1335.気になる連載
「遅くなってすみません」
「気にすんな。そっちの組は人数多いし、一遍に入れる店みつけんのも大変だったろ」
移動放送局のトラックに戻ったレノ店長が、開口一番、詫びを口にすると、葬儀屋アゴーニは屈託のない笑顔を返して労った。
冬の落日は早い。
公民館の駐車場から見えるミャータ市の家々は黄昏色に染まり、街路樹が歩道に長い影を落とした。
「隊長、遅くなってすンません」
「構わん。どうだった?」
「スゲー美味かったっス!」
子供らの「ただいま」を背に少年兵モーフが即答した。
「そうか。よかったな」
ソルニャーク隊長は新聞を畳んで脇に置くと、満ち足りた笑顔にやわらかな微笑で応え、メドヴェージを見た。
「解放軍はいっぱい居やしたが、街の連中はすっかり馴染んで、気にも留めてやせんでした」
隊長が頷いて促す。
呪医セプテントリオーも、運転手の報告に耳を傾けた。
「それと、ちっせぇ街にしちゃ、やけに神殿の参拝者が多かったのが気ンなったくれぇで、何がどうってんでもありゃぁしやせんでした」
「そうか。ありがとう。先程、解放軍の者が古新聞を置いて行った」
「私がお願いしたのです」
呪医セプテントリオーが小さく手を挙げると、国営アナウンサーのジョールチが原稿を読むような調子で言った。
「支部長が直々に持参して、軍医のセプテントリオー様にくれぐれもよろしくお伝えくださいとのことでした」
「私が軍を離れて、もう二百年近く経つのですが……」
「呪医を解放軍の軍医に引っ張り込みたいってコトかもよ?」
DJレーフがイヤそうに眉を顰める。
アウェッラーナも眉根を寄せ、服の上から薬師の証【思考する梟】学派の徽章を握りしめた。
「じゃ、これ読んで待ってやす」
ソルニャーク隊長とメドヴェージが場所を代わり、残りの四人も呪縛が解けたように立ち上がる。
「おいしいお店、みつけました。道順、これで撮ってきたんで、どうぞ」
クルィーロがジョールチにタブレット端末を差し出し、使い方を説明する。
「今日はちっと遅くなったし、お参りは明日にすらぁ」
葬儀屋アゴーニに続き、魚の干物を持った老漁師アビエースと薬師アウェッラーナが荷台を降りる。
先に降りたソルニャーク隊長が二の腕をさすった。吐く息が白く曇ってラキュス湖から吹き上がる北風に流れる。
説明が終わり、荷台を出たジョールチが、端末の画面と本物の街を見比べた。
「あちらですね」
「行ってきます」
五人が見えなくなるまで見送って、DJレーフがお茶を淹れてくれた。
呪医セプテントリオーは香草茶を受取り、新聞を手に取った。
湖水日報のネモラリス北東地方版だ。
ミャータ神殿の掲示板で見た連載が一面の右肩に載る。
レノ店長も気付いたらしく、マグカップを置いて貪るように読み始めた。
ピナティフィダとエランティスも、新聞の山から不定期連載がある号を抜き出して兄の横へ積む。
「これにも載っていますよ」
セプテントリオーは、母の消息を求める子供らに読みかけの新聞を渡した。
老漁師アビエースの話によると、パン屋のおかみはトポリ市に避難し、ネモラリス軍のトポリ基地で食堂の求人に応募したらしい。
子供らはネモラリス島北東部のミャータ市、母親はネーニア島東部のトポリ市。力なき陸の民の一家にとっては、絶望的な距離だ。
移動放送局プラエテルミッサは、この先さらに東へ進む。
パン屋の兄姉妹がネーニア島へ戻り、母親と再会できる日がいつになるか、いや、彼らの存命中にそんな日が訪れるかさえ危ぶまれる。
……やはり一度、オーストロフ島に顔を出さねばならんのか。
全く気が進まないが、難民キャンプや無医村で負傷者を癒す以外で、セプテントリオーにできそうなことは限られる。
あの小島に足を運んだところで、何も変わらないかもしれない。
……僅かでも、何かが動く可能性があるなら、行かねばならんのか。
半世紀の内乱中、生き残った親しい親族を一度の攻撃で皆殺しにされた。
その葬儀以来、全く足を向けなかった場所だ。
大地と同じ色の髪の兄姉妹が、手分けして新聞に目を走らせる。
彼らに残された時間は、長命人種のセプテントリオーと同じではない。今回の戦争も半世紀余り続くなら、戦禍に巻き込まれずに済んだとしても、母親の寿命は尽きてしまう。
「この新聞、ファーキル君に渡そうと思うんだ」
クルィーロの声で、エランティスが顎を殴られたように紙面から顔を上げた。
「端末だと、写真撮るのも細切れだから、スキャナで取り込んでもらって、端末にデータ送ってもらって、要るとこだけ印刷して返してもらった方が、嵩張らなくていいと思うんだけど」
「えぇっと……?」
レノ店長も顔を上げ、工員クルィーロに疑問の目を向ける。何をどう聞けばいいかさえわからない顔だ。
「マリャーナさんちのパソコン部屋、業務用のでかい複合機あるから、それで写真撮るみたいにしてデータ取り込んでもらって、ついでに連載のとこだけ印刷してもらった方が、俺がちっさい端末で一ページをチマチマ何枚にも分けて撮るより読みやすいよ」
「古新聞ってダニ涌きやすいし」
DJレーフが言うと、ピナティフィダが渋い顔で頷いた。
この新聞の山は、どこに保管してあったものか知れたものではない。
クルィーロが続ける。
「今までの古新聞も、全部そうやって、報告書にまとめてもらってたんだ」
ネモラリス共和国内で発行される新聞は、紙媒体しかない。
総合商社パルンビナ株式会社の役員マリャーナにとって、重要な情報源のひとつだ。自社の従業員を危険に晒すことなく手に入るから、移動放送局プラエテルミッサの面々に何かと便宜を図ってくれる。
「じゃ、じゃあ、この、一面のこの連載、読み終わってからでいい?」
「急いで読むから」
レノ店長に続いて、妹二人も祈るように声を揃える。
「この街にいつまで居るかわかんないから、俺一人じゃ決めらんないけど」
「情報は鮮度が命だけど、どうせ古新聞だ。ゆっくりでいいんじゃない?」
DJレーフの一言で、パン屋の三人の肩から力が抜けた。




