1324.荒廃した集落
四トントラックが、ネモラリス島北岸の国道を東へ走る。
運転手のメドヴェージは鼻歌交じりで、対向車が一台もないアスファルトの上を行く。
少年兵モーフは、おっさんの横顔越しに外を見た。四眼狼の群と戦った畑があっという間に過ぎ去り、何が棲むかわからない深い森が続く。
助手席側の窓からは、北に広がるラキュス湖しか見えない。
することがないモーフは、ずり下がった毛糸の膝掛を上げ、運転席側の景色を眺めた。
ミャータ市から来た医者に言われたとかで、メドヴェージは途中の村に寄らず、国営放送のイベントトラックを真っ直ぐ走らせる。
カーラムたちの村から数えて、ふたつ東隣の村までは、平和そのものに見えた。
共に魔獣と戦った仲間にお別れを言えないのは癪だが、モーフの一存ではどうにもできない。
元気になった村人たちが、冬空の下ですっかり遅れた農作業をするのが見え、小さく手を振った。
畑が途切れ、牧草地を過ぎ、更に森をひとつ越えた東の村は、廃墟に見えた。
サイドミラーで光が瞬く。
後続のワゴン車がライトを点滅させたのだ。
「おっさん、DJの兄ちゃんが何か用みてぇだ」
メドヴェージは窓を開け、片手を振って減速した。
「少し話を聞きたいのですが」
風に乗り、ラジオのおっちゃんのよく通る声が届く。おっさんは親指を立てて停車した。
焼け焦げた村はとっくに通り過ぎ、荒れ果てた畑の前でエンジンを切る。
前を走るネミュス解放軍のピックアップトラックが、Uターンしてきた。
「どうされました?」
運転手を残して、解放軍の連中が駆け寄る。
青い花が描かれた白い腕章は、遠目にもよく目立った。
「ジョールチさんがちょっくら情報収集してぇんだとよ」
「運転手さんはそのままお待ち下さい」
解放軍の兵士は、おっさんがシートベルトを外そうとするのを止める。
少年兵モーフはその隙に助手席を降り、ラジオのおっちゃんの傍へ走った。
FMクレーヴェルのワゴン車は、DJレーフがハンドルを握る。エンジンを吹かしたまま、ソルニャーク隊長、ラジオのおっちゃん、葬儀屋のおっさんが降りて来た。
「念の為、荷台のみなさんは残って下さい」
ラジオのおっちゃんの声に運転席から突き出た太い腕が応える。
湖の民の兵士二人は荷台の傍、一人はワゴンの横に立ち、助手席の奴だけがついて来た。
西へ戻るに従い、冷たい風に焦げた臭いが濃さを増す。モーフは膝掛を肩に掛け直した。
三ツ編のフヴォーヤが編んでくれた物だ。【保温】の呪印を編み込んだと言われたが、力なき民のモーフには、その有難そうな魔法の効果が得られない。
ふんわりした網目の膝掛は、軽くてやたら風通しよかったが、ないよりはずっと有難い。
ソルニャーク隊長が片手を上げて、村と畑の間でラジオのおっちゃんを止めた。
「まずは、私とモーフ、解放軍の彼の三人で様子を見ましょう」
ラジオのおっちゃんと葬儀屋のおっさんは、声を出さずに頷いた。
この辺の村は、みんな同じ造りらしい。
低い石垣に囲まれた中に小さな平屋建ての家々が点在する。
焼け折れた柱が十二月の薄青い空を指す。
見える範囲で、無事な家は三軒。他は元が何軒あったのかもわからなかった。
広場の井戸に人影が見える。
水汲みの女の人が他所者に気付き、魔法の瓶を抱えて門に来た。
石垣と木の門扉は腰くらいの高さしかないが、複雑な紋様が刻まれた上に特別な染料で彩色してある。呼ばれない限り、中に入れない。あの村の先生から、幾つもの術で魔獣や部外者を拒むと教わった。
緑髪の女性は、若いのか歳食ってるのかわからないくらいやつれ、生気のない目で三人を見る。
「こんにちは」
解放軍の奴が愛想よく言ったが、返事はない。
ソルニャーク隊長が、女の人の反応を見ながらゆっくり言った。
「通行止めが解除されたので、カーメンシク方面から来たのですが、一体どうなさったのですか? まさか、アーテル軍の爆撃機がこんな所まで?」
「爆撃機なら……恨む相手が居るなら……まだ、よかったんですけどね」
女の人の声が震える。
解放軍の兵士から表情が消えた。
「そう……西も解除されたの……でも、もう遅いのよ」
ややあって、低い声が地面に落ちた。
ソルニャーク隊長は、無言で村の惨状に目を遣る。
「少し前、ミャータからやっとお医者さんが来てくれたけど、病人はみんな家ごと焼かれた後で、もう一人も居ないのよ」
「家ごと?」
モーフが聞き返すと、女の人は顔を上げた。
「坊やは予防注射してもらえたの? よかったわね」
話が微妙に噛み合わない。
……ガキにゃ教えてやんねぇってコトか?
村の奥に森が見え、その向こうでは、ウーガリ山脈が白い肩を並べる。
手前の村が無事なら、どこかの図書館で見た絵のようにキレイな所だ。
「誰が言い出したんだかもうわかんないけど、『ミャータのお医者さんが軍隊に取られたのに、この村から他所へ疫病を広めちゃいけない』って、家ごと燃やしたのよ」
女の人の啜り泣きが風に飛ばされる。
少し離れた所で待つラジオのおっちゃんたちにも届いただろう。
「みんなの【涙】に守られるから、しばらくは大丈夫でしょうけど、これからどうやって暮らしてけばいいの……」
葬儀屋アゴーニが【導く白蝶】学派の徽章を襟の中に押し込んだ。
「村長さんは……」
女の人は、隊長が聞くのを遮るように首を振った。
ネミュス解放軍の若い兵士が背筋を伸ばして言う。
「ミャータ市のお医者さんが、村の状況を役所と解放軍に報告しました。年内には詳しい聞き取りと、食糧支援が来る予定です」
「……何もかも遅いのに」
女の人は焦点の定まらない目で呟いて井戸に戻った。
……カーラムたちの村と、ここと。何でこんな差がついちまったんだ?
少年兵モーフは、フヴォーヤがくれた膝掛を巻き直し、とぼとぼトラックに戻った。




