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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七章 印歴二一九一年二月七日

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0136.守備隊の兵士

 魔装兵ルベルは、治安部隊から守備隊に転属させられた。


 原隊がどうなったか、全く知らされない。この状況では仕方がないとは言え、やるせない思いに気持ちが沈む。

 末端の一兵卒に過ぎないルベルには、報道発表以上の情報は与えられず、戦況の全体像もわからなかった。ただ、与えられた任務を遂行するだけだ。



 ルベルは今、ネモラリス島南の湖上に居る。

 守備隊の見張りとして、防空艦――軍用の魔道機船で空襲の哨戒(しょうかい)任務に就く。


 アーテル・ラニスタ連合軍の空襲で、ネモラリス共和国に被害が出たのは、最初の二日間だけだ。三日目からは、全てラキュス湖上で防いだ。

 迎撃で、連合軍の戦力をどれだけ()げたのか。


 そもそもルベルは、アーテルとラニスタの空軍が所有する戦闘機や爆撃機、輸送機の総数も知らない。

 半世紀の内乱時代の残りは、まだ現役で運用中なのだろうか。



 首都クレーヴェルでの待機中、ルベルたちは新聞とラジオで情報収集した。

 上官は、末端の兵卒に詳しい戦況を教えてくれないが、報道発表を知ることを妨げることもなかった。


 新聞では、敵機三編隊百二十七機を撃墜……などと報じられた。それが多いのか少ないのか、半世紀の内乱後生まれの若い兵士には、わからなかった。


 季節外れの豪雨の中、交代で甲板に立ち、持ち場の方角を見張る。

 激しい雨は、ルベルの周囲を避けて降った。


 軍服に刺繍された幾つもの防禦の魔法が、ルベルたちを冷たい冬の嵐から守る。魔装兵の彼らが身に着けるのは、単なる布の戦闘服ではなく魔法の【鎧】だ。


 「害意 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹(ハチクマ)(まなこ) 敵を(のが)さぬ蜂角鷹の眼 (つまび)らかにせよ」


 力ある言葉で呪文を唱え、知覚を拡大する。【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派の【索敵】の術だ。

 術を使えば、この激しい雨も厚い雲も、まるでないかのように見通せる。

 遥か遠く、双眼鏡でも捕えられない彼方の敵機をも、捕捉可能になった。



 この三十年で、ネモラリス軍の防空体制は飛躍的に向上した、と新しい上官に教えられた。

 敵機を発見次第、すぐに迎撃できる。だから、絶対に見逃すな、と。


 ……その割に、二日間も空襲を喰らわされたのは、何か納得いかないんだよな。


 初日に何とかできなかったのか、と内心では首を傾げながらも、命令には忠実に従う。

 二日間の空襲で、ネーニア島北部……ネモラリス共和国領南部の市街地は、ほぼ焦土と化した。首都は(ほとん)どの地区が無事だが、ネモラリス島の最南端の地域も空襲を受けた。


 空襲の前にネーニア島東部のゼルノー市は、テロと火災に見舞われた。

 そこへ追い打ちを掛けられ、同市は完全に放棄された。生存者には、ラジオでネーニア島北部への避難を呼び掛けるが、政府が救助隊を差し向けることはなかった。


 挿絵(By みてみん)


 魔装兵ルベルは当初、治安部隊の一員として、武装蜂起した自治区民のテロを鎮圧する為に派遣された。

 異状を知らせる為、隊長に現場の離脱を命じられ、指令本部へ戻った。それ以降は待機を命じられ、元の部隊の安否すら教えてもらえないのだ。


 ……何か、ヘンな感じなんだよな。


 普通に考えれば、被害状況の調査をして、敵戦力を分析する。

 そのついでに、生存者の救助もする。

 生存者が力ある民なら、女子供でも、戦力になり得る。なのに、ゼルノー市を含め、空襲を受けた一帯……ラクリマリス王国との国境、クブルム山脈の裾野地域は完全に放棄されてしまった。


