1330.連載中の手記
ミャータ市の神殿も、門を入ってすぐの所に掲示板が立つ。
行事予定と、ボランティアや専門家の相談窓口の案内の横に新聞の切抜きが貼ってあった。
クルィーロが取敢えず、タブレット端末のカメラで撮る。
「そう言えば、トポリの神殿に神官が呼ばれて手が足りないって言ってたな」
「あー……これ……【青き片翼】の人だったのかー」
レノも思い出し、切抜きにざっと目を通した。
トポリの神殿に呼ばれ、医療支援を行ったガローシカ神官の手記だ。
連載部分だけの切抜きで、新聞社名や掲載日はわからないが、七回分あって、まだ続くらしい。
◆ ◆ ◆
ネーニア島北東部に位置するトポリ市は、印暦二一九一年二月、突如宣戦布告したアーテル・ラニスタ連合軍の空襲を受け、大打撃を蒙った。
古典的な面的爆撃によって、市街地の約七割が焼失。
政府発表によると、死者二万七一九八名、負傷者十六万四二五七名、行方不明者二〇六三名に達した。人的被害は爆撃による直接被害だけでなく、防壁の破壊による魔物や魔獣の侵入、弔いが間に合わなかった遺体から発生した魔物や魔獣による捕食を含む。
政府軍は新兵器【魔哮砲】の投入を決定。迎撃が奏功し、空襲被害は激減した。
クリペウス首相とアル・ジャディ将軍は同年五月、安全宣言を出し、トポリ空港の復旧作業に着手した。
作業は急ピッチで進められ、同年九月にトポリ空港の運航が一部再開。貨物の取扱再開に絡む雇用が生まれ、避難先からの帰還者が増加した。また、仕事を求め、立入禁止区域から逃れた人々も集まる。
それに伴い、道路再整備や防壁再建などの公共事業、商業施設や個人向け住宅の再建を始めとする土木、建築関連を中心に復興特需が興った。
しかし、慣れない重労働と長引く栄養失調、更には魔物などの襲撃によって負傷者が続出。医療機関が壊滅的な被害を受けた同市内では、治療の手が不足した。
これを受け、シェラタン当主は、国内のパニセア・ユニ・フローラ神殿の聖職者を中心に癒し手を招集した。主な派遣先は、トポリ市など空襲の痛手から復興に向けて歩み始めたネーニア島内の都市だ。
今年五月、ミャータ市唯一の神殿からも、一人の神官がトポリ市に派遣された。
本連載は、トポリ市で癒し手として活動し、先日ミャータ市に帰還したガローシカ神官の手記を不定期で掲載する。
◆ ◆ ◆
連載第一回目は、新聞記者が書いた説明文と、トポリ市に行った神官の経歴の紹介だ。
それによると、湖の民の女性で二百三十五歳になる長命人種。普段は神殿付属の施療院で、怪我人の治療を担当する【青き片翼】学派の癒し手だ。
……この人は病気を治せないから、麻疹騒動の間、地元に居ても居なくても一緒だから戻らなかったのか。
村人の嘆きを聞いたレノたちは、聖職者が地元の危機に帰らないのが不思議だったが、ようやくわかった。
「写真撮ったから、続きはトラックで読もう」
クルィーロの声がやけに遠い。見ると、みんなはもう神殿の入口に居た。
「ごめーん! すぐ行くー!」
レノは走りながら、これではスキーヌムをとやかく言えないと反省した。
「お兄ちゃん、初めてのとこでボーっとして迷子にならないでよね」
「ごめんごめん」
ピナに睨まれ、ティスに無言でしがみつかれて神殿に入る。
ミャータ市の神殿も、造りは他所と同じだ。
ここは実家の近所と同じで、湖の女神パニセア・ユニ・フローラだけを祀るらしい。通路の浮彫は女神を中心に描かれ、柱の紋章もひとつの花だけだ。
小さな街にしては、参拝客が随分多い。
……ここ限定のお祭りでもあるのか?
