面にも、国民の生命や生活に直ちに影響が出ることから、庶民にはピンとこない国家間のことや専門的なことまで様々なことを取り上げる。
勿論、国際面に関してもそうで、戦争当事国であるアーテル共和国だけでなく、複数の友好国や周辺諸国、国連などの国際機関や国を跨いで活動するNGOなどの動きも載る。
社会面にも日々の事件や事故、人々の関心が高い事柄には、少なからず戦争の影が落ちる。
ラジオ欄の番組名や構成も、戦時特別態勢に変わった。新聞社によっては、文化面と娯楽面を縮小、或いは、休・廃止したところもある。
ページ数の減少やインクと紙質の劣化も、留意すべき変化のひとつだ。
紙面全体の状態と、クルィーロたちが掴んだ国内情報の非掲載傾向からも、読み取れることはたくさんあった。
「成程な」
手にした新聞が、視界が晴れたように、前よりくっきり見えた気がする。
クルィーロは、漠然と感じたことを説明したお陰で頭の中が整理された。




