1342.支援に繋ぐ糸
ファーキルは、スキャナで取り込んだ新聞データを処理しながら、葬儀屋アゴーニの話を思い返した。
今回、持ち込まれたのは、湖水日報のネモラリス北東地方版だ。
ミャータ神殿の神官が出張から戻ったとかで、一面にはトポリ市内の様子を伝える連載がある。
ネモラリス共和国の臨時政府が、空襲で甚大な被害を蒙ったネーニア島のトポリ市で、復旧・復興関連の公共事業を展開中だ。
トポリ空港が復旧し、国際線が細々とでも飛ぶようになり、地上の物流網と港湾設備、防壁、上下水道、役所、病院、警察署、消防署などの再建に多額の予算を投入する。民間企業も、送電網とガスの復旧に動き始めた。
仕事を求め、地元の生存者だけでなく、避難民もトポリ市に集まった。
土木や建築の専門家や熟練の職人ばかりではなく、単純作業に従事するのは大半が重労働に慣れない素人だ。空襲で防壁と家屋が破壊された為、市内に魔物や魔獣が流入する。工事車両の交通量も多い。
死傷者の続出は、当然の成り行きと言えた。
臨時政府の要請を受け、フラクシヌス教団は、国内の神殿から【青き片翼】学派の術を行使し得る癒し手を動員した。
トポリ神殿のガローシカ神官もその一人だ。
防壁の復旧工事が八割方完成した為、ネモラリス島に帰還した。
湖水日報の地方版は、神官の手記を不定期連載する。
……栄養失調か。そりゃそうだよな。
ネーニア島内の穀倉地帯も空襲を受けた。
畑が無事な村でも、多数の死傷者が出た為、以前と同じ量を生産できない。
港湾施設や水産加工場も被害を受け、魚も不足しがちだ。
湖上封鎖と銅山があるゼルノー市への立入制限の影響で、銅も不足する。陸の民が大量摂取すると毒だが、湖の民にとっては健康を維持する為に不可欠なものだ。
……アゴーニさん、ミャータ市も大変だって言ってたけど、大丈夫なのかな?
葬儀屋アゴーニは、情報収集するファーキルの許へ古新聞の束を持って来た。
ついでに、移動放送局プラエテルミッサが滞在するミャータ市の状況を語ったのだ。
「癒し手の神官は戻ったけどよ、【青き片翼】じゃ病気は治せねぇからな」
「ミャータ市はまだ、麻疹の流行が続いてるんですか?」
「役所が終息宣言を出したが、病院にはまだちょっと居るらしいな」
アゴーニの緑の目が窓に向いたが、アミトスチグマ王国の夏の都からは、ミャータ市どころかネモラリス島も見えない。
「通行止めでお薬の供給が止まったからですか?」
「いや、あの街は薬草や何かの産地で、リャビーナの製薬会社に卸す業者がわんさか居る」
「あ、じゃあ自給自足できるんですね」
「そうみてぇだな。病院の様子は見てねぇが、解放軍の連中はそう言ってた」
臨時政府があるレーチカ市から遠い地域では、政府軍や行政機関よりもネミュス解放軍の勢力が強い。
「近所の村は大変だそうですけど、ミャータ市は大丈夫なんですね」
「そうでもねぇな。魔法薬作ンのは手作業だ。そんな一遍に大量生産できるモンじゃねぇ」
「あっ……」
薬師アウェッラーナの献身的な働きで、移動放送局が滞在した村とその周辺の村の人々は助かった。薬師一人の力で千人余りの命を救えたなら、複数の医療者が居る街なら、もっと助かっただろうと思っただけにミャータ市が「そうでもない」状態なのが不思議だ。
「薬草の卸売屋さんは大勢居ても、薬師さんが居ないとかですか?」
「情報と準備期間の差だな。あっちで先に流行が始まって、不意討ちみてぇなもんだ。すぐ薬が足りなくなったらしい」
「えっ……」
「例えば、働き手を亡くして乳呑児抱えて途方に暮れるが、一人じゃ赤ん坊の世話が大変で、役場にも行けねぇってな奴がわんさか居る」
「その人たち、どうなるんですか?」
