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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十六章 東へ

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1360/3513

1324.荒廃した集落

 四トントラックが、ネモラリス島北岸の国道を東へ走る。

 運転手のメドヴェージは鼻歌交じりで、対向車が一台もないアスファルトの上を行く。


 少年兵モーフは、おっさんの横顔越しに外を見た。四眼狼(しがんろう)の群と戦った畑があっという間に過ぎ去り、何が棲むかわからない深い森が続く。


 助手席側の窓からは、北に広がるラキュス湖しか見えない。

 することがないモーフは、ずり下がった毛糸の膝掛を上げ、運転席側の景色を眺めた。


 ミャータ市から来た医者に言われたとかで、メドヴェージは途中の村に寄らず、国営放送のイベントトラックを真っ直ぐ走らせる。



 カーラムたちの村から数えて、ふたつ東隣の村までは、平和そのものに見えた。

 共に魔獣と戦った仲間にお別れを言えないのは(しゃく)だが、モーフの一存ではどうにもできない。

 元気になった村人たちが、冬空の下ですっかり遅れた農作業をするのが見え、小さく手を振った。



 畑が途切れ、牧草地を過ぎ、更に森をひとつ越えた東の村は、廃墟に見えた。

 サイドミラーで光が瞬く。

 後続のワゴン車がライトを点滅させたのだ。

 「おっさん、DJの兄ちゃんが何か用みてぇだ」

 メドヴェージは窓を開け、片手を振って減速した。


 「少し話を聞きたいのですが」

 風に乗り、ラジオのおっちゃんのよく通る声が届く。おっさんは親指を立てて停車した。

 焼け焦げた村はとっくに通り過ぎ、荒れ果てた畑の前でエンジンを切る。

 前を走るネミュス解放軍のピックアップトラックが、Uターンしてきた。

 「どうされました?」

 運転手を残して、解放軍の連中が駆け寄る。

 青い花が描かれた白い腕章は、遠目にもよく目立った。


 「ジョールチさんがちょっくら情報収集してぇんだとよ」

 「運転手さんはそのままお待ち下さい」

 解放軍の兵士は、おっさんがシートベルトを外そうとするのを止める。

 少年兵モーフはその隙に助手席を降り、ラジオのおっちゃんの傍へ走った。


 FMクレーヴェルのワゴン車は、DJレーフがハンドルを握る。エンジンを吹かしたまま、ソルニャーク隊長、ラジオのおっちゃん、葬儀屋のおっさんが降りて来た。

 「念の為、荷台のみなさんは残って下さい」

 ラジオのおっちゃんの声に運転席から突き出た太い腕が応える。



 湖の民の兵士二人は荷台の傍、一人はワゴンの横に立ち、助手席の奴だけがついて来た。

 西へ戻るに従い、冷たい風に焦げた臭いが濃さを増す。モーフは膝掛を肩に掛け直した。


 三ツ編のフヴォーヤが編んでくれた物だ。【保温】の呪印を編み込んだと言われたが、力なき民のモーフには、その有難そうな魔法の効果が得られない。

 ふんわりした網目の膝掛は、軽くてやたら風通しよかったが、ないよりはずっと有難い。


 ソルニャーク隊長が片手を上げて、村と畑の間でラジオのおっちゃんを止めた。

 「まずは、私とモーフ、解放軍の彼の三人で様子を見ましょう」

 ラジオのおっちゃんと葬儀屋のおっさんは、声を出さずに頷いた。



 この辺の村は、みんな同じ造りらしい。

 低い石垣に囲まれた中に小さな平屋建ての家々が点在する。


 焼け折れた柱が十二月の薄青い空を指す。

 見える範囲で、無事な家は三軒。他は元が何軒あったのかもわからなかった。


 広場の井戸に人影が見える。

 水汲みの女の人が他所者に気付き、魔法の瓶を抱えて門に来た。

 石垣と木の門扉は腰くらいの高さしかないが、複雑な紋様が刻まれた上に特別な染料で彩色してある。呼ばれない限り、中に入れない。あの村の先生から、幾つもの術で魔獣や部外者を拒むと教わった。


 緑髪の女性は、若いのか歳食ってるのかわからないくらいやつれ、生気のない目で三人を見る。

 「こんにちは」

 解放軍の奴が愛想よく言ったが、返事はない。

 ソルニャーク隊長が、女の人の反応を見ながらゆっくり言った。

 「通行止めが解除されたので、カーメンシク方面から来たのですが、一体どうなさったのですか? まさか、アーテル軍の爆撃機がこんな所まで?」

 「爆撃機なら……恨む相手が居るなら……まだ、よかったんですけどね」

 女の人の声が震える。

 解放軍の兵士から表情が消えた。


 「そう……西も解除されたの……でも、もう遅いのよ」

 ややあって、低い声が地面に落ちた。

 ソルニャーク隊長は、無言で村の惨状に目を遣る。

 「少し前、ミャータからやっとお医者さんが来てくれたけど、病人はみんな家ごと焼かれた後で、もう一人も居ないのよ」

 「家ごと?」

 モーフが聞き返すと、女の人は顔を上げた。

 「坊やは予防注射してもらえたの? よかったわね」

 話が微妙に噛み合わない。


 ……ガキにゃ教えてやんねぇってコトか?


 村の奥に森が見え、その向こうでは、ウーガリ山脈が白い肩を並べる。

 手前の村が無事なら、どこかの図書館で見た絵のようにキレイな所だ。


 「誰が言い出したんだかもうわかんないけど、『ミャータのお医者さんが軍隊に取られたのに、この村から他所へ疫病を広めちゃいけない』って、家ごと燃やしたのよ」

 女の人の啜り泣きが風に飛ばされる。

 少し離れた所で待つラジオのおっちゃんたちにも届いただろう。


 「みんなの【涙】に守られるから、しばらくは大丈夫でしょうけど、これからどうやって暮らしてけばいいの……」


 葬儀屋アゴーニが【導く白蝶】学派の徽章(きしょう)(えり)の中に押し込んだ。


 「村長さんは……」

 女の人は、隊長が聞くのを遮るように首を振った。

 ネミュス解放軍の若い兵士が背筋を伸ばして言う。

 「ミャータ市のお医者さんが、村の状況を役所と解放軍に報告しました。年内には詳しい聞き取りと、食糧支援が来る予定です」

 「……何もかも遅いのに」

 女の人は焦点の定まらない目で呟いて井戸に戻った。


 ……カーラムたちの村と、ここと。何でこんな差がついちまったんだ?


 少年兵モーフは、フヴォーヤがくれた膝掛を巻き直し、とぼとぼトラックに戻った。

☆四眼狼の群と戦った畑……「1190.助太刀の準備」~「1194.祓魔の矢の力」参照

☆ミャータ市から来た医者に言われた……「1319.病み上がりに」参照

☆呼ばれない限り、中に入れない……【一方通行】の術→例「849.八方塞の地方」参照

☆病人はみんな家ごと焼かれた後……「1090.行くなの理由」参照

☆みんなの【涙】に守られる……村の防壁は魔法使いの墓所「888.信仰心を語る」参照


 挿絵(By みてみん)

▼ネミュス解放軍の紋章

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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