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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七章 印歴二一九一年二月七日

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0138.嵐のお勉強会

 クルィーロが(とも)した【灯】が、玄関ホールを仄白(ほのじろ)く照らす。

 光を宿したボールペンは五本。事務机と応接テーブル、受付カウンターに分散して置き、玄関全体を明るくした。


 嵐に怯え、アマナがクルィーロにしがみつく。

 エランティスは、少年兵モーフに教科書を見せていた。


 嵐の対策やクッキーの下拵(したごしら)えなど、することがある間は気が紛れたが、手持無沙汰になった途端、不安が襲う。

 激しい風雨の音が、更に不安を掻き立てる。

 クルィーロは、少しでも気持ちを和らげようと【灯】を増やした。



 エランティスはさっきまで、鞄から国語の教科書を出して読んでいた。

 「お前、本……読めるのか」

 「うん。本って言うか、これ、教科書」

 「そうか……教科書か……」

 少年兵モーフが、エランティスの手元を覗き込んで黙る。


 エランティスは教科書を閉じ、少年兵に差し出した。

 「読む?」

 「えっ? いいのか?」

 「私は別のを読むからいいよ。後で返してね」

 「お、おう……」

 モーフは戸惑いながらも受け取り、ソルニャーク隊長の隣に腰を下ろした。エランティスは、共通語の教科書を出して読み始める。


 ……そうだよな。こんな所で一生、火事場泥棒ってワケにはいかねぇもんな。


 クルィーロは、今後のことに思いを巡らせる。

 無事にニェフリート河を渡れたら、当面の目的地はマスリーナ市だ。

 ラジオの避難所情報には、マスリーナ市の話も全く出ない。北隣の市も、このゼルノー市と状況はそう変わらないのだろう。


 母の生存は、もう半ば以上諦めた。

 運よく生き残れたとしても、マスリーナ市に留まるとは思えない。

 無事なら出張中の父を頼ってネモラリス島へ渡るか、クルィーロたちを案じてゼルノーに戻るだろう。この状況では、後者の行動はないように思えた。



 自宅も学校も、最初のテロで焼失した。テロの混乱で交通が麻痺し、道路は当局に封鎖された。兄妹が生き残れたのは、偶然に過ぎない。



 それでも一応、マスリーナ港付近は見てみる。

 半世紀の内乱中に作った地下室や防空壕、この放送局のように魔法で守られた建物だって、少しはあるだろう。

 薬師(くすし)アウェッラーナの身内は漁師で、湖上でテロと空襲をやり過ごし、今は港に避難中かもしれない。


 ……もし、漁師さんが無事なら、ネモラリス島へ渡してくれないか、頼んでみようかな。


 マスリーナで誰にも会えず、何の手掛かりもなければ、次に近いキパリース市の避難所へ行く。

 そこで母に会えればよし。少なくとも、これからの生活情報は得られるだろう。


 ……情報がないと、動きようがないんだよなぁ……あッ!


 ここは国営放送のゼルノー支局だ。

 地方局に人が居ないから、情報がないのではないか。

 ここしばらくのニュースは全て、首都クレーヴェルの本局で集約した情報ばかりだ。


 ゼルノー支局は空襲前に逃げたようだが、周辺の局もそうとは限らない。

 マスリーナ市の空襲被害が酷く、放送局が機能していないなら、情報がないのも頷ける。

 そこまでの被害なら電話も道路も使えず、役所や軍が直接確認して、首都に報告するまでかなりの時間が掛かるだろう。


 科学文明国なら、衛星回線の携帯電話を使って、その場から報告できるが、ネモラリス共和国はそうではない。

 魔法文明寄りの両輪の国で、そんな便利な物はなかった。

 遠隔地と連絡する【花の耳】など魔法の道具もあるにはあるが、数が少ない。その上、強い魔力が必要で、誰にでも使える物ではなかった。


 情報の孤島になって当然だ。


 戦争が終われば、復興特需で仕事はすぐにみつかるだろう。

 安定した収入があれば、住まいも何とかなるだろう。アマナを学校に行かせることもできるだろう。

 ラジオでは、ネモラリス島の被害は南の一部に留まり、首都クレーヴェルの被害は軽かったようだ。


 ……父さんが無事なら、もっと楽だよな。


 (つと)めて、いい方に考える。

 どっちを向いても不安材料しかない。

 何がどうなれば、戦争が終わるのか。

 前回の内戦は終結に五十年掛かった。

 安全な場所があるのか。

 終戦まで生き残れるのか。

 今回はいつまで続くのか。


 もう何度目かわからない自問自答を繰り返す。

 出口のない闇に踏み込みそうになり、クルィーロは隣を見た。アマナは相変わらず、硬い表情で作業服の腕にしがみついていた。

 「アマナも勉強しようか」

 「どうして?」

 クルィーロが声を掛けると、妹は無表情のまま質問を返した。


 「んー……ちゃんとした避難所って、学校か公民館みたいだからな」

 「避難所が学校だったら、お勉強もあるんだ?」

 「うん、まぁ、そうだろうな。それに、住むとこみつかったら、そこの学校に通うんだし、勉強遅れてたら困るだろ?」

 「ふーん……」

 アマナは納得いかない風だが、鞄から算数の教科書を引っ張り出した。



 そう説明したが、一番の目的は、妹に何か集中できる作業を与えることだ。

 何もすることがなければ、悲しみと不安に心が押し潰されてしまう。それらから気を逸らす為の何かが必要だった。



 アマナが教科書と筆記具を持って、エランティスの隣に座った。ミスプリントの裏で、練習問題を始める。

 エランティスは、アマナの手許(てもと)をちょっと見ただけで、すぐに共通語の教科書に視線を戻した。


 少年兵モーフは、ソルニャーク隊長に質問しながら、国語の教科書をたどたどしく音読する。

 メドヴェージがコピー用紙とボールペンをモーフの前に置いた。

 「それ読み終わったら、書く稽古もしろよ」

 少年兵は教科書から目を離さず、こくりと頷いた。


 クルィーロも、アウェッラーナに書いてもらった呪文のメモに目を通す。

 しっかり憶えて、イザと言う時に備えたい。


 「クルィーロ、ちょっといいか?」

 レノが、クルィーロの手許を覗いて言った。

☆嵐の対策やクッキーの下拵(したごしら)えなど、することがある間……「0135.お菓子を作る」参照

☆当面の目的地はマスリーナ市……「0040.飯と危険情報」「0043.ただ夢もなく」参照

☆前回の内戦は終結に五十年掛かった……「0001.内戦の終わり」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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