1345.当落要因分析
「このミェーフと言う候補者は、どんな人物なのかね?」
ラクエウス議員から質問が飛ぶと、クラウストラがノートパソコンを操作した。
白い壁に投影された画像が、血腥い捕食現場から、若手候補の顔写真と略歴に切替る。
イグニカーンス市出身。届け出時点で二十五歳。
どの政党にも属さないが、学生時代に始めたSNSで仲間を集め、通信途絶直前までのフォロワーは百万人を越える。
「百万……?」
「クレーヴェルの人口と同じだけの支持者が居るのですか?」
他の者が、ネモラリス共和国の首都に匹敵する人数に言葉を失う中、両輪の軸党のアサコール党首は辛うじて質問を口にした。
「SNSでの発信は、湖南語と湖東語、それに共通語で同じ内容を連投するので、アーテルの有権者以外のフォロワーが大部分だと思われます」
「調べられんのかね?」
ラゾールニクは、老議員の質問に苦笑した。
「匿名アカウントが多いので、国籍や年齢を全て調べるのは無理ですね」
やっと呪縛が解けたファーキルは、改めて略歴を見た。
昨年、ルフス大学大学院を卒業。法学部で国際政治学を専攻したとある。
卒業後はジゴペタルム共和国に本社を置く商社のアーテル支社に勤務する傍ら、大学時代に得た人脈を更に広げた。
「古典的な学生運動や政治活動ではなく、研究内容の発表や疑問点への質問、ニュースなどへのコメント、フォロワーとの議論を通じて、彼の説に理解や共感を示す人が増えていったようです」
「でも、選挙の演説は見向きもされなかったって報告書にありましたよね?」
ファーキルは、部屋の隅でノートパソコンとプロジェクターを操作するクラウストラに視線を送った。
彼女は、ローク、クルィーロと共にアーテル共和国へ跳び、大統領候補者の演説を調査した。
選挙演説の報告書には動画や音声、写真のデータが添付され、ファーキルも一通り目を通したが、ミェーフ候補の演説に耳を傾ける者は、殆ど居なかった憶えがある。
「ヒュムヌス候補は、覚悟の上で平和を望む演説を行いました。また、彼は音楽家でもあります」
「音楽家だと、何かいいコトあるんですか?」
クラピーフニク議員が質問を挟む。
話の腰を折られたが、クラウストラはイヤな顔ひとつせず、淡々と答える。
「支持者は、星の標に咎められても、政治家ではなく単に楽曲のファンだと言って逃げることができます。更に顔見知りと一緒にコンサートに行くなど、ファン同士の交流が盛んです。誰が彼の支持者かわかりやすい為、“みんなと一緒”と言う安心感もあります」
ミェーフ候補のことを聞いたのに別人の話をされ、ファーキルは首を傾げた。
クラウストラは構わず続ける。
「一方、ミェーフ候補は、主な活動の場がSNSで、支持者は互いの顔が見えません。ミェーフ候補自身も、彼自身の考えなのか、星の標対策なのか不明ですが、演説の主な主張とネモラリスとの戦争継続について、発言が矛盾します」
ネモラリスを滅ぼしても、ラキュス湖周辺地域に平和と安定は築けない。
今日のクラウストラは、以前見た少女らしい顔立ちではなく、大人っぽい。話し方と服装もそれに合わせた秘書風だ。
彼女は、同志しか居ない報告会でも【化粧】の首飾りで顔を偽って来た。
クラウストラだとわかったのは、声と青薔薇の髪飾り、ラゾールニクの紹介があったからだ。
……同志とか言っても、素顔を見せてくれないって、信用されてないのか。
ファーキルの心が小さく波立つ。
この後、調査に行くから着けて来たのだろうと思い直し、話の内容に意識を向けた。
アサコール党首が頷く。
「成程。ミェーフ候補の支持者だと表明すること自体が危険である、と」
「ザーイエッツ候補の落選が意外ですわ」
モルコーヴ議員が得票数の記事を指差した。三位当選のミェーフ候補の半分程しかない。
クラウストラが画面を切替えると、雑誌の見開きページの写真が表示された。
本紙独占スクープ! 戦局より性局?
ザーイエッツ候補 不倫か? 深夜の密会!
フォントサイズを巧みに使い分けた下品な見出しが躍る。
「え……これ、ホントなんですか?」
クラピーフニク議員が半笑いで聞く。
見出しの下には、乗用車の後部座席で若い女性の肩を抱くザーイエッツ候補の写真が載るが、全体が暗く、乗物酔いした女性を介抱するのか、不適切なまでに親密なのか判然としない。
ラゾールニクは淡々と説明する。
「雑誌の発売後、所属する星道の碑党本部に呼出されて、誤解であると釈明しましたが、かなり糾弾されていました」
「記事自体がでっち上げの可能性もあるのですね」
マリャーナの声は質問と言うより確認に近い。
「少なくとも、俺たちは知りません。ザーイエッツ候補は、アーテル党と星道の碑党の協定を無視して出馬したので、ここぞとばかりに叩かれてましたね」
「協定?」
クラピーフニク議員とマリャーナが同時に首を傾げる。
「星道の碑党の擁立候補が殺害されたので、与党と手を組んで、大物議員がポデレス大統領の応援演説を行いました」
「合流して、連立を目指したのかね?」
「そうですが、方針がかなり違いますからね。党内でも合流について意見が割れたので、ザーイエッツの出馬の扱いは、公認しない代わりに黙認すると言う微妙なものでした」
「党内の反対派が、何らかの工作をした可能性も否定できないのですね?」
マリャーナが不快げに吐き捨てる。
ラゾールニクは、否定も肯定もしなかった。




