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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十六章 東へ

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1339.熟練工の喩え

 運び屋フィアールカは、緑髪をさらりと掻き上げて香草茶を啜った。


 「その僅かな変化を計測するセンサがなくて、コンピュータが誤差を修正できないからよ」

 「バルバツム連邦とか、凄く科学技術が進んでるのに……それでもムリなんですか?」

 「作ろうと思ったら、研究、開発に莫大な経費が掛かるからよ。研究成果を製品化するにもおカネが掛かるし、単価が安い部品作るのにそこまでしちゃ赤字が出るから、できるけどしないって言った方が正確かしらね」


 ロークは成程(なるほど)と頷きかけたが、別の疑問が口を()いて出た。


 「町工場の職人さんは、どうしてできるんですか?」

 「指の神経って言うセンサがついてるからよ」

 「指……?」

 驚きで次の言葉が消え失せる。

 おちょくられたのかと思ったが、彼女の目に笑いはなかった。

 「熟練の職人さんは、髪の毛を指でつまむだけで、太さの違いを言い当てられるそうよ」

 「えぇッ……機械はそれ、何か別の手段でどうにかできないんですか?」

 「それで逆に工場の気温と湿度を一定に保とうとするでしょ」

 「あぁ、素材を安定化させる方向で……できないんですか?」

 「今度は正確な温度センサはあっても、温度や湿度を完全に一定化できる空調設備がないの。工場の建屋を断熱仕様に建替えるのはキツいでしょ」


 商業高校の教科書の一節が脳裡(のうり)を掠めた。


 「製品が“安い部品”だとコストの回収に何年掛かるかわかりませんね」

 「そうそう。だからね、デキる人には凄く簡単で、どうやって実行してるか言語化できないコトって、デキない人にとっては、魔法よりワケわかんないものなのよ」


 ロークは、スキーヌムに対する教え方を批難されたと気付いて黙った。

 言語化不能な部分を伝える努力を負担せよと言われたらしいが、何故、ロークがスキーヌムの為にそこまでしなければならないのか、理不尽な気がした。


 ……そりゃ、ランテルナ島に連れ出した責任はあるけど、ついて来たのスキーヌム君なのに。


 「私は簡単に【操水】できるけど、あなたは“水に巡らせた魔力の流れ”を感知することもできないでしょ」

 「……力なき民ですから」

 ロークはうっすら屈辱を感じたが、表情を変えずに頷いた。


 「作用力を補う【魔力の水晶】を握っても、魔力の流れを読めない人には、【操水】みたいな術は使えないの。【魔除け】や【癒しの風】みたいに魔力を制御しなくていい術は使えるけど、」


 「そんな違いがあったんですか」

 初めて知った驚きと、過去に使った術の感覚が繋がった。

 あの感覚は、魔力の流れではなかったのかと悲しくなる。


 スキーヌムは、まだお使いから戻らない。

 店長は素材の到着を待つ間、サンドイッチをつまんで、やや遅い昼食中だが、食事が終わるまでに戻るか心配になってきた。


 「そうよ。でも、私には魔力の流れを感知する感覚を言語化できないし、仮に説明できたとしても、あなたには感知能力がないから、実際どんな感覚なのか、一生理解できないわ」

 「そりゃまぁ、そうですけど……」


 ……じゃあ、どうしろって?


 「私は、力なき民のあなたに身を守る魔法の品を渡しても、【操水】を使えなんて言ったコトないでしょ」

 「えぇ……いつもありがとうございます」

 「お互い様だから、私もいつも助かってるわ。ありがとね」

 にっこり笑って言われたが、釈然としない。


 呪符屋の戸が勢いよく開き、大柄な男性が入って来た。素材屋プートニクだ。

 「よぉ、また素材買ってくれや。獲れたてで新鮮だぞ」

 店長を呼びに行く背に声が掛かる。

 「眼鏡の坊主はどうした?」

 「お使いに出ています。ご用ですか?」

 「いや、元気にしてるかと思ってな」

 「昨日と同じですよ」

 ロークは苦笑を返して作業部屋に入った。


 ゲンティウス店長が、齧りかけのサンドイッチを置いて店に出る。フィアールカに会釈して、プートニクの前に立った。

 「こりゃどうも。わざわざご足労いただだきまして恐れ入ります」

 「今日は平敷(ひらしき)の消化液と、双頭狼(そうとうろう)の眉毛と消し炭、補色蜥蜴(ほしょくとかげ)の鱗だ」

 プートニクが、大きな袋を無造作に渡した。

 店長は愛想良くお礼を言って奥へ引っ込む。

 ロークは茶器と一緒に鉛筆と呪符の注文票をカウンターに置いた。


 「俺は急がねぇから、こっちの姐さんの分、先に出してやれ」

 「買物じゃありませんから、お構いなく」

 フィアールカが微笑を向けると、プートニクは頷いてロークを見た。

 「この姐さんが、運び屋か?」

 「はい」

 「あら、私の噂してたの?」

 フィアールカは微笑を崩さなかったが、目から笑いが消えた。

 「すみません。話の成り行きでちょっと……」

 「いいわ。別に秘密にしてるワケじゃないから。こちらは新しい駆除屋さん?」

 「王都で素材屋してるモンだ。アーテルに原材料がいっぱい居るって小耳に挟んだもんでな。調達に来たんだ」


 長命人種の魔法使い二人が互いを値踏みする。


 ロークは沈黙が気マズくなり、プートニクに声を掛けた。

 「本土の屋上、ひとつも罠がなかったんですね」

 「あぁ。魔獣が居座ってるだけで、キルクルス教徒にとっちゃ罠以上の脅威ンなるからじゃねぇか?」


 黒髪の偉丈夫が答えると、緑髪の運び屋は椅子ごと向き直った。

☆スキーヌムに対する教え方……「1064.職場内の訓練」「1068.居たい場所は」「1224.分担して収集」「1225.ラジオの情報」参照

☆ランテルナ島に連れ出した責任……「841.あの島に渡る」~「847.引受けた依頼」参照

☆魔力の流れ……「0111.給湯室の収穫」「0169.得られる知識」「0179.橋を渡る車輌」「228.有志の隠れ家」「454.力の循環効率」参照

☆魔力の流れを感知する感覚……言語化できないので実演「266.初めての授業」「872.流れを感じる」参照

☆過去に使った術の感覚……「1082.自力で癒す傷」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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