1343.低調な投票率
数日後、ファーキルは葬儀屋アゴーニが持って来た古新聞一カ月分のPDF化を終え、日付毎にファイル分けした。
テキストファイルに全ページの見出しを入力し、記事を探しやすくしてから、同志たちが共同で使うクラウドにアップロードする。
新聞は、湖水日報ネモラリス北東地方版だ。
ネモラリス島のウーガリ山脈以北は、アーテル軍の空襲には遭わなかったが、戦争の闇に覆われずに済んだワケではない。
空襲で甚大な被害を蒙ったネーニア島だけでなく、ネモラリス島も、物流網の寸断と供給不足で物資の欠乏が続く。
アーテル軍は都市部だけでなく、ネーニア島の穀倉地帯も爆撃し、食糧生産の手段を奪った。
港湾施設も打撃を受け、湖上封鎖の影響と合わさって漁業と貿易も厳しい。【無尽袋】の高騰で【跳躍】による人力輸送の経費が跳ね上がり、あらゆる物価が上昇した。
更に医薬品やワクチンの不足が、感染症の流行を齎し、追い打ちを掛ける。
移動放送局プラエテルミッサはそれに伴う交通規制に巻き込まれ、夏から十二月初頭までの数カ月間、カーメンシク市とミャータ市の間にある村に足留めされた。
空襲によって街を守る防壁が失われ、魔物や魔物が流入する。また、焼け跡からも、処理が追い付かない夥しい遺体を扉に魔物や魔獣が現れる。
ネモラリス政府は、特に空襲が酷かったネーニア島クブルム山脈付近の都市に立入制限を敷いた。
政府軍の工兵隊と民間の魔獣駆除業者を投入し、防壁の復旧を急ぐが、まだ住民の帰還どころか立入制限解除にも到らない都市が多数ある。
多くの生産拠点と労働力を奪われ、生活雑貨や工業部品、製品なども不足し、外貨の獲得も難しくなった。
新聞は、アミトスチグマ王国のものと比べ、三分の一程度の厚みしかない。広告は、プリペイドカード程の大きさのものが、あるかないかだ。
使命感と信念を頼りに赤字覚悟で発行を継続するのが窺えた。
何者かによってアーテル軍の基地が破壊され、空襲は鳴りを潜めたが、ラゾールニクたちの情報によると、まだミサイルは残るらしい。
……アクイロー基地を潰したのはオリョールさんたちだけど、他は……やっぱり政府軍なのかな?
空襲が止んだだけで、魔哮砲戦争が終わったワケではない。
仮に戦争が終わっても、難民の帰還やインフラの復旧、生活再建などの難問が山積みで、ネモラリス共和国にはそれらに必要な資金が全く足りない。
アーテル共和国も、霧の時期に多発した連続爆破と魔獣の出現で、大規模な通信途絶と死傷者が発生した。だが、ネモラリスのように国外へ逃れて難民化する者はなく、不便ではあっても仕事や生活はそれなりに回るようだ。
ロークの報告書によると、ネモラリスと同等の惨状には到らなかったらしい。
……戦後の復興も、どうせまたキルクルス教団が音頭取って、あっちこっちの国が資金援助するんだろうし。
アーテル共和国は、いきなり戦争を吹っ掛け、住宅密集地への絨緞爆撃によって無差別大量虐殺を行った。それでも、聖者キルクルス・ラクテウスを信仰するだけで、お咎めなしどころか、現在も多額の支援を受けてのうのうと戦争を継続する。
……世界共通の「正義」なんてないんだろうな。
アーテル共和国の現政権は、国際テロ組織「星の標」と強固に繋がり、そのパイプでバルバツム連邦とも繋がるテロ支援国家だ。
ポデレス大統領が直々に任命したレプス大統領補佐官は、星の標アーテル支部の幹部だった。レプス殺害後、ポデレス大統領自らそのパイプを引継いだ。
彼が今回の大統領選で再選を果たせば、戦争が続く可能性が高い。
……いっそのこと、レプス補佐官みたいに誰かが消してくれないかな?