それにしては静かだ。
勿論、聖地であるラクリマリスの神殿とは比べ物にならない。あちらは、神官や警備員が入場制限し、交通整理してもギュウギュウ詰めだったが、こちらはピナとティス、兄姉妹三人で手を繋いでもまだゆったり歩ける。
「たくさんの水の縁が繋がって、お薬が届いて、それで治ったんだからね」
「うん。女神様と縁が繋がったみんなにお祖父ちゃん助けてくれて、ありがとうございますっていっぱいお礼言うー!」
幼い子供が老婆と手を繋いで先を急ぐ。すれ違い様に見えた横顔は喜びが溢れ、眩しいくらいだ。
ラキュス湖の畔と鵬大洋を越えた遠くの国の縁が繋がり、複数の経路からワクチンが輸入され、大勢が助かった。
祭壇の広間では、発疹の痕がうっすら残る人々が、熱心に祈りを捧げる。
レノも、コートのポケットから【魔力の水晶】を出し、ラキュス湖を模した祭壇へ感謝の祈りと共に捧げた。
……パニセア・ユニ・フローラ様。水の縁が繋がって薬が手に入って、俺の仲間と、親切にしてくれた村の人たちは、病気になったけど、一人も亡くならずに済みました。たくさんの命を救ってくれたアウェッラーナんさんの水の縁が繋がって、生き別れになった家族と再会できますように。
レノは、クルィーロが魔力を籠めてくれた【水晶】が、淡い輝きを放ちながら祭壇の底に届くまで見守った。
神殿近くで、カフェの看板を出す民家をみつけ、レノが代表で声を掛ける。
「すみませーん。十人なんですけど、入れますか?」
「まぁ、十人も! ウチは四人掛け三席だから大丈夫ですよ」
玄関に顔を出したおかみさんが、どうぞどうぞと招じ入れる。
「お邪魔しまーす」
ティスとアマナが元気よく言って入り、モーフが「ここ、ホントに店か?」などと呟きながら恐る恐るついて行く。
外観こそ民家のままだが、入ってすぐの部屋は飲食店らしい造りだ。
カウンターキッチンの奥に戸が二枚。そこから先は見えないが、多分、住居に続くのだろう。店舗部分の床面積は狭いが、吹き抜けの高い天井のお陰で、開放的で広々とした印象を受けた。
「お代に魚の干物持って来たんですけど、何匹で晩ごはんイケます?」
「あらぁ! お魚久し振り! 大きさによるけどね」
一人二尾で夕飯にありつけることになった。
☆トポリの神殿に呼ばれ、医療支援……「1050.販売拒否の害」参照
☆九月にトポリ空港での貨物輸送が再開……「634.銀行の手続き」「750.魔装兵の休日」参照
☆村人の嘆き……「1050.販売拒否の害」参照
☆これではスキーヌムをとやかく言えない……「1311.はぐれた少年」「1312.こっそり通信」参照
☆ラキュス湖の畔と鵬大洋を越えた遠くの国の縁が繋がり、
ラキュス湖半の国々とアルトン・ガザ大陸などの在外公館、国連大使の働き……「1195.外交官の連携」「1230.又とない好機」「1249.病の情報拡散」「1256.必要な嘘情報」「1258.揺さぶる伝言」参照
クラウドファンディングで資金調達……「1241.資金を集める」「1264.広告塔の活動」「1265.お役所の障壁」「1267.伝わったこと」「1305.支援への礼状」参照
☆複数の経路からワクチンが輸入
ネモラリス共和国の臨時政府公式……「1256.必要な嘘情報」「1259.割当ては不明」「1286.接種状況報告」参照
総合商社パルンビナ株式会社とネミュス解放軍、フラクシヌス教団……「1267.伝わったこと」「1286.接種状況報告」「1289.諜報員の心得」「1305.支援への礼状」参照
難民キャンプ……「1282.支援の報告会」「1286.接種状況報告」参照
リストヴァー自治区……「1268.横流しを依頼」「1259.割当ては不明」「1287.医師団の派遣」参照
☆水の縁が繋がって薬が手に入って……「1242.蓄えた備えで」あとがきも参照、「1272.買物で助ける」「1286.接種状況報告」参照




