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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十六章 東へ

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1370/3510

1334.武官らの働き

 魔装兵ルベルたちは、次の命令があるまで待機を命じられた。

 北ザカート市南部に位置する廃ビルの一室で、額を寄せ合う。


 工兵四人は、ルベルが操作するタブレット端末を覗き込んだ。

 クブルム山脈まで南下すれば、ラクリマリス王国領の電波を拾える。

 一日に数回、クブルム街道やザカート隧道(トンネル)に【跳躍】し、ニュースサイトのスクリーンショットを撮って拠点に戻る。

 日当たりのいい窓際の床で車座になり、むさ苦しい男五人で端末を囲むのだ。



 空襲被害が激しかった北ザカート市では、瓦礫の撤去と整地が進み、防壁の工事も八割方終えた。だが、民間人の立入は、ネモラリス政府軍と契約した魔獣駆除業者以外、許されない。


 工兵班長ウートラは、ラズートチク少尉に呼ばれてどこかへ行く日が多く、【穿(うが)啄木鳥(キツツキ)】学派の工兵マーイは二日に一度、復旧工事の手伝いに駆り出されるが、今日は珍しく四人揃った。


 今朝、撮ってきたのは、ポータルサイトのニュースコーナーにあった星光新聞の記事だ。

 アーテル共和国が今月、十数年振りに「紙の投票用紙」だけを使って選挙を行うらしい。

 「紙の投票用紙って、何かヘンな言い回しですね」

 工兵マールトが、半笑いで首を傾げる。

 「アーテルは電子投票って言って、(あらかじ)め登録したタブレット端末で、投票所へ行かずに投票するやり方があるそうですよ」

 「不正はないのですか?」

 ルベルが、かなり前に見た敵国の選挙制度を説明すると、工兵ナヤーブリが食いついた。

 「さぁ? その辺はよくわからないんですけど、ネモラリスと同じように紙で選挙するのは、端末を持ってない人とかの少数派で、集計結果が割とすぐ出るから、投票は夜遅くまでやってたらしいですよ」

 工兵たちは、わかったようなわからないような曖昧な声を漏らした。


 記事には、紙の投票に慣れた職員が少ない為、投票時間を短縮する代わりに、期日前投票の期間を長くするとある。


 「憂撃隊が召喚した魔獣がウロウロしてるから、投票所に行けないんじゃありませんか?」

 「そうでもない」

 ナヤーブリの疑問に答えたのは、工兵班長ウートラだ。

 「本土領の企業や個人がランテルナ島の駆除業者を雇い、急激に減った」

 「憂撃隊は補充しなかったのですか?」

 「奴らの思惑までは知らんが、【召喚符】の作成には素材と時間が必要だ。当局が駆除業者の巡回を増やした為、術を掛けて扉化した死体も放置し(にく)くなった」

 工兵ナヤーブリは頷いて、端末に視線を戻した。


 工兵マーイが横から画面を指差す。

 「この口の悪い文章は何でありますか?」

 「記事に対する読者の感想文です。誰でも書き込めるので……」

 ルベルの説明に工兵たちが微妙な顔になる。


 現在は、魔装兵ルベルら特命部隊の働きによって、アーテル共和国全土が通信途絶に陥った。インターネットに接続できず、電話回線も大半が不通だ。

 ルベルはラクリマリスの回線を使用し、共通語圏のポータルサイトにアクセスした。記事本文のキレイな共通語は読めても、コメント欄のスラングまではわからない。これまでは、文章がキレイなコメントだけを拾い読みするに留め、読めない文は、なかったことにしてきた。


 「マーイさん、読めるんですか? こう言う、そのー……教科書にない文章」

 「平和な頃、外国の雑誌で、まぁ、その……」

 「何でも勉強してみるものだな」

 工兵班長ウートラが、工兵マーイの歯切れの悪い返事にニヤリと笑う。

 何の雑誌か聞いてはいけない気がして、ルベルは黙った。


 「共通語の国って大体、アルトン・ガザ大陸にありますよね?」

 「そうだな」

 工兵マールトが確認すると、ウートラ班長が頷いた。

 「アーテルは共通語圏からしてみれば、辺境の小国ですが、どうしてこんなに関心が高いのでしょう?」

 「何故、それが気になった?」

 質問の声は、ラズートチク少尉だ。


 いつの間に入って来たのか、全く気付かなかった。

 驚いたのはルベルだけでなく、工兵たちも戸口に顔を向けて固まる。

 少尉が工兵マールトに視線を向けると、しどろもどろに答えた。


 「しょ、少尉殿、それは、この、アレです。この野卑な文を書いた人物には、到底、教養があるように見えません。アーテルの存在自体、知っているかも怪しいと思ったからです」

 いささか失礼な言い草だが、言われてみれば、そんな気がして来る。


 「それは、駐在武官の工作だ」

 「どちらの武官閣下でありますか?」

 工兵マーイが目を丸くする。

 相当下品なスラングらしい。


 「アミトスチグマやルニフェラの駐在武官だが、彼らが書込んだのではないぞ」

 苦笑と共に返された答えに何となく空気が緩んだ。

 「あれっ? じゃあ、誰が……?」

 「カネで雇われた者たちだ」

 ルベルの呟きに答えた声は、露骨に侮蔑を含む。


 ラズートチク少尉は、怪訝な顔の部下五人に淡々と語った。

 「武官たちは身元を伏せ、単に『この記事の閲覧数を増やす為にコメントを書込み、SNSで拡散せよ』と指示を出した。この下品な書込みの他も、大半が雇われ者だ」

 「記者個人か、新聞社の仕業だと思わせる為にですか?」

 陸軍情報部の少尉は、気象予報士【飛翔する燕】学派の工兵ナヤーブリに満足げな笑みを向けた。

 「それもある。もうひとつの目的は、世界の……キルクルス教圏の目をアーテル共和国に向ける為だ」


 こんなコトで注目を集めてどうするつもりなのか。

 何となく聞いてはいけない気がして、魔装兵ルベルは無言でラズートチク少尉を見上げた。

☆空襲被害が激しかった北ザカート市……「0188.真実を伝える」「0189.北ザカート市」参照

☆工兵四人/工兵班長ウートラ……「1214.偽のニュース」参照

☆かなり前に見た敵国の選挙制度……「868.廃屋で留守番」参照

☆憂撃隊が召喚した魔獣がウロウロしてる……「1218.通信網の破壊」「1253.攻撃者の目的」「1292.修理できない」「1293.ずれた解決策」参照

☆アーテル本土領の企業や個人がランテルナ島の駆除業者を雇い……「1232.白い闇の中で」「1292.修理できない」参照

☆特命部隊……「1214.偽のニュース」~「1217.工兵との会議」参照

☆魔装兵ルベルら特命部隊の働き……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照

☆カネで雇われた者たち……「1322.若者への浸透」「1323.小出しの情報」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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