 三十年の間に軍備を増強したのは、アーテル共和国も同じだ。

 断片的に入って来る科学文明の先進国のニュースは、魔法と遜色ないか、それ以上に思うこともあった。



 「敵襲ッ! 地点二二七の四、七時の方角ッ! 雨雲の上ッ!」

 小さな黒点が、雨雲の上で群を成した。


 ルベルの声は、【花の耳】……軍服の襟に付けた花型の通信機で、五カ所同時に伝えられる。

 対応する花弁(はなびら)型の通信機のひとつは、この艦の艦長室、ひとつはネモラリス島の軍司令本部、残りは湖上に展開する防空艦三隻にある。


 ルベルの視界は、防空艦の担当者各一人ずつと、【刮目】の術で繋がる。

 見張りが見た物を、離れた位置の三人が同時に知覚できる。

 ネーニア島とフナリス群島の間に布陣する艦が、応答した。

 「了解。迎撃用意」


 ルベルはその間も、アーテル空軍機から目を逸らさない。

 戦闘機が、見張りの視野の中でどんどん大きくなる。曖昧な色の翼にキルクルス教の聖印が薄く見える。

 科学文明国の軍備……レーダーでは捉え(にく)い機種だ。

 ステルス機も【索敵】の目には、はっきりと視認できる。


 不意に雨雲が吹き飛んだ。ステルス機の群が、同じ角度に傾く。

 一呼吸置いて、爆発した。炎と黒煙が長く尾を引き墜ちて行く。

 それも雨風に流され、すぐに消える。

 後には、雲に穿(うが)たれた穴だけが残った。


 ルベルは兵学校で、科学文明国では通常、荒天時に航空機を飛ばさない、と教わった。


 雲に視界を遮られ、目標を視認できない。

 雲の下へ降りれば、乱れた気流で機体が安定しない。

 相手が魔法文明国の軍なら、天候に乗じた術で撃墜される恐れもある。


 厚い雲の下には、昼間でも空を飛ぶ魔物や雑妖が居るのだ。それらを防ぐ手段を何ひとつ持たない身で、嵐の中を飛ぶなど自殺行為に等しい。


 【飛翔する(ツバメ)】や【雪読(ゆきよ)雷鳥(ライチョウ)】学派の術で、天候を操作できるならいざ知らず、科学文明国の戦い方としては不自然だ。

 こちらは【操水】の術などで、嵐の中でも艦を安定させられる。


 この嵐自体、ネモラリスの国内各地から招集した【雪読む雷鳥】学派の術者たちが起こしたものだ。



 ネモラリス共和国は、印歴二一九一年二月三日、アーテル共和国から一方的な宣戦布告を受けた。

 その翌日から儀式を始め、今日ようやく発動した。

 普通の雨を嵐に拡大し、敵の戦力を大幅に殺げた。


 艦長室には、ネーニア島の西に展開した部隊からも、戦果が報告される。

 ルベルは、国民の被害を未然に防げたのは嬉しかったが、手放しでは喜べなかった。


 挿絵(By みてみん)

☆アーテル・ラニスタ連合軍の空襲……「0056.最終バスの客」「0106.分析と願望と」参照

☆半世紀の内乱時代の残り……「0001.内戦の終わり」参照

☆市街地は、ほぼ焦土/ゼルノー市は、テロと火災に見舞われた

 テロ……第一章 印歴二一九一年二月一日~第二章 印歴二一九一年二月二日

 ゼルノー市の火災……第三章 印歴二一九一年二月三日

 自治区の火災……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」参照

☆魔装兵ルベルは当初、治安部隊の一員として(中略)隊長に現場の離脱を命じられ……「0025.軍の初動対応」参照

☆印歴二一九一年二月三日、アーテル共和国から一方的な宣戦布告……「0078.ラジオの報道」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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