1334.武官らの働き
魔装兵ルベルたちは、次の命令があるまで待機を命じられた。
北ザカート市南部に位置する廃ビルの一室で、額を寄せ合う。
工兵四人は、ルベルが操作するタブレット端末を覗き込んだ。
クブルム山脈まで南下すれば、ラクリマリス王国領の電波を拾える。
一日に数回、クブルム街道やザカート隧道に【跳躍】し、ニュースサイトのスクリーンショットを撮って拠点に戻る。
日当たりのいい窓際の床で車座になり、むさ苦しい男五人で端末を囲むのだ。
空襲被害が激しかった北ザカート市では、瓦礫の撤去と整地が進み、防壁の工事も八割方終えた。だが、民間人の立入は、ネモラリス政府軍と契約した魔獣駆除業者以外、許されない。
工兵班長ウートラは、ラズートチク少尉に呼ばれてどこかへ行く日が多く、【穿つ啄木鳥】学派の工兵マーイは二日に一度、復旧工事の手伝いに駆り出されるが、今日は珍しく四人揃った。
今朝、撮ってきたのは、ポータルサイトのニュースコーナーにあった星光新聞の記事だ。
アーテル共和国が今月、十数年振りに「紙の投票用紙」だけを使って選挙を行うらしい。
「紙の投票用紙って、何かヘンな言い回しですね」
工兵マールトが、半笑いで首を傾げる。
「アーテルは電子投票って言って、予め登録したタブレット端末で、投票所へ行かずに投票するやり方があるそうですよ」
「不正はないのですか?」
ルベルが、かなり前に見た敵国の選挙制度を説明すると、工兵ナヤーブリが食いついた。
「さぁ? その辺はよくわからないんですけど、ネモラリスと同じように紙で選挙するのは、端末を持ってない人とかの少数派で、集計結果が割とすぐ出るから、投票は夜遅くまでやってたらしいですよ」
工兵たちは、わかったようなわからないような曖昧な声を漏らした。
記事には、紙の投票に慣れた職員が少ない為、投票時間を短縮する代わりに、期日前投票の期間を長くするとある。
「憂撃隊が召喚した魔獣がウロウロしてるから、投票所に行けないんじゃありませんか?」
「そうでもない」
ナヤーブリの疑問に答えたのは、工兵班長ウートラだ。
「本土領の企業や個人がランテルナ島の駆除業者を雇い、急激に減った」
「憂撃隊は補充しなかったのですか?」
「奴らの思惑までは知らんが、【召喚符】の作成には素材と時間が必要だ。当局が駆除業者の巡回を増やした為、術を掛けて扉化した死体も放置し難くなった」
工兵ナヤーブリは頷いて、端末に視線を戻した。
工兵マーイが横から画面を指差す。
「この口の悪い文章は何でありますか?」
「記事に対する読者の感想文です。誰でも書き込めるので……」
ルベルの説明に工兵たちが微妙な顔になる。
現在は、魔装兵ルベルら特命部隊の働きによって、アーテル共和国全土が通信途絶に陥った。インターネットに接続できず、電話回線も大半が不通だ。
ルベルはラクリマリスの回線を使用し、共通語圏のポータルサイトにアクセスした。記事本文のキレイな共通語は読めても、コメント欄のスラングまではわからない。これまでは、文章がキレイなコメントだけを拾い読みするに留め、読めない文は、なかったことにしてきた。
「マーイさん、読めるんですか? こう言う、そのー……教科書にない文章」
「平和な頃、外国の雑誌で、まぁ、その……」
「何でも勉強してみるものだな」
工兵班長ウートラが、工兵マーイの歯切れの悪い返事にニヤリと笑う。
何の雑誌か聞いてはいけない気がして、ルベルは黙った。
「共通語の国って大体、アルトン・ガザ大陸にありますよね?」
「そうだな」
工兵マールトが確認すると、ウートラ班長が頷いた。
「アーテルは共通語圏からしてみれば、辺境の小国ですが、どうしてこんなに関心が高いのでしょう?」
「何故、それが気になった?」
質問の声は、ラズートチク少尉だ。
いつの間に入って来たのか、全く気付かなかった。
驚いたのはルベルだけでなく、工兵たちも戸口に顔を向けて固まる。
少尉が工兵マールトに視線を向けると、しどろもどろに答えた。
「しょ、少尉殿、それは、この、アレです。この野卑な文を書いた人物には、到底、教養があるように見えません。アーテルの存在自体、知っているかも怪しいと思ったからです」
いささか失礼な言い草だが、言われてみれば、そんな気がして来る。
「それは、駐在武官の工作だ」
「どちらの武官閣下でありますか?」
工兵マーイが目を丸くする。
相当下品なスラングらしい。
「アミトスチグマやルニフェラの駐在武官だが、彼らが書込んだのではないぞ」
苦笑と共に返された答えに何となく空気が緩んだ。
「あれっ? じゃあ、誰が……?」
「カネで雇われた者たちだ」
ルベルの呟きに答えた声は、露骨に侮蔑を含む。
ラズートチク少尉は、怪訝な顔の部下五人に淡々と語った。
「武官たちは身元を伏せ、単に『この記事の閲覧数を増やす為にコメントを書込み、SNSで拡散せよ』と指示を出した。この下品な書込みの他も、大半が雇われ者だ」
「記者個人か、新聞社の仕業だと思わせる為にですか?」
陸軍情報部の少尉は、気象予報士【飛翔する燕】学派の工兵ナヤーブリに満足げな笑みを向けた。
「それもある。もうひとつの目的は、世界の……キルクルス教圏の目をアーテル共和国に向ける為だ」
こんなコトで注目を集めてどうするつもりなのか。
何となく聞いてはいけない気がして、魔装兵ルベルは無言でラズートチク少尉を見上げた。
☆空襲被害が激しかった北ザカート市……「0188.真実を伝える」「0189.北ザカート市」参照
☆工兵四人/工兵班長ウートラ……「1214.偽のニュース」参照
☆かなり前に見た敵国の選挙制度……「868.廃屋で留守番」参照
☆憂撃隊が召喚した魔獣がウロウロしてる……「1218.通信網の破壊」「1253.攻撃者の目的」「1292.修理できない」「1293.ずれた解決策」参照
☆アーテル本土領の企業や個人がランテルナ島の駆除業者を雇い……「1232.白い闇の中で」「1292.修理できない」参照
☆特命部隊……「1214.偽のニュース」~「1217.工兵との会議」参照
☆魔装兵ルベルら特命部隊の働き……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照
☆カネで雇われた者たち……「1322.若者への浸透」「1323.小出しの情報」参照




