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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十六章 東へ

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1335.気になる連載

 「遅くなってすみません」

 「気にすんな。そっちの組は人数多いし、一遍(いっぺん)に入れる店みつけんのも大変だったろ」

 移動放送局のトラックに戻ったレノ店長が、開口一番、詫びを口にすると、葬儀屋アゴーニは屈託のない笑顔を返して(ねぎら)った。


 冬の落日は早い。

 公民館の駐車場から見えるミャータ市の家々は黄昏色に染まり、街路樹が歩道に長い影を落とした。

 「隊長、遅くなってすンません」

 「構わん。どうだった?」

 「スゲー美味かったっス!」

 子供らの「ただいま」を背に少年兵モーフが即答した。

 「そうか。よかったな」

 ソルニャーク隊長は新聞を畳んで脇に置くと、満ち足りた笑顔にやわらかな微笑で応え、メドヴェージを見た。


 「解放軍はいっぱい居やしたが、街の連中はすっかり馴染んで、気にも留めてやせんでした」

 隊長が頷いて促す。

 呪医セプテントリオーも、運転手の報告に耳を傾けた。

 「それと、ちっせぇ街にしちゃ、やけに神殿の参拝者が多かったのが気ンなったくれぇで、何がどうってんでもありゃぁしやせんでした」

 「そうか。ありがとう。先程、解放軍の者が古新聞を置いて行った」

 「私がお願いしたのです」

 呪医セプテントリオーが小さく手を挙げると、国営アナウンサーのジョールチが原稿を読むような調子で言った。

 「支部長が直々に持参して、軍医のセプテントリオー様にくれぐれもよろしくお伝えくださいとのことでした」

 「私が軍を離れて、もう二百年近く()つのですが……」

 「呪医(せんせい)を解放軍の軍医に引っ張り込みたいってコトかもよ?」

 DJレーフがイヤそうに眉を(しか)める。

 アウェッラーナも眉根を寄せ、服の上から薬師(くすし)の証【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)を握りしめた。


 「じゃ、これ読んで待ってやす」

 ソルニャーク隊長とメドヴェージが場所を代わり、残りの四人も呪縛が解けたように立ち上がる。

 「おいしいお店、みつけました。道順、これで撮ってきたんで、どうぞ」

 クルィーロがジョールチにタブレット端末を差し出し、使い方を説明する。


 「今日はちっと遅くなったし、お参りは明日にすらぁ」

 葬儀屋アゴーニに続き、魚の干物を持った老漁師アビエースと薬師(くすし)アウェッラーナが荷台を降りる。

 先に降りたソルニャーク隊長が二の腕をさすった。吐く息が白く曇ってラキュス湖から吹き上がる北風に流れる。


 説明が終わり、荷台を出たジョールチが、端末の画面と本物の街を見比べた。

 「あちらですね」

 「行ってきます」

 五人が見えなくなるまで見送って、DJレーフがお茶を淹れてくれた。

 呪医セプテントリオーは香草茶を受取り、新聞を手に取った。


 湖水日報のネモラリス北東地方版だ。

 ミャータ神殿の掲示板で見た連載が一面の右肩に載る。


 レノ店長も気付いたらしく、マグカップを置いて貪るように読み始めた。

 ピナティフィダとエランティスも、新聞の山から不定期連載がある号を抜き出して兄の横へ積む。

 「これにも載っていますよ」

 セプテントリオーは、母の消息を求める子供らに読みかけの新聞を渡した。


 老漁師アビエースの話によると、パン屋のおかみはトポリ市に避難し、ネモラリス軍のトポリ基地で食堂の求人に応募したらしい。


 子供らはネモラリス島北東部のミャータ市、母親はネーニア島東部のトポリ市。力なき陸の民の一家にとっては、絶望的な距離だ。

 移動放送局プラエテルミッサは、この先さらに東へ進む。

 パン屋の兄姉妹(きょうだい)がネーニア島へ戻り、母親と再会できる日がいつになるか、いや、彼らの存命中にそんな日が訪れるかさえ危ぶまれる。


 ……やはり一度、オーストロフ島に顔を出さねばならんのか。


 全く気が進まないが、難民キャンプや無医村で負傷者を癒す以外で、セプテントリオーにできそうなことは限られる。

 あの小島に足を運んだところで、何も変わらないかもしれない。


 ……僅かでも、何かが動く可能性があるなら、行かねばならんのか。


 半世紀の内乱中、生き残った(ちか)しい親族を一度の攻撃で皆殺しにされた。

 その葬儀以来、全く足を向けなかった場所だ。


 大地と同じ色の髪の兄姉妹(きょうだい)が、手分けして新聞に目を走らせる。

 彼らに残された時間は、長命人種のセプテントリオーと同じではない。今回の戦争も半世紀余り続くなら、戦禍に巻き込まれずに済んだとしても、母親の寿命は尽きてしまう。



 「この新聞、ファーキル君に渡そうと思うんだ」

 クルィーロの声で、エランティスが顎を殴られたように紙面から顔を上げた。

 「端末だと、写真撮るのも細切れだから、スキャナで取り込んでもらって、端末にデータ送ってもらって、要るとこだけ印刷して返してもらった方が、嵩張らなくていいと思うんだけど」


 「えぇっと……?」

 レノ店長も顔を上げ、工員クルィーロに疑問の目を向ける。何をどう聞けばいいかさえわからない顔だ。


 「マリャーナさんちのパソコン部屋、業務用のでかい複合機あるから、それで写真撮るみたいにしてデータ取り込んでもらって、ついでに連載のとこだけ印刷してもらった方が、俺がちっさい端末で一ページをチマチマ何枚にも分けて撮るより読みやすいよ」

 「古新聞ってダニ涌きやすいし」

 DJレーフが言うと、ピナティフィダが渋い顔で頷いた。

 この新聞の山は、どこに保管してあったものか知れたものではない。


 クルィーロが続ける。

 「今までの古新聞も、全部そうやって、報告書にまとめてもらってたんだ」


 ネモラリス共和国内で発行される新聞は、紙媒体しかない。

 総合商社パルンビナ株式会社の役員マリャーナにとって、重要な情報源のひとつだ。自社の従業員を危険に晒すことなく手に入るから、移動放送局プラエテルミッサの面々に何かと便宜を図ってくれる。


 「じゃ、じゃあ、この、一面のこの連載、読み終わってからでいい?」

 「急いで読むから」

 レノ店長に続いて、妹二人も祈るように声を揃える。

 「この街にいつまで居るかわかんないから、俺一人じゃ決めらんないけど」

 「情報は鮮度が命だけど、どうせ古新聞だ。ゆっくりでいいんじゃない?」

 DJレーフの一言で、パン屋の三人の肩から力が抜けた。

☆解放軍の者が古新聞を置いて行った/私がお願いした……「1328.ミャータ到着」参照

☆ちっせぇ街にしちゃ、やけに神殿の参拝者が多かった……「1330.連載中の手記」参照

☆おいしいお店、みつけました……「1330.連載中の手記」参照

☆湖水日報……「0144.非番の一兵卒」参照

☆ミャータ神殿の掲示板で見た連載……「1330.連載中の手記」参照

☆老漁師アビエースの話……「826.あれからの道」参照

☆半世紀の内乱中、生き残った親しい親族を一度の攻撃で皆殺し……「359.歴史の教科書」「685.分家の端くれ」参照

☆総合商社パルンビナ株式会社の役員マリャーナ……「865.強力な助っ人」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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