1331.観光地の催し
「みんなー! こんにちはー!」
「今日は、ひとつの花コンサートに来て下さって、ありがとうございます!」
平和の花束が声を揃えて元気いっぱいに愛想を振り撒き、地元グロム高校のバンドリーダーが客席に手を振った。
最前列の男性が、片手でタブレット端末を構え、もう一方の手を振り返す。
十二月の風は冷たい筈だが、屋外会場にも関らず席が八割方埋まった。
客の大半は、呪文入りの服を纏い、薄着に見える。
フラクシヌス教圏では知名度の低い彼女らと、高校の吹奏楽部だけにしては、客の入りが上々だ。
ファーキルが平和の花束のサイトに告知を載せ、真実を探す旅人のアカウントでSNS上に拡散した。その効果なのか、当日入場料の安さで、通りすがりの観光客が足を運びやすかったのか、地元高校生の関係者が多いのか不明だ。
ラゾールニクが、通路中程のいい位置でビデオカメラを回し、公式サイト用の動画を撮る。
「グロム市では、初めましての方が多いと思うんで、自己紹介から行きまーす」
アルキオーネが言い終えると、グロム高校吹奏楽部が音量を絞って「すべて ひとしい ひとつの花」を奏で始めた。
「私たち四人は、平和の花束って言う歌手ユニットです」
アルキオーネがお揃いの衣裳に身を包む三人の前に出て、片手を大きく振り、流れるような動作でお辞儀する。
アミトスチグマ王国の民族衣装を模したものだが、力ある言葉の呪文や、呪印が一切ない無地だ。マイクに付けた花束が草色の衣裳によく映える。
アミエーラの衣裳は、彼女らと同じ型だが、自分で入れた呪文の刺繍があった。
平和の花束の四人は、客席に可愛く手を振って一人一人名乗る。
アルキオーネがアミエーラに視線を送った。
「アミエーラです。ニプトラ・ネウマエの身内で、見た目は似ていますが、駆け出しなので、歌はまだまだ拙いです。でも、一生懸命頑張りますので、本日はよろしくお願いします」
マイクを握る手に汗が滲むのがわかったが、どうにかトチらずに言えた。
最前列の男性が、力強く手を振った。
……もしかして、あの人がファン一号さん?
アミエーラの胸にあたたかな灯が点り、思わず手を振り返す。二人の視線が合った。男性の顔が明るくなり、激しく振り返される。
「演奏は、地元のグロム市立グロム高校、吹奏楽部のみなさんです」
アルキオーネが紹介すると、客席の一部から一際大きな拍手が起こった。
「今、お聞きいただいている曲、ご存知ですか?」
「わかる人、手を挙げて下さーい!」
アルキオーネに続き、タイゲタが元気いっぱい手を挙げてみせる。
三割くらいが反応した。
……仕込みじゃなくて、ホントに知ってる人、こんなに居るんだ。
今日の会場は、グロム神殿近くの商店街にあるイベント広場だ。
市内最大の商店街で、グロム港から上陸する観光客相手の宿泊施設や、飲食店、土産物屋などが多く、ラクリマリス王国で二番目に大きい繁華街だと聞いた。
この広場の最大収容人数は三千人。手を挙げたのは千人には全く届かないが、五百人は下らないだろう。
インターネットの動画か、王都やアミトスチグマでのコンサートか、深夜ラジオを聴いてくれたのか。
媒体は不明だが、「すべて ひとしい ひとつの花」が人々に根を下ろしつつあるのが、実感できた。
予算の都合で司会を兼ねるアルキオーネが、曲の説明を続ける。
「題名は『すべて ひとしい ひとつの花』で、元々はネモラリス島ウーガリ山脈の村に伝わる里謡だったそうです」
観客の空気が半分くらいすっと醒めた。
アルキオーネは構わず、笑顔で続ける。
「元の曲名は『女神の涙』です。まずは、こちらからお聴き下さい」
「ウーガリ山脈東部の里謡『女神の涙』です」
アミエーラは、平和の花束のメンバー二人ずつに挟まれ、舞台中央に立った。
吹奏楽部が編曲した前奏に続いて、五つの女声がフラクシヌス教の神話を謳う。
「ゆるやかな水の条
青琩の光 水脈を拓き 砂に新しい湖が生まれる……」
客席に静かな熱気が戻る。
商店街の通行人が、何人か足を止めた。
「……涙の湖に沈む乾きの龍 樫が巌に茂る
この祈り 珠に籠め
この命懸け 尽きぬ水に
涙湛え受け この湖に今でも……」
このコンサートの発案者はエレクトラだ。
アミエーラは、夏休み期間中に行った一連のミニライブが落ち着いた頃を思い出した。
「神殿の慈善コンサートもいいけど、観光客って言うか、純粋な音楽イベントもした方がいいと思うのよね」
「どうして?」
アミエーラは、神殿の方が大勢に聴いてもらえるだろうにと首を傾げた。
「神殿に来てお祈りする人や、全然知らない人の為に寄付する人って、元々平和が好きって言うか、そう言うのチラっとでも意識したことがある人、多いのよね」
「そう……なのかな? どんな人が聴くかなんて考えたコトなかったけど」
身近な人がみんなそうするから合わせた可能性もあるが、アミエーラはエレクトラの言葉を待った。
「神殿は、同じ人が何回も来てたりするから、次は全然違う方向性の人にも聴いてもらった方がいいと思うの」
「違う方向性って?」
「アミトスチグマじゃ、神殿より学校の催しの方が多かったのに?」
タイゲタが右手と左手で別々に指折り数え、首を傾げる。
この夏、アミトスチグマ王国の慈善バザーなどであちこちの学校に行った。
「それもアリだけど、あれって基本、お客さんは保護者か地元民だけなのよね」
エレクトラがやんわりダメ出しすると、アステローペが深く頷き、豊満な胸がたぷんと揺れた。
リーダーのアルキオーネは黙って耳を傾ける。
「観光地だったら、色んな国の色んな人が聴いてくれると思うんだけど、どうかなって」
「色んな属性の人が居れば、それだけSNSで拡散しやすくなりますよね。事前に“撮影OK”って告知は要りますけど」
ファーキルが言って、タブレット端末をつついた。
☆お揃いの衣裳/アミトスチグマ王国の民族衣装を模したもの……「515.アイドルたち」参照
☆アミエーラが纏う衣裳/自分で入れた呪文の刺繍……「775.雪が降る前に」「871.魔法の修行中」参照
☆ファン一号……「1263.最初のファン」参照
☆深夜ラジオ
AMシェリアクの特番「花の約束」第一回放送……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
AMシェリアクの特番「花の約束」第二回放送……「1149.一時間の番組」~「1151.知るきっかけ」「1153.繋がった記憶」~「1155.半人前の扱い」参照
☆この夏、アミトスチグマ王国の慈善バザーなどであちこちの学校に行った……「1263.最初のファン」参照




