1340.向こう岸では
「お兄さん、アーテル本土で魔獣狩りしてきたの?」
「そうだ。何を知りたい?」
「そうねぇ……」
運び屋フィアールカは、タブレット端末をカウンターに置いて思案する。
保護シールが邪魔で、ロークの位置からは画面が見えなかった。
「お兄さん、そのカッコで行ったの?」
「あぁ。それがどうした?」
素材屋プートニクは、防禦の呪文や呪印がびっしり刺繍されたマントの下に魔法の【鎧】を着込む。手袋と長靴も術が施された重装備だ。
腰には小さな道具袋を吊り、剣を佩く。「冒険者カクタケア」シリーズの挿絵で見た魔法戦士そのままの出で立ちだ。
「アーテル人……キルクルス教徒の反応、どうだった?」
「ネタの対価は情報交換ってコトにしねぇか?」
「いいわ。何が知りたい?」
「差し当たって、今のアーテルで素材集めすんのに必要な情報だな。ここのもう一人の店番に物々交換はダメだってのは教えてもらった」
「う~ん……随分、漠然としてるわね」
フィアールカは頬杖を突き、もう一方の手で緑色の頭を抱えた。
旧王国時代から生きる元騎士プートニクが、弱った声を出す。
「何がわかんねぇかも、わかんねぇんだ」
「私のさっきの質問とも繋がるんだけど、今のアーテル地方には、基本的に力なき陸の民のキルクルス教徒しか居ないわ」
フィアールカは頬杖をやめ、背筋を伸ばして淡々と説明を始めた。
半世紀の内乱後、国教をキルクルス教に定め、バンクシア共和国やバルバツム連邦など、世界中のキルクルス教国や、教団組織、信者団体などから支援を受け、急速に科学技術を発展させつつ、復興を果たした。
相当な寄付を受けた為、財政が安定し、国民生活も相対的に豊かだ。
ネモラリス共和国は復興予算で国庫がカツカツで状況がまるで違う。
本土のアーテル地方から魔法使いを追放し、ランテルナ自治区に押し込んだ。
ネモラリス共和国のリストヴァー自治区と異なり、ほぼ完全な棄民扱いで、選挙権をはじめとする様々な権利がなく、行政サービスも受けられない。
それでも、アーテル本土との取引では課税される。本土のみで完結する取引と比べ、税率が高い。
「よくそんなんで暴動が起きねぇな?」
「この呪符屋さんとか、大半のお店は旧王国時代からあって、物々交換が主流だし、完全に放っておいてくれるから、却って気楽なものよ」
「でも、星の標とかのテロがちょくちょくありますよね」
「テロだと?」
ロークが口を挟むと、プートニクは目を剥いた。
「聞き捨てならねぇな。今もあんのか?」
「最近は減ったけど、島と本土、両方であるわね」
「それで地元民の反応を聞いたのか……」
愕然とするプートニクに二人揃って頷いた。
「本土で力ある民が産まれたら、その子が殺されたり、母親が魔女扱いで捕まって火炙りにされたり、まぁ酷いものよ」
「で、姐さんはそいつらからカネ取って、他所へ逃がすのが商売なのか」
「行った先での魔法の教育、家と仕事の斡旋、就職できるまでの生活費も込みだから、私の取り分なんて微々たるものよ」
これはロークも初耳で、湖の民の運び屋をまじまじと見た。
「ここに来る駆除屋さんたちは、『本土の人たちがお礼を言うようになった』って言ってたけど、一服盛られないように用心してるとも言ってたわ」
「お互い不信感があるってのは、ここのとっつぁんから聞いたけどよ」
「地元民との接触、全然ないの?」
フィアールカが首を傾げ、肩に掛かった緑髪がさらりと流れた。
「屋上に括られてる奴を狩って、メシはこっちに戻って食うからな」
「居場所……【索敵】できるの?」
フィアールカの目がプートニクの胸元に向く。
徽章は【飛翔する鷹】学派だ。
別に【飛翔する蜂角鷹】学派をきちんと修めなくても【索敵】の術は使えるらしいが、術者の外見からは、どんな術が使えるかわからない。
術者の霊的条件や身体的条件が合って、行使に必要な魔力があり、呪文をとちらず、きちんと魔力を練られさえすれば、修めた学派は問わない。
日々の暮らしに必要な【霊性の鳩】学派の術は、魔法使いならみんな常識として使える。
内乱時代にかなり苦労したらしい薬師アウェッラーナは、魔法薬を作る【思考する梟】学派の他、傷を癒す【青き片翼】と病を癒す【白き片翼】学派も少し使える上、家族から魚を獲る【漁る伽藍鳥】学派も教わった。勿論【霊性の鳩】学派も使える。
本職として修めた【思考する梟】以外は少しずつらしいが、力なき民のロークからしてみれば相当な使い手だ。
プートニクは、カウンターを指先で撫でて地図を描いた。
「いや、バスで橋渡って【飛翔】でビルを見下ろして、みつけた奴を片っ端から狩ってんだ」
「ふーん……アーテルの街はあちこちに監視カメラがあるから、気を付けてね」
「監視カメラ?」
元騎士が首を傾げると、元神官の運び屋が簡単に説明した。
……南ヴィエートフィ大橋を渡ってすぐ……イグニカーンス市で狩るのか。
ロークは作業部屋をちらりと見た。ゲンティウス店長は、まだ素材の鑑定中だ。
「駆除屋さんには、一人も会わなかったの?」
「あいつらは、道端や瓦礫の山に居る奴を狩るみてぇだ」
「あなたは地上のを狩らないの?」
「ちまちま追っかけんのは性に合わんし、そっちは島の業者が狩ってんのによ」
プートニクは苦笑して、剣の柄をポンと叩いた。
「括られてる奴は逃げらんねぇ。ちょい上から【光の槍】一発かまして弱らせて接敵して、【刃の網】で動けなくしてから素材採るんだ」
ロークは森で補色蜥蜴と遭遇しただけで動けなくなった。
あの時の恐怖を思い出し、あれの鱗を剥いできた魔法戦士を見詰める。
スキーヌムがお使いから戻った。
「あっ、プートニクさん。フィアールカさんも、こんにちは」
場を繕う作り笑いや営業スマイルではない。
ロークには向けたことのない自然な笑顔が、やけに眩しく見えた。
☆「冒険者カクタケア」シリーズ……「764.ルフスの街並」「794.異端の冒険者」~「796.共通の話題で」「1137.アーテル文化」「1165.小説のまとめ」「1166.聖典を調べる」参照
☆もう一人の店番に物々交換はダメだってのは教えてもらった……「1314.初めての来店」参照
☆ほぼ完全な棄民扱い……「0176.運び屋の忠告」「285.諜報員の負傷」「1135.島民の選挙権」「1136.民主主義国家」「1204.彼の地の恋愛」参照
☆アーテル本土との取引では課税……「532.出発の荷造り」「1135.島民の選挙権」参照
☆星の標とかのテロ……「386.テロに慣れる」「387.星の標の声明」参照
☆母親が魔女扱いで捕まって火炙り……「809.変質した信仰」~「811.教団と星の標」参照
☆本土の人たちがお礼を言うようになった……「1316.きな臭い噂話」参照
☆ロークは森で補色蜥蜴と遭遇……「407.森の歩行訓練」参照




