0137.国会議員の姉
「首都クレーヴェルのスタジオから、ジョールチがお届けします」
アナウンサーが、ニュースの発信元を宣言し、夕方のニュースを読み上げる。
ロークたちは固唾を飲み、放送局の廃墟でラジオに耳を傾けた。
雨が止むどころか、風も強くなり、時ならぬ冬の嵐だ。
窓に貼ったコピー用紙は破れ、辛うじてテープでぶら下がる。
割れた窓と戸口に衝立を置き、雨が奥まで入り込むのを防いだ。それも、衝立の前に事務机を置いて重しをしなければ、強風で倒れてしまう。
衝立と机と段ボールで、どうにか風の直撃は防げたが、隙間風はどうにもならない。外の様子がわからなくなってしまったが、仕方がなかった。
「これがバリケードになり、侵入者があっても時間稼ぎできる。見張りは同じようにしよう」
ソルニャーク隊長に落ち着いた声で言われ、みんな何となく安心した。
国営放送ゼルノー支局には、ロークたち焼け出されたゼルノー市民と星の道義勇軍の生き残り、計十人しか居ない。
国営放送のアナウンサーは今日も、ネモラリス軍の新兵器がラキュス湖上で敵機を迎撃し、国民を守ったことを開戦前と同じ静かな声で伝える。
しきりに「魔哮砲」と言う単語を繰り返すが、どんな兵器なのか説明はない。
名称から、魔法の兵器らしいとわかるだけだ。
それ以外は、国家機密なのだろう。
ネモラリス共和国とアーテル共和国は、元々ひとつの国だった。二国の間にあるラクリマリス王国もそうだ。
クレーヴェルのラジオ放送は当然、三カ国……いや、周辺諸国にも届く。
示威と機密保持を両立させる為、中途半端な報道にせざるを得ないのだろう。
……それだけ威力のある兵器ってことは、どんだけ魔装兵を動員して……?
そこまで考えて、ロークはひとつの可能性に気付き、思わずラジオを見た。
同じアナウンサーが、相変わらず淡々とニュースを伝える。
避難所のひとつで、インフルエンザの集団感染が発生したらしい。落ち着いた声で、手洗いの徹底などを呼掛ける。
……この辺……山脈沿いの街が見捨てられたのって、【魔道士の涙】を量産する為だったりしないか?
それなら、魔力はあっても作用力がなく、自力では魔法を使えないヴィユノークのような者も、戦力になり得る。
魔力源の【魔道士の涙】を得る為、敢えて街を焼かせたなどとは到底、許されることではない。
……あ……もし、そうなら、自治区も……?
この地方では混血が進み、クルィーロとアマナ兄妹のように、同じ家系でも、力ある民と力なき民が混在する。
リストヴァー自治区の住民にも、魔力を持つ者は居るだろう。
だが、キルクルス教は、魔術を「旧時代の悪しき業」と教える。信徒に魔法使いは一人も居ない。
……あの、号外の火事……もしかして……?
ネモラリス軍の仕業なら、手際の良さも、タイミングも辻褄が合う。
ロークは、祖父と国営放送ゼルノー支局長の会話を否定できる材料が見つかり、その可能性に縋った。
◆
「クフシーンカさん、何とかして、弟さんに……ラクエウス先生に連絡はつかんかね?」
昔馴染みの老人が、団地地区唯一の仕立屋の店長に哀願口調で質問する。リストヴァー自治区の小さな店は、近所の人が詰め掛けて息が詰まりそうだ。
仕立屋の店長クフシーンカは、首を横に振った。
「私だって、弟は心配ですよ。でも……なんせ、電話が通じませんからね」
「そうか……そうだよなぁ……」
この状況では、国会議員の姉と言えども、どうにもできない。
魔法使いなら、違う答えが出るだろうが、この自治区には、魔法のような穢れた力を使う者は一人もいない。
質問した老人は、申し訳なさそうに俯く店長に小さく頭を下げ、店を出た。
代わりに酒屋の店主が、クフシーンカの前に立つ。
「ここはホントに、大丈夫なんだろうな?」
「アーテルとラニスタの軍は、何もしないでしょう。私たちを救出する為に戦ってくれているのですから」
言外に、ネモラリス軍の侵攻は止められないことを示す。
今のところは放置だが、ここにもいつ手が伸びるか、誰にもわからなかった。
外部の情報は、辛うじてラジオで得られるが、全国ニュースだけだ。最も近いゼルノー支局発の情報はない。
電話が通じたところで、ラクエウス議員が捕縛されていれば、融通してもらうどころではない。
誰もがその可能性に気付きながらも、姉のクフシーンカを慮り、口には出さない。目を伏せ、指先でそっと、聖なる星の道の楕円を描く。
「そちらは如何なんです?」
クフシーンカは顔を上げ、酒屋の店主に問い返した。
「ウチだってダメだよ。大本の電話線がダメんなってんだろうな」
酒屋は半笑いで返し、傘を手に取って仕立屋を出て行く。
他の者たちもそれで諦め、クフシーンカに会釈して酒屋に続いた。
「自分の手の内は明かさないのねぇ。バレてるのに気付いてないのかしらね?」
誰も居なくなった仕立屋を戸締りし、クフシーンカは奥の自宅に引っ込んだ。
季節外れの嵐で、針子のアミエーラが心配になったが、手を離れた今は無事を祈るしかなかった。
酒屋は、工場の経営者でもある。
火災当日、彼は急な増産を命じて夜勤を増やし、結果的に工員の命を守った。
バラック地帯と工場群の間には、トラック用の四車線道路が走る。火災当時は防火帯となって、工場群への延焼を防いだ。
酒屋はどう言い含めたのか、工員の生き残りに幾許かの食糧を持たせ、自治区外の様子を見に行かせた。
自治区民が許可証を携帯せず、地区外へ出ると処罰される。
刑務所に送られるだけで済めばいいが、この非常時だ。政府軍に見つかれば、タダでは済まないだろう。
捕えられたのか、殺されたのか。
自宅のバラックよりいい空家を見つけ、そこで住むことにしたのか。
酒屋が放った偵察は、とっくに食糧が尽きた今も帰って来なかった。
☆魔哮砲……「0136.守備隊の兵士」参照
☆元々ひとつの国……「0001.内戦の終わり」参照
☆自力では魔法を使えないヴィユノーク……「0034.高校生の嘆き」「0068.即席魔法使い」「0131.知らぬも同然」参照
☆号外の火事……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」参照
☆祖父と国営放送ゼルノー支局長の会話……「0036.義勇軍の計画」「0129.支局長の疑惑」参照
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☆私たちを救出する為に戦ってくれている……「0078.ラジオの報道」参照
☆針子のアミエーラが心配……「0091.魔除けの護符」「0099.山中の魔除け」「0100.慣れない山道」参照
☆自治区外の様子を見に行かせた……「0084.生き残った者」~「0086.名前も知らぬ」参照
☆自治区民が許可証を携帯せず、地区外へ出ると処罰……「0118.ひとりぼっち」参照




