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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十六章 東へ

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1374/3511

1338.記録の古代神

 「プートニクさんって、どんな人なんですか?」

 ロークは、魔獣の消し炭の粉末を水知樹(みずちじゅ)の樹液で溶きながら聞いた。呪符屋の店長が【慰撫囲(いぶい)】の魔法陣が描かれた布を作業台に広げ、首を傾げる。

 「どんなって……どうよ?」


 「一人でアーテル本土に渡って魔獣狩りするみたいなコト言ってましたけど」

 「心配いらねぇ。あの御仁は【飛翔する(タカ)】で、素材は自分で調達してんだ」

 「そんなに強いんですか?」

 店長は頷いて、防禦の呪文がびっしり刺繍された革手袋を着ける。仕入れたばかりの素材を【慰撫囲(いぶい)】の袋から出し、何だかよくわからない赤黒い塊を魔法陣の中心に据えた。


 ロークは、この店で働き始めて一年近く経つが、店長がそんな危険な素材を扱うのを初めて見た。


 店長は、広口のガラス瓶に水知樹(みずちじゅ)の樹液とロークの知らない液体を注ぎ入れ、ガラス棒で混ぜる。どちらも無色透明で、特に変化は見られない。

 力ある言葉で何事か唱え、赤黒い塊を指差すと、真っ二つに割れた。何度も同じ処理を繰り返し、胡桃くらいの大きさの塊十数個に分ける。


 店長が袖で額の汗を拭い、ロークに顔を向けた。

 「強ぇなんてモンじゃねぇ。あの御仁は湖西地方へ出向いて、自分で仕留めて来なさるんだ」

 「えぇッ? ……それも、一人でですか?」

 思わず呪符用黒インクを調合する手が止まる。


 「そりゃ流石に無理だ。郭公(カッコウ)の店長とスクートゥムの知り合い何人かで組んで行くらしい」

 「えっ? クロエーニィエさんもですか?」

 「何びっくりしてんだ? あの人も元騎士だぞ?」

 「えぇ、それは聞きましたけど、騎士の頃使ってた剣、ファーキル君に譲ってたんで、てっきり、もう戦わないんだとばっかり……」

 「遺跡で凄ぇ剣拾ったらしいが、どんな代物かは俺も聞いてねぇ」


 店長は布の魔法陣に乳鉢を置き、赤黒いカケラをすり潰し始めた。


 ロークも作業を再開する。できた分はきっちり蓋を閉めて片付け、次の素材を乳鉢ですり潰す。

 原材料は、昨日、魔獣駆除業者がアーテル本土で狩ってきた地蟲(ちこ)だ。

 見張り役の業者が持ち込み、有りもしない武勇伝を語った。彼は【化粧】の首飾りで顔を変えたロークに見られたことなど知る(よし)もない。



 「あの……“プートニク”って、本とか記録の神様の名前ですよね?」

 フラクシヌス教徒は、神名を呼称にするのを不遜とは思わないのだろうか。

 「あぁ。フィルム式のカメラが発明されて()ナシの頃、出版社の依頼で湖西地方の写真、大量に撮りまくってな。それからそう呼ばれてんだ」

 「何の写真ですか?」

 二人とも、手を止めずに話す。



 古代神のプートニクは、主神フラクシヌスらと協力して旱魃の龍と戦い、その記録を持って出身地の南方へ去った。

 そのせいか、ラキュス湖の(ほとり)には信者が少ない。リンフ山脈の向こうでは、神格化されることなく、救国の英雄として祀られると言う。



 「風景、植物、地上の遺跡、スヴェート河、森、魔獣……何でもだ」

 「何でも」

 「魔獣は、スクートゥム王国の騎士団や駆除屋から聞き取った棲息地や生態、それに実際、戦ってわかった弱点やなんかも記録して伝えた」

 「凄いですね」

 「あぁ。凄ぇ御仁だ。騎士の頃に知った他の魔物や魔獣のこともいっぱい書いたから、出版社がまとめて魔獣図鑑出して、今も内容の更新を続けてる」

 「図鑑用の筆名なんですか?」


 呼称の“プートニク”は「旅人」を意味する。


 「出版社の奴が勝手に付けたモンだけどな」

 「そうだったんですか。じゃあ、一人で本土に行っても大丈夫ですね」

 「どうだかなぁ。あっちじゃ、化けモンより人間の方が油断なんねぇ」

 ロークが見た限り、そんなコトはなさそうに思えたが、湖の民や力ある陸の民にとってもそうとは限らない。


 ……今度行く時は、本土のキルクルス教徒が魔獣駆除業者にどんな態度するか、気を付けて見よう。



 昼過ぎ、ロークの店番中、運び屋フィアールカが訪れた。

 「あら、今日はあのコじゃないのね」

 「お使いに出てます。ご用ですか?」

 「別に。最近、急にお茶の淹れ方が上手くなったから」

 「俺じゃダメですか?」

 「そんなコトないわ」

 フィアールカは笑ってカウンター席の一番奥に座った。

 「どうして急に上手くなったのかしらね」

 「レノ店長が教えてくれたそうですよ」

 「あのコ、パン屋さんなのにそんなコトまで上手いのね」

 感心しながら鞄を探り、タブレット端末を出してつつく。


 ロークは教え方の下手さを(なじ)られたように感じたが、平静を保って香草茶を用意する。


 「こう言うのって、あんまりにもフツー過ぎて逆に説明難しいんですよね」

 「簡単過ぎて何も考えなくてもできるから、説明の言葉がみつからないって言うの?」

 「えぇ、まぁ、そんなカンジですね」

 「意外とそんな言語化し(にく)い技術の方が、(きわ)めるの難しかったりするのよ」

 「そうなんですか?」

 カウンターに茶器を置くと、フィアールカは端末から顔を上げて頷いた。


 「例えば、町工場の熟練工の技術。旋盤工(せんばんこう)の正確無比な精密作業は、科学文明国にあるコンピュータ制御の機械でも真似できないし、継承も難しいそうよ」

 「えぇっ? 何か、機械の方が精確(せいかく)そうな気がするんですけど?」


 半信半疑で聞くと、運び屋は予想済みだったらしく、すらすら答える。


 「その日の温度や湿度なんかで、素材が膨張したり伸縮したりするでしょ」

 「寒い日にジャムの瓶が開かなくなるアレですね」

 「そう。彼らは素材の微細な変化を読み取って、成果物の品質を寸分の狂いもなく同じに仕上げるの。でも、機械にはまだそこまでできない」

 「どうしてですか?」

 ロークはカウンターに置いた拳に力が入った。

☆プートニクさんって、どんな人……「1301.王都の素材屋」~「1304.もらえるもの」「1313.檻から出ても」~「1317.情報交換の場」参照

☆一人でアーテル本土に渡って魔獣狩りする……「1317.情報交換の場」参照

☆何だかよくわからない赤黒い塊……「1302.危険領域の品」参照

☆あの人も元騎士……「414.修行の厳しさ」「423.食堂の獅子屋」「424.旧知との再会」「447.元騎士の身体」参照

☆騎士の頃使ってた剣、ファーキル君に譲ってた……「443.正答なき問い」「851.対抗する武器」参照

☆遺跡で凄ぇ剣拾った……「1314.初めての来店」参照

☆見張り役の業者……「1292.修理できない」参照

☆“プートニク”って、本とか記録の神様の名前/古代神のプートニク……「671.読み聞かせる」参照

☆ロークが見た限り、そんなコトはなさそう……「1290.工場街の調査」~「1296.虚実織り交ぜ」参照

☆レノ店長が教えてくれた……「1297.やさしい説明」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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