ファーキルは、黒い考えを振り払おうと頭を振り、ブラウザをポータルサイトのニュースに切替えた。
昨日、アーテル共和国大統領選挙の第二回予備選が、一カ月遅れで実施された。
投票用紙のみによる選挙は、国政・地方選ともに実に十七年振りだ。慣れた職員が足りず、開票作業に手間取って、一夜明けた現在でも、まだ結果が出ない。
情報は、アーテル政府がようやく手に入れた衛星移動体通信のシステムを通じ、細々と駐ラニスタ共和国大使館に届けられる。隣国に駐在するアーテル共和国大使を通じ、友好国の政府に逐一伝達される。
報道各社は、ラニスタに駐在する外交官への取材や、自国政府を通じて記事を書くらしい。
最新は、現地時間で午前九時の発表だ。
アミトスチグマ王国とは少し時差があるが、もう昼を過ぎた。
魔獣の駆除が進み、ビル屋上設備の復旧工事が始まるなど、市街地の安全は増したが、期日前投票は低調に終わったと言う。
先に開票作業が済んだそちらは、六.三パーセント。それ以前はどの選挙でも、十数パーセントから三十パーセント前後だった為、最大で五分の一にまで落ち込んだ。
当日投票の出口調査でも、手応えは低調らしい。
……魔獣を警戒して外出しない人が多いんだろうな。
ロークの報告によると、屋上の魔獣を駆除したのは、ラクリマリス王国から来た素材屋らしい。
共通語圏のニュースや、アーテルの隣国ラニスタのニュースを漁ったが、その人物に関する情報は全くなかった。
☆物流網の寸断と供給不足で物資の欠乏……買物も一苦労「647.初めての本屋」「780.会社のその後」「782.番宣ポスター」参照
☆【無尽袋】の高騰……「403.いつ明かすか」「1031.足りない物資」参照
☆ネーニア島クブルム山脈付近の都市に立入制限……「0128.地下の探索へ」「0168.図書館で勉強」「0181.調査団の派遣」「0190.南部領の惨状」「571.宝石を分ける」「527.あの街の現在」~「529.引継ぎがない」参照
☆工兵隊と民間の魔獣駆除業者を投入し、防壁の復旧を急ぐ……「1112.曖昧な口約束」「1163.懐いた新兵器」「1257.不備と不手際」参照
☆アーテル軍の基地が破壊され、空襲は鳴りを潜めた
イグニカーンス基地「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」
ベラーンス基地/テールム基地「838.ゲリラの離反」~「840.本拠地の移転」
フリグス基地「0956.フリグス基地」
まとめ「864.隠された勝利」参照
☆まだミサイルは残る……「862.今冬の出来事」「864.隠された勝利」「867.報道しない話」、追加購入決定「868.廃屋で留守番」、ネモラリス軍も情報を掴んだ「1171.泳がせて探る」「1172.対誘導弾防空」参照
☆アクイロー基地を潰したのはオリョールさんたち……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆霧の時期に多発した連続爆破と魔獣の出現……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」参照
☆大規模な通信途絶……「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照
☆どうせまたキルクルス教団が音頭取って、あっちこっちの国が資金援助……半世紀の内乱からの復興「0164.世間の空気感」「0999.目標地点捕捉」参照
☆多額の支援を受けてのうのうと戦争を継続……「687.都の疑心暗鬼」「1024.ロークの情報」「1027.工業団地計画」「1028.大国の目論見」参照
☆テロ支援国家……「811.教団と星の標(しるべ)」「812.SNSの反響」「0993.会話を組込む」参照
☆「星の標」と強固に繋がり、そのパイプでバルバツム連邦とも繋がる……「1112.曖昧な口約束」参照
☆レプス大統領補佐官……「0957.緊急ニュース」「0967.市役所の地下」「0998.デートのフリ」「1022.選挙への影響」参照
☆レプス殺害後、ポデレス大統領自らそのパイプを引継いだ……「1025.二人の犠牲者」「1147.動き出す歯車」参照
☆アーテル政府がようやく手に入れた衛星移動体通信のシステム……「1225.ラジオの情報」「1257.不備と不手際」「1230.又とない好機」「1262.沈みゆく泥船」参照
※ 直近に行われた第一回予備選の期日前投票の投票率……「1144.向かう先には」参照