ファーキルには、窮状を伝えることもできない状況が上手く想像できなかった。
身内や友人知人を頼ってアミトスチグマ王国へ避難したネモラリス人の苦境も、現地で昔から自国民の為に活動するボランティア団体などからの苦情で初めて知ったくらいだ。
「取敢えず、呪医とジョールチさんが、解放軍と神殿、ボランティア団体に掛け合って、死者が出た家を中心に各戸訪問したり、調査票を郵送して、役所に情報を繋ぐ方向で話がまとまった」
「あ、そっか。住所がわかってるから、そう言う対策ができるんですね」
アミトスチグマ王国内に散らばるネモラリス人は、所在の把握が難航し、全く手を打てない状況が続く。
苦情を訴えたボランティア団体が情報収集に協力してくれたが、彼らが支援活動の中で接触できたのは、氷山の一角だ。
差別を恐れて名乗り出ないネモラリス人が存在するとも耳にした。
「情報が集まりゃ役所もちったぁ動きやすくなンだろってコトで、俺らは次ンとこ行く」
通りすがりの移動放送局にできることなど、ほんの僅かだ。
ミャータ市民をずっと傍で見守り続けることなどできない。
「次の街ン着いたら、こっちにも顔出すゎ」
「はい。ありがとうございます。新聞のデータ、来週くらいには送信できると思います」
「わかった。工員の兄ちゃんに言っとく」
葬儀屋アゴーニは、パソコン部屋を立ち去りかけたが、戸の前で足を止めた。
「それと、ミャータでも、リャビーナに星の標の支部があるってハナシが知れ渡ってる」
「オースト倉庫とかですね?」
ファーキルは葬儀屋につられて表情を引き締めた。
「会社名までは伝わってねぇが、薬素材の卸しのモンが、リャビーナで情報も仕入れて帰るみてぇだな」
「わかりました。スニェーグさんとオラトリックスさんもお伝えします」
「ありがとよ」
リャビーナ市で情報を流せば、ミャータ市やその周辺にも伝わる。口コミ経路がひとつわかったのは収穫だ。
どう使えるか不明だが、共有するに越したことはない。
ファーキルは早速、インターネットで連絡がつく同志たちに伝えた。
☆トポリ市内の様子を伝える連載……「1330.連載中の手記」「1335.気になる連載」参照
☆トポリ市で、復旧・復興関連の公共事業……「1175.役所の掲示板」参照
☆トポリ空港が復旧……「634.銀行の手続き」「750.魔装兵の休日」参照
☆ゼルノー市への立入制限……ピスチャーニク区に銅山がある「0044.自治区の生活」参照
☆防壁と家屋が破壊された為、市内に魔物や魔獣が流入……「1120.武器職人の今」参照
☆トポリ神殿のガローシカ神官……「1330.連載中の手記」参照
☆ネーニア島内の穀倉地帯も空襲を受けた……「757.防空網の突破」参照
☆近所の村は大変……「1324.荒廃した集落」「1325.消滅した集落」参照
☆魔法薬作ンのは手作業……例:毒消し「245.膨大な作業量」、傷薬「266.初めての授業」参照
☆薬師アウェッラーナの献身的な働き……過労で倒れた「1284.過労で寝込む」~「1286.接種状況報告」参照
☆あっちで先に流行が始まって……ミャータ周辺「1090.行くなの理由」→移動放送局が居た村「1246.伝わった流行」参照
☆働き手を亡くして乳呑児抱えて途方に暮れる……「1337.声なき困窮者」それ以外も「1336.魚屋が来ない」参照
☆ボランティア団体などからの苦情……「1305.支援への礼状」「1306.自助の増強を」参照
☆オースト倉庫……「873.防げない情報」「0958.聖典を届ける」参照
☆スニェーグさんとオラトリックスさん……二人ともリャビーナ市民楽団所属「278.支援者の家へ」「306.止まらぬ情報」参